250.助けられた私、そしてその後先
※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。
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気が付いた。
「ウェアアムアイ?」
「インザヴィレッジ」
看護婦さんが答えた。
体に力が…入る。手足も動いている。錯覚じゃない。
『人質は?!あと、突入部隊はどうなったの?』
駄目だ。起き上がれない。
「時尾さん、安心して下さい。テロリストは全員射殺されました。
日本や各国の人質も、突入部隊も死者はいません」
答えたのは、赤石さん。
「大使館員は全員逮捕されました。時尾さんの同時配信のお陰で即日裁判、外観誘致罪で死刑が確定しました。
外務次官も、金豚も、そいつらの傘下で荒稼ぎしてた顔役や配下の暴力団、麻薬組織、そいつらから政治資金を受けてた政党と議員も一網打尽です」
ほえー。なんかエライ事になってんなー。
「貴女には。何て言ったらいいか。言葉がありません。
でもさあ…」
言葉も無いって言いながら、何か言おうとしてるんですけど。この渋イケメン。
「命を大事にして欲しい、って」
何を今更。
「そりゃ!…
貴方が人質になるのを黙認した私が言えた義理じゃありません。
でも、ここまで覚悟が座ってたら。
貴方の覚悟に答えるしかないじゃないですか」
あー。
何だかこっちが申し訳なくなりそうだ。
でもさ、私も、貴方も、時サンの教え子でしょ?
「そちらも、充分やる気だったんでしょ?」
「あそこでチンピラが馬鹿みたいに叫ばなけりゃこんな荒事に…
いや、あの国じゃあ、誰だってそうなっちまうのが、普通だったんですよ」
やっぱり赤石さんも、穏便な解決を望んでいたんだろうなあ。でも。
「そん位、想定してると思ってました」
赤石さんが更に呆れた顔をしていた。そしていたずらっ子みたいな顔をして。
「時尾さん。
貴女の肝の据わり方、異常ですよ?」
護児学院でしょ?でもどこまで知ってるかわからないから。
「昔は相当に酷い事もあったでしょう。
今だったら理不尽な暴力で斬り殺される訳でもなし。
勇気一つで人の命を救えるのならば。どんな恐ろしくとも…」
そう言おうとしたら。
突然恐怖がどこからか覆いかぶさって来た。
あの素人任せのテロ折衝。
もし私が、本当に「恐怖」を知っていたら、成り立ってなかった?
そんな私を見て、イケメン赤石さんが…私の間近に来て、笑った?!
「ははっ!時尾さん、いっそ特殊部隊に入りません?」
御免被る!てか近いよ!
危うく恐怖に飲み込まれそうになった所を、赤石さんが引き戻してくれた。
だが断る!
「いいえ。早く、私を心配してくれたお客さんの元に戻りたいです」
「凄いな…流石親父のお気に入りの、ミス・ツカサンだ」
親父、か。
なんつうか。改めて、この人も護児学院の子なんだなあ。そう感じた。
「じゃあ時サンに会ったら、思いっきり贅沢させろー!って伝えて下さい」
「わかりました。では、どちらへ行きたいですか?」
そうね~。色々言ったからなあ。
早く復帰したいし。
いっそ、最初に時サンやお延さん達に会った江戸城を、何の仕事も遠慮もしがらみも無くのんびり回ってみようかな?
