表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/251

90.ガイド土浦城・古河城 小っちゃい城と大きな御三階櫓

※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。


******


 バスコンは再び常磐道へ、そこから南下。

 東京に近づいてるなあ、そう思うと旅の終わりを感じて、ちょっと寂しい。

 次グラスーのオタ組はイケメン助さん格さんのグッズを何だか眺めてる。

 時サンは何だか時代劇主題歌を流してゴキゲンだ。なんだか子供の頃家族で時代劇見てた頃を思い出す。

 え?何だこのチュルチュルチュチュッチューって歌?


 次の下車は水戸の直ぐ南、土浦。

 高速を出て国道を南下すると、城を囲う水堀と樹々が見えてきた。

 低い土塁の上の白壁は、アチコチで鋸の歯の様にギザギザに折れている。

 あれだ、横矢掛だ。

 でも、低いなあ。


 今まで見た水堀や土塁より小さめの物を眺めつつ、城の西側、南側の道を廻って、南東橋の大手門脇の車道から市庁がある外丸御殿跡の駐車場へ。


「ここ土浦城も家康入封の際息子結城秀康の居城となり、その後17世紀にえ~と何だったっけ、西尾家により櫓や門が整備され今の姿になりました。

 その後幕府要職の面々が城主を交代し、最後は…ん~忘れた、老中の一族が明治までこの地を治めました」

 城は小ぶりな本丸を中心に5重の水堀で囲われましたが、今では北に二重、南に三重の堀を残して市街地となり、本丸、二之丸を残し、外丸にあった御殿も解体移築され、市庁舎が建っています。

 それでも小ぶりな本丸は二つの二層櫓と正門の太鼓門、そして藩政記念館となった本丸御殿が保存され市民の憩いの場となっています」


「ちっちゃいねー」

 確かに北から南に見渡す二之丸は…大体視野に入る位ちっちゃい。

 その先に、馬場だった、今は広場になった二之丸と、その先の内堀に囲われた本丸。

 城内は木が程よく剪定されていて、全体を見渡せる様になっている。

 その左右に二層櫓が建ち、土塁を廻る白壁の真ん中に、これまたちっちゃい楼門の太鼓門。


「ちっちゃいねー」

 お玉ちゃんの純粋なツッコミがなんというか心をえぐる。

 しかし本丸一杯に建てられた本丸御殿は…フツーの御殿だった。

 大広間の縁側の先に、城内の木々の向こうにビルが見える。

 これ城泊にしてもあまり人気出ない奴だなあ。


「可愛らしいお城ですね。護児堂もこんな感じでお城と学問所の間の様にしたら時様も嬉しかったのではないですか?」

「そうだったら嬉しいけどね。

 でも堀とかで囲ったら反逆の意図ありとか疑われるからそうもいかなかったよ」

「あら!私ったら!浅知恵で物を言ってすみません!」

「いいよ、他のトコじゃあ実際にやっちまったからね。結構ゴリゴリな奴を」

 お延さんと時サンの会話は謎だ。


 しかし宇都宮城。川越城、笠間城に続いて二層櫓しかない城かあ。

 本丸を出て二之丸をグルっと回ると、やっぱり公園って感じしかしない。


 でも年末も年始も関係なく遊んでる子供達を見ると。

「これはこれで幸せな景色だねえ」

「政治の中心だった城が子供の遊び場に。子供達がお城を取り囲んで、戦う施設で無くしてあげた時、それこそがお城が眠れる時だ」


 何か時サンの変な例えをボヤーっと聞きつつ、そう思えて仕方なかった。

 何となく、東西の櫓と太鼓門、それを繋ぐ白壁と御殿の屋根が一目で見えて、その手前で子供達が寒さを気にせず走り回ってる姿を見ると、城が平和の歌声を聞いている気がする。

 こんな城もいいな。


******


「霞ヶ浦って大きかったんだネー」

「江戸って関東大改造してたんダー、凄いパワーダヨ!」

「江戸城とか東照宮とか築きながら利根川や霞ケ浦まで変えていく徳川幕府、おそロシア!」

「ロシアと違うヨー!」

 …何かコメントすべきだろうか。自然に海退があったとか。まあいいや。


 常磐道を南下し、圏央道へ、そして佐倉県の北端手前で下車、利根川から渡良瀬川を北へ。

「ふわ~」

「でか~」

 今度は結構デカイ城、ここもまた将軍家の宿所となった城、古河城だ。


******


「城の向こうに土手があるー!」

「でも天守、キレー」


 これは何と言うか、本来遮るものが無く聳えるのが天守なり御三階櫓のレゾンデートルじゃないかと思うんだけど…

 それを軽々覆す本丸の後ろに聳えるバカ高い堤防!!


