206.八甲田山は避けて行け!
※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。
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「バスコン出すよ!」
多分時サンならこう言うだろうなあと思ってた。
「それじゃあ演習にならないですって!私達が自分で企画して行きますよ!」
敢えてお家に伺って話したのは、あくまで仁義を切るためだ。
今まで色々お世話になっておきながら、何も言わずに旅に出るのは大先生に対して失礼だ。
「まあ今回は私達学友同士の卒業記念って事なので」
すると時サンはニヤニヤし出した。
何だろね、気持ち悪い。
「逞しくなったねえ司さん」
「私達自身の将来が懸かってますもんで」
それを聞いた時サン。
「思いっきり楽しんできて下さい」
ん。優しい笑顔だった。
気持ち悪い、は言い過ぎだったかな?
「いつかは皆さんをご案内しますね。給料貯めてご招待します」
お延さんも、お次さんも、グラちゃん玉ちゃんも集まってきた。
「貴女と一緒に旅出来るだけでも、楽しみですよ!」
「無理すんなよ、給料大事に取っとけよ」
「ツカサンも一緒にスケッチしましょ!」
「ごはん少なくてもいーんだよ?」
「みんな、ありがとね!ごはんはおいしいのをいっぱい食べようね」
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とは言うものの、流石は時サンファミリー、色々有益なアドバイスを頂いた。
大体の時期の豪雪情報、列車が遅れたときの逃げ方。
最悪避難できる安宿やドミトリーなんかの情報。
…時サン、昔遭難でもしたのかな?んな訳ないか。
むしろ遭難者を助ける側だろうしな。
それから私達は色々企画した。
埼玉を出発して、白河城を皮切りに会津城、二本松城、米沢城、仙台城、平泉毛越寺に中尊寺…
季節柄、札幌城とか稚内城、樺太の豊原城は断念して、松前城を北限にUターンして久保田城等日本海側の城を巡って中京へ出て帰ってくる感じにまとめた。
色々貰ったお給料を使い果たすレベルの長距離移動だ。
これをいかに安い観光切符でお得に進むか、そこが企画者としての腕の見せ所であり、同時に頂いたお給金をなるべく多く残す死活問題でもある、マッタク。
…夏の北海道樺太、17世紀の鉱山油田と城巡りとかもいいかも。
いや待て、コンビナート巡りってどんだけマニアックなんだ?
ちょっと私も客観的な意見を求めなきゃいけなくなってるなあ…。
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今日は飴ズと色々情報を持ち寄って会合。
大体の資料は既にネットで連携してるけどね。
「ウラバンダイ?はちょっと時間懸かるなあ」
「でも、昔の宿場町、見てみたいネ」
「平泉と被るかもねー。だったら私は仏様を拝みたいなー」
色々感想を戦わせる。冬場なんで私は極力横道に逸れないルートを考えたけど。
「会津磐梯山は宝の山だぞ!黄金があって朝寝朝酒なんだぞ!!」
「平泉!毛越寺と中尊寺で極楽浄土を見てみましょー!」
「北条の樺太、名負城…行けないなー…」
ミキ、天然資源への憧れはわかるけど冬に南国人が樺太北端なんか行ったら死ぬぞ。
結局、函館城経由で松前城、その辺を北端として日本海沿いに南下、天候によっては列車で、更に悪化した場合は東北新幹線で帰京、という無難な線に落ち着いた。
私らが遭難したらすでに会社の名に係わるので、危険は冒さない事にした。当然だね。
そんで、福井城から内陸に入って飛騨を通って犬山、名古屋、そして東京へ帰る。
宿や食事をリーズナブルに抑えても、まあ時間に余裕があって数十万円の予算が組める海外客であれば北日本クルーズとして楽しめるでしょう。
新幹線で函館終点、あるいは札幌終点にして帰りは寝台車でも良し。
名古屋国際空港から逆ルートで遡上して、帰りは寝台車でも良し。
寝台車は、観光の華だからね。
そんな感じてツアー案をまとめた。
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年も明けて、新年会。
「私がいれば樺太行けるよ~?」
「却下で」
都内の大名御殿で宴会を楽しみつつ、私と飴ズは時サンの勧めで旅程をチェックしてもらっている。
でもランもミキも結構飲んでグラ玉とじゃれている。
駄目じゃん!