「では。案内士は、私が勤めましょう」
「え?」
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私は3日のブランクを挟んでツアーに戻り、お客さんの歓声に包まれ、ツアーを無事終えた。
私を案じてくれたお客さんは泣いて歓迎してくれた。
抱き着こうとしたけどキックでお断りした。ゴメン。
一方、日本では。
私が案内していた国の大使も、人質事件があった国の大使館員も、東京駅前に設置された公開処刑場で斬首刑。
あの金豚は国外逃亡を図り、敵国に着いたところで、歓迎してくれる筈の国から「日本の侵略者ー!」と宣言され、家族から先に、最後にテメェらが肉を削がれての凌遅刑。
この残酷映像、敵国内限定放送の筈が、何故か国際的に放送された。
全世界のお茶の間に、罪のない子供が肉を腸を斬り削がれる、大陸の悪趣味な文化が喧伝される結末となった。
「日本帝国の悪逆な侵略行為を許さない」ってな大陸の宣伝も、あの残酷映像の後では国際世論の猛攻を浴びるだけだった。
いや、それだけじゃない。
「批判だの遺憾だの何々すべしだの、言葉は虚しい。制裁だけが敵を諫め得る」
という日本政府の一言で、大陸海運は封鎖され、無数のタンカーやコンテナ船が西側に接収される事になった。
この結果、わずか1ケ月で大陸側は数十万人が餓死した。
しかし、政変は起きなかった。
餓死者やその周囲の国民達は、餓死も独裁も甘受したのだ。当人達の考えとは無関係に、世界はそう受け止め、餓死者は更に増加した。
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日本国内では、裏切り者の秘書達は逮捕され、脳外科手術で自白させられ、国内の裏切り者ネットワークは全員連座。
敵国の資金援助のお陰で大臣になっていた連中は、国会でグダグダ言い訳していたが。
その最中。
有志保守派議員が日本刀で答弁中の裏切り議員を次々斬首。
斬首した議員もその場で切腹、自分で介錯。
その情景はリアルタイムで世界に中継された。
最終的に千人規模で死刑となる疑獄となり、数十年振りの死刑ラッシュとなった。
テレビも新聞もこの疑獄で軒並み経営者や局長クラス、不法に縁故採用された外国人ディレクター等が死刑となり、続々と倒産したり廃業したり。
日を置かずして新たに権利を購入した会社が、その立ち上げに「偽『日亜新時代』事件」を大々的に報道した。
ついに旧大手マスコミ各社は解散し、全国の拠点は政府が接収した。
本社ビルを接収した内閣調査室は即日各本社の爆破を宣言し、その数時間後に爆破された。日本報道史に残る、「偽『日亜新時代』事件」の終焉であった。
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しかし不思議な事に、私には取材が殺到…なんて事はなかった。
テレビや紙面には淡々と「某民間人」が交渉しボランティア三名が救出されテロリストが殲滅された事実が、抑揚なく報じられるだけだった。
私は某民間人なので実名を晒されることはなかった。
半面、この人質事件について、政財界の内幕は実名で詳しく報道された。
東側政府から金豚を経由して外務省レッドスクールと各国日本大使館に命令された経緯は、実名で詳しく報道され、死刑となった連中の処刑風景は堂々とお茶の間に晒された。
今までの報道の在り方と真逆だ。
今までの報道。
被害者が実名で晒され、加害者が匿名。
疑獄を煽るキーワードが踊り、何が悪く何が問題かは言及されない。報道の都合による疑獄という名の魔女狩り。
悪しき者が守られ、善良な者が貪りつくされ、それを煽って金を稼ぐ報道。
そんな報道と真逆の新しい報道に、後日、起訴されなかった多くの関係者やその家族が自殺した。
その中にはこの事件に関わった報道関係者も多くあった。
その者達の自宅には連日多くの人々が殺到し、罵詈雑言、投石や火炎瓶まで投げられ、家族や子供にも容赦ない攻撃があったそうだ。
かつての報道災害が、今度は彼らとその家族を容赦なく襲ったのだ。
自業自得、その他に言うべき言葉は無かった。
新たな報道機関は各社で連携してガイドラインを策定し、その所為でセクハラ・パワハラが当たり前だった芸能界に対し刑事訴訟を起こして、大御所タレント達が続々豚箱送りとなった。
結局新番組が制作されず、昭和番組の再放送ラッシュとなった。
これを有識者がTV衰退と批判した。
しかし逆にTV全体の視聴率が爆上げしたのは、歴史の皮肉か。
いや有識者を自称している連中が実は無能だった、という事実を証明しただけだった。
我が実家には父がアマポチしたハードディスクが山積みになって、母がブチ切れたのであった。
買って山積みにしてあるDVDとかも見返してないでしょ?
