203.ガイドしない洲本城 仕事のおわり
※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。
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お客さん達が解散した。賑やかだったチビッ子達も行ってしまった。
一緒に色々世話した連手さんも会社に戻った。
「聞いたよ~。一日のんびりして明日報告上げてくれりゃいいよ」と雅姐姐。
迷子の一軒は責任外で不問との事で、詳細な状況をツレテク社に報告して、不可抗力性と連手さんの活躍も意見具申してくれるそうだ。
そういうところは、頼りになる雅姐姐だった。だが。
「今回はお客さんに恵まれたね」
と、私と同じ意見を言った。
そうだ。あんないい人たちと旅出来た事自体、幸運だった。
今までの二組もそうだ。
私は、連手さんが愚痴った様な、嫌なお客さんとの出会いを知らない。
ピーコック卿の夫人、真性レイシストのメアリィ~も、相性は悪かったが淑女だった。
「今の気持ち、大事にしなよ」
そう言って雅姐姐は電話を切った。
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なので、おそらくは中々行くことがない淡路島へ播讃線で向かう。
大鳴門橋の下段、鉄道橋から鳴門の渦潮を眺め、新洲本駅へ。
今世紀頭に明石大橋が完成してから播讃線は軌道を変え明石に直行し、かつての鉄道連絡船に向かう洲本駅への線路は支線となり、路面電車となった。
その路面電車で城へ向かう。
立派な煉瓦造りの駅舎や、同じく煉瓦建ての倉庫が残る洲本停車場の前に、ちんまい謎の天守風モニュメントが建っていた。
三層の、四方に破風を向け最上層の入母屋棟側にも破風を付けた、ありえないけどなんだか愛嬌のある天守風建築だった。
なんでも天皇陛下行幸に合わせて築かれたものだそうで。
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城の北側、下の城から見上げる山上に、四層下見板張りの天守。
この地に近世城郭を完成させた脇坂安治。
彼が大洲城に移封された時、この天守を模して再現したと言う兄弟天守の兄貴分だ。
多門櫓で二層の小天守と連結されている辺りも非常に似ている。
そして剪定された山の左右に、階段状の上り石垣と壁。
これも南蛮征伐で活躍した脇坂安治らしいといえばそうなのかな?
そして山麓の居館。
脇坂氏が移封された後、蜂須賀氏が城代を置き、全国の支城を幕府が接収した後の居館となった「下の城」と呼ばれる一角。
東西両端に二層櫓が構え、東端の枡形を守っている。
『天守を目指しましょうマム!』
…あの元気なレイチェルちゃんの声が、笑顔が。いや、幻だ。
もう、仕事は終わったんだし。
大きな唐破風の御殿に入り、ビールを頂く。
ウホッ、日中からビール頂くの久々だなあ!お客さん、いないからね。
いても飲酒OKな徐姉妹とかピーコック卿とかが異常なだけで。
ここも幕府の城代の城、地元の元大名の経済支援もないから、いずれ城拍を目指すかもしれないな。
そうしたらお父さん連れて来たいなあ。
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本来下の城から、天守以下がある三熊山へ至る九十九折りの道がある。
それを思いっきりショートカットするエスカレーターで標高約130mの山頂へ、東西に延びる城の中央部、東の丸門へ。
二層櫓が横矢掛りで張り出している東にある楼門を進むと、その先には大きな湧き水、日月池が。山頂部には有難い水の手だ。
壮大な本丸石垣に沿って本丸大手に向かうと、南東隅の櫓がこちらを狙っている。
本丸南の枡形櫓門を進み、眼前に迫る四層天守。
やはり、大洲城天守に似ている。
丹波亀山城天守と今治城天守を見た時と同じ、「もう一つの歴史」では「移築」された天守と同じ姿、私の歴史では「兄弟天守」だ。
郡山城天守と今治城天守は壁が下見板張りと白亜塗籠だったんでそういうデジャヴを感じなかったけど。
あとは小倉城天守とか佐賀城天守とか、あ~似てるな~って感じはするね。
等々、色々考えながら天守に登り、遠く大坂の方を眺めていると…
やっぱり寂しいな。
「寂しそうだね」
…来たよ。
「お疲れ様でした!」
「懐かれてたね~ショタキラー!」
「皆ツカサン大好きネ!」
「大好きー!」
「お延さーん!グラちゃん、玉ちゃーん!
あとショタキラーってなんだよ次さんよー!」
私は四人に飛び込んでいった。
あ~。久々の感触。
安心感がドバっと感じられたよー!