 バスコンは城の東を北に向かって走る。

 東西に走る広大な濠の向こうに、何か涼し気な四阿が樹々の間に建っている。

 二之丸の涼み櫓だ。

 月見櫓とかと同じ、風流を楽しむ施設だ。


 そして、本丸の二層櫓が並び立つ。北端には平面がL字型に曲がった菱櫓も見える。

 手前の帯郭の木々は本来高く生えて城内を隠すカザシの役割があったけど、今では観光用に低めに剪定されている。


 北側にある出丸みたいな諏訪曲輪にバスコンは停まる。

 百間堀と言われる長~い水堀を、左右を杉林に挟まれた土橋を進み、日光参拝の際将軍家が入場したという立派な御成門を潜り、丸の内へ。


「古河城は、14世紀の鎌倉時代足利氏の時代から続く由緒ある地で、ここから南に邸を構えていました。例によって小田原征伐護に小笠原氏が入り、17世紀前半に佐倉から移封された土井勝利により現在の近世城郭に改修されました」


「ねー司ン、あのすごい土手は何?」

「あれはこの城を近代化する際、将来上流にある足尾銅山を開発する時発生するであろう重金属の流出と、渡良瀬川の氾濫を抑えるため城の工事と並行して設置された遊水地から続く堤防です。

 徳川幕府は17世紀初頭から日本各地で鉱物資源の開発を推し進め近代化に備えましたが、その時鉱毒対策も行っていました。この遊水地もその一つです」

「エコだな徳川」

 スーが感心しつつ、続けて言う。

「しかしそういう背景を考えると、城が丸見えになる堤防を作るってのも、落城と洪水とどっちが怖いかって事だよね」

「前橋城、流されちゃったんだったっけ」

「凄いネ日本の川」


******


 市街と城跡を隔てる幅広の堀を隔てて城は南北に延び、御三階櫓はじめ櫓が見える。

 その湖の様な堀を並木の土橋で歩いて渡り、城北側の丸の内に入ると、武家屋敷街。

 よく見ると、中はレストランとかカフェになってる。土産屋もあるな。

 その先が三之丸、例によルネサンス風の市庁舎で、さっき通った土橋と並行して鉄橋が架かってる。


 そして二之丸門の堂々とした楼門、その左、堀の向こうに土塁上に聳える白壁、その一歩奥に聳える三層の破風の無い、シンプルな御三階櫓、

 初層の庇の下に窓がある。初層は内部二重なんだ。三層四重、天守の規模だ。


 二之丸門内には長屋が続き、その先に御殿の玄関がある。


「二之丸御殿は市庁舎と迎賓館を経て現在では治水記念館に、そして内堀の先本丸は現在でも迎賓館として、特に年に一度の徳川家の日光参拝の際は宿所として宇都宮城同様現在も使用されています」

「あの堤防や巨大な遊水地を作ったテクニックが見られるネ!」

 一同ゾロゾロと御殿へ。

 何か観光というか、近世近代開発史の社会見学みたいだな。

 スーは川越城でも国防計画とがガン見してたし。


「この巨大な堤防を完成させたのは、鉄道の輸送力かあ」

「それでも数十年掛ったそうだヨ?」

 工事の鉄道敷設図や記録絵図を眺めつつスーとランが感心してる。


 ランは足尾銅山の掘削方法の革新について、鉱毒の被害予測や防止策の建白書に見入ってる。

「17世紀から鉱毒の被害やそれを防ぐ策を、こんな図をイッパイ描いて…」

「なつかしいなあ」

「お次さんっ!」あれ描いたのお次さんかよ?!