「雪こわいよー。加賀でも飛騨でも死んじゃうよー」
「樺太駄目かー」
「沢山死んだよ…でも、みんな死んでも居残るって言って、家を守って。
春には真っ黒になって凍ってたよ」
お玉ちゃんが、いつもの笑顔で、涙を流しながら言う。
余程の物を見てしまったんだろう。
「くれぐれも無理はしないでね。今は天気予報も優れています。
危ないと思ったら宿に籠って下さいね」
只ならぬ厳しい表情でお延さんも忠告する。
これは、相当心配されている。私達が迂闊な道を行くと思われている。
それが当たり前だ。私達はまだ未熟だ。
それならば、その心配に答えなきゃ。
「わかりました。
この時期にも、観光の需要があると思います。
なので、何が危険か、どう予測すべきか。どう回避すべきかを演習します。
それで、臆病な位に慎重に振舞って、結果を再検証して会社に報告します」
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三月の長期予報も出てきて、例年通りだそうな。
予定地や通過路線の過去5年とそれ以外でも大きな被害があった雪害状況を分担してチェックして、遅れや待機場所を決めた。
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個人旅行とはいえ今後のヒントになる。
そう思って私は雅姐姐にプランや今後の行動計画を提出した。
「慎重ね~。まー、スキー旅行なんかじゃこういうのしっかりやってるけどね」
と、雅姐姐。
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飴ズも企画を会社に提出して意見を求めたそうだ。
「雪山ではな、退却は臆病じゃねーんだ。勇気なんだぞ!」
そう上司に笑顔で肩をバシバシ叩かれた、と後日スーから聞いたよ。
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雅姐姐は続けて言った。
「海外客の富裕層でこのシーズンに東北旅行のニーズがあるかって言えば微妙だな。
スキー客はもうちょっと天気が安定してる北海道か近場の新潟へ行って、ひたすら滑るしなあ~」
両手を頭の後ろで組んで、足も組んで、リクライニングシート全倒しで…
雅姐姐、出来るクールビューティー投げ捨ててんなあ。
「あ、これ司ンの影響なんだよ?」
「へ?」
「なんかね、アンタが愛されてるのはその自然体なんじゃないかな~、ってね」
ご無体な!!
「アンタも上層階級のお客様への接客態度とかはちゃんと身に着けてもらうけどね。
あ、ショア伯爵達は気取らない人だから例外ね。
ほんまモンの英国貴族だったらああは行かないからね?」
そうだと思ったけど。
それは兎に角。
「ま、アンタたちが自分で決めたことだし、自費で行くことだ。
卒業旅行、臆病なほど無理しないで、楽しんでらっしゃい。
報告によっちゃ報酬でるかもよ?」
雅姐姐がニコっと笑う。やっぱ美人だなあ~。
「行ってきます!」
私も元気で答えて、会社を出…られなかった。
「ツカサン!行くルート教えてよ!」
「危険なところあるから!ちょっと教えてあげるから!」
「三月でも日本海岸はヤバいわよ!私数万無駄にしたのよ!」
「ひ~!」
先輩達に会議室に連れ込まれて、卒業旅行に物凄いコメントがくっつけられた。
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「ねーちゃん俺も連れてけよー」
「阿保垂れ!あんた学校あんだろが!しかもテスト期間だろー!」
「あの美人な人たちと行くんだろ?」
「旅費ン十万だぞ?自腹だぞ?テメー払えっかオラァ!」
という下らない弟駆除の一幕を経て、旅へ出発。
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※名負城。酷寒の樺太に移封された北条氏が幕命と援助金で油田を開発した…という設定の城と城下町、油田の町です。アイヌ名でナニヲー地方です。
※この世界では樺太だけじゃなくて色々資源地帯の開発は内外で行われて、鉄道や鉄船が日本の早すぎる近代化に活躍しています。
もし楽しんで頂けたら、また読者様ご自身の旅の思い出などお聞かせいただけたら今後の創作の参考とさせて頂きますのでお気軽に感想をお書き下さい。