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時は戻って事件の数日後。
何だか妙に疲れて、帰国後実家で2日寝込んだ。そして出社後。
「危険手当、ないっすよね」
「てか3日離脱した分、引くぞ」
ヒデェ。まあ、仕方ないか。
「スンマセーン」
「反省してねーだろ」
「だって、私がやらなきゃ誰がやるって…」
「昨日、叙勲の話来てんだろ?
3日引いた分なんてお釣りがくる処の話じゃないでしょが」
「いえ、それ辞退しました」
「え"?」
雅姐姐、超変顔。会社のホームページのトップにしちゃろか。
「結局武力衝突になっちゃいました。
あの隊長さんも生きていれば、今を変える力があったかも知れない。
でも、失敗しちゃいましたからね」
笑うしかなかった。
「馬鹿ッタレ!」
ひゃ!驚いた。
雅姐姐は、真剣だった。
「あんたが叙勲しなかったら、誰が外国へ行きたがるんだよ?」
「あんな危険な場所誰も行っちゃ駄目ですよ!そんな事態を許した政府こそ問題があるんですよ」
その時、熱を感じた。
雅姐姐が、私を熱い目で見ていた。
「敵の奴等は狡猾だ。今回だって日本の民意は、あの嘘臭い日亜新時代なんてお題目に迎合したじゃないか!
そのぬるま湯お花畑の嘘八百を命賭けでぶっ潰した司ンは、紛れもない英雄なんだぞ!」
気迫に押されて、次の言葉を待った。
「私の一族はな。革命とかで世の中良くなる、そんな他人任せでインチキな世論の所為で、友達同士が、兄弟が、親と子が密告し合って殺し合う様になっちまった地獄から逃げてきたんだ。
みんなチョロいもんだ。
親と子が殺し合うんだ!友達とか恋人とかが殺し合うんだ!
そんな地獄なんてな!簡単に出来ちまうんだよ!」
徐姉妹も地獄を見てきた。私は、時サンから、色々な地獄を聞いてきただけだ。
「ツカサン。あんたは、そんな地獄を許さなかった。
相手が金豚だろうと国の機関だろうと殴って刃物突き付けて、しまいにゃ丸腰で亘り合った、本っ当の英雄だ!
英雄は、英雄である責任を負え!
どんな平和な世の中でも、人の心を汚す悪魔は忍び寄るんだよ。
だから英雄は訴えなきゃ駄目なんだ!
今の子供達が大人になった時に!
思い出せ、昔戦ったの英雄をって。お前たちも戦えって!
それが、今を戦ったアンタの使命なんだ!」
40過ぎて美貌衰えない雅姐姐が、涙で顔を崩しつつ私に訴えた。
返す言葉もなかった。
気が付けば、私達の周りに集まっていた同僚達も、熱い目で私達を見守ってくれていた。
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私は、再度来てくれた叙勲の話を受けた。
叙勲を皮切りに私の件は実名報道となってちょっとした騒ぎになった。
関係各部署から次々表彰され、金一封なんかも頂けた。
取材を受けて、テロ隊長の話をした。
彼と理性を、理想を持って話せば。明日は開けた筈だ。
しかし、一人の感情で脆くもその想いは潰えた。
後日、私は死亡した隊長との約束を果たすため、叙勲やそれにかかわる取材で得た収入で食糧と衣料品を、彼が守りたかった集落に送った。
現地に着く前に横領されない様に内務省が監視してくれた、と後日赤石さんから聞いて、深くお礼を伝えた。
これには利敵行為ではないかとの批判もあった。
でも、私には。
彼が守り、夢見た未来に少しでも援助する事を約束した義務がある。
死んでしまった彼が夢見た、実現する筈だった未来。
その想いを失わないで欲しい。
例えその想いが何百回裏切られようとも。
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私が書くとどうしてもあっちこっちに特撮ネタが出てきてしまう。
次回、最終回です。