「なにせモデルがいなかったから、時サンが必死に手足を曲げて、あれは怖かった…」

 小声でお次さんが教えてくれた。


******


 本丸前の小さい曲輪、馬出を経て本丸門へ。

 本丸御殿は非公開なので、先ず御三階櫓へ。

「ちゃんと窓がお城の窓ダネー」

「蔵の窓じゃないネー」

「水戸城天守のアレのインパクトがデカ過ぎ」

 破風は無いのに、イケメンっぽく見えるから不思議だ。


 天守内には関東の水運についての資料が展示されていた。

「鉄道と水運が関東繁栄の鍵カー」

「房総半島を迂回せずに銚子から関宿へ、江戸川を下って江戸へ、か」

「霞ヶ浦も大きかったんだなあ」

「今まで見たお城、色々ありマース」

 ホントだ。高崎城、前橋城、館林城、そして要衝川越城。

 明日行くのは…利根川と江戸川の分岐点、関宿城、その南の岩槻城、印旛沼の南の総都佐倉城。

 鉄道路線を示すボタンを押すと、江戸東京を起点に赤い光が放射状に延びる。

 また横浜から関東中部を不完全な環状線が随所に光る。

 現在の高速道路を示すボタンを押すと…

 今回旅した道が示される。

「こんなに旅して来たんだねえ」

「確かに鉄道だとちょっと今回の旅は難しいかな?時サンの言う通りだったか…」

 こうして図で見ると、ちょっと感慨深いな。


「ほわー!見て見て!海だー!」

 お玉ちゃんが声を上げる。

 北側の窓から見えるのは広大な池。渡良瀬川遊水地だ。

 あれが水害を守る知恵の一つか。


 そして西には超高い堤防がずっと南北に続き、対岸も同様だ。


******


 最後に二之丸南の、最初に見た涼み櫓でお茶を頂き、私達は古河城を後にした。

 去り際に再び見上げた御三階櫓は、結構な大きさだった。

 我が故郷埼玉の直ぐ近くに、こんな立派な天守…これはもう天守と言うべきだね。

 立派な天守を持った城があったんだねえ。


******


※チュルチュルチュッチュチューって歌。日産自動車の社歌、「世界の恋人」です。

 作曲は芥川也寸志先生です。

 社会人野球の応援で演奏されていたのが印象的でした。

https://www.youtube.com/watch?v=kOmf4YmrVRg

 土曜夜、東京12チャンネルの大型時代劇「大江戸捜査網」の提供で流れたグループ会社のクレジットでお馴染みでした。

 何でも「俺が自宅に帰った時やってる時代劇が無いじゃないか」って調べたら12チャンしか空いて無くてブッ込んだ結果大人気になったとか。


※小さい亀の城、土浦城の現状、復元模型、全体の縄張図等は下記サイトの通りです。本丸ちっちゃ。

https://blog.goo.ne.jp/yoshiharu-n-goo/e/b7f73da4c64a3b23d060a138e05040dc


※関東公方の由緒を伝える古河城、現状、古写真に復元模型は下記の通りです。

 ページの真ん中あたりに写真の選択欄がありますのでクリックして下さい。

 なお、模型では本丸御殿は省略されています。

https://kojodan.jp/castle/156/photo/212724.html


※尚、実際の城址は劇中に登場する渡良瀬川遊水地から南に伸びる堤防の内側(市街側)ではなく、外側(河川敷)に位置し…つまり上のサイトの写真にもある様に、城跡ほぼ全てが河川敷にされ切り崩され、完全な平地になってしまっています。

 その昔、航空写真で赤外線写真を撮影した際、河川敷に土塁の跡が浮かび上がって、地上から消えても痕跡の全てが消えた訳ではなかった事を認識させられたとか何とか。


※渡良瀬川遊水地が徳川時代からあったというのはこの世界の話、実際は全部明治以後のお話。しかも割と後ろ向きな対策として鉱毒に苦しむ石上村を全部沈めるという発想から生まれました。

 しかもこの対策も田中庄造の直訴あってのものだったのです。


 もし楽しんで頂けたら、また読者様ご自身の旅の思い出などお聞かせいただけたら今後の創作の参考とさせて頂きますのでお気軽に感想をお書き下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