で、この助平親父。
「ずっと見てた?」
「いいや、迷子騒ぎまでは色々打ち合わせた旅程表の後をのんびり付いてきたカンジ」
それであんまり気配を感じなかったんだ、昨夜までは。
「また、いい出会いがあったみたいだね」
「なんでそう思うの?」
「楽しい旅行が終わった時の、寂しそうな顔をしてたからね」
こん畜生!図星だ!
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路面電車で播讃線に戻り、特急なるとで大阪へ。
道中、洲本の酒蔵の千年一を頂きながら。
「この仕事。お客さんがよかったら、やめられないよね」
「ん~。なんと返すべきか」
お?珍しく時サンが悩む素振りだ。
「司さん、お客様と生徒は選べないのよ」
お延さんが優しく、しかしどこか厳しく言った。
「どんな嫌な奴がやって来るかも知れない。
そんな奴が自分の大事なものも全部をズタズタにしちまう事もあるよ。
そいつらを何とかしなきゃ。戦ったり、いなしたり、そこは技が要るよねー」
凄く嫌そうな顔で、多分過去を思い出したお次さんが盃を煽りつつ言う。
「そうよね。そりゃ、接客業でなくても、父みたいなサラリーマンでも同じよね」
夏の、父の会社のパワハラ騒動を思い出した。
「ん~。まあちょっと。もう少し自信を持って欲しい。
司サンは私の事を知ってるから言うけどさ。
貴方はね、最初に勝ちを咬ましたんだよ」
???何の事?
「ツアーが始まる前にアメリカンな母子に一言申し上げて、そこであの一家は貴女のファンになったんだ」
何だと?
「見てたんかー!」
「だから私はそういう存在で…」
「この出歯亀助平親父ー!!」
「司、さん、?」
お延さんが、冷気を放つ。
「あ、はい。続きをどぞ」
この人には勝てない。
「で、だ。
あの後、スーザン夫人と姉弟が司サンの事をハロルドさんとグレンさんに色々話して、あの家族は旅行開始前から君のファンになったんだ」
時サンの覗きには色々納得できないが、グランパ達と会った時の歓迎ぶりからすると、そうなんだろうなあ。
「そして、アーメッド氏の質問への回答。あの人はIT企業のSIヤー、人間の仕事をどうシステムに落とし込むかを調査分析して設計図を描く人だ。
司さんの答えは『人はなぜそうしたか』『この建造物という結果は、どんな動機で実現したのか』『どんな不具合を解決するのか』という高度な問いに返せたんだ。
貴女の答えに、優秀なアーメッド氏もファンになった」
「え?そんなぁ、照れるなあ!エヘヘ」
あれ?私、褒めて欲しかった?
あれ?時サン、凄く真面目な顔してる。ちょっと、ヤだ。
「そんな空気を貴女が作って、今回のツアーは成功したんだよ。
司さん。貴女は今はお客さんにとって魅力的な案内士だ。
その気持ちを大切に持って、前に進んで欲しい」
お延さんも、みんなも、笑顔で私を見てる。
「じゃあ司ンのツアー成功を祝って乾杯だー!」とお次さん。
「カンパーイ!」「チンチン!」「お疲れ様ー」三人が続く。
なんだか、私の、ひとつの仕事が、今終わった気がした。
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※実際の大鳴門橋と明石大橋。
当初は四国新幹線の開通が期待されていましたが結局費用対効果が出ずに実現されていません。
しかしこの世界では17世紀から全国鉄道網が企画されていたので、数両の鉄道連絡船による輸送は行われていた様で、明石~洲本~徳島という鉄道網があって、現在
高速ルートから洲本市内に鉄道があり路面電車化しているという、我ながら超絶ムリがある設定です。
そんなの絶対赤字ですね。
※路面電車の駅舎、実は駅舎ではないですがバスターミナルのロータリーに面し、カネボウの赤レンガ倉庫が残っていたりします。
駅前モニュメントは、現実には天守台に建っている模擬天守…というのも恥ずかしいミニチュア天守風の何か、を想定しています。
実際のその何かは昭和天皇即位記念で建造されたものです。
※堅固な石垣が残る洲本城ですが、その実態は江戸初期に廃城となったため絵図も残らず、謎に包まれています。
蜂須賀家配属の後の絵図でも山頂の絵図は石垣の配置が描かれるのみで、なぜ城の正面の反対、南に大手門があるのか、各部の名称は、櫓の配置は、などなど不明点が多いのです。
※学術的に再現可能なのは、山麓に蜂須賀家が築き、現在城下の洲本八幡神社に残る御殿玄関部のみです。
後、天守は「大洲に移築したんじゃね?」って推測がなされています。昔は江戸期の伝承十八番「天守は無かったヨー」って言われていました。
櫓については、櫓台っぽいところを想定するしかない状態です。劇中の描写は大体フィクションです。
※洲本の日本酒、千年一酒造は下記サイトを参照願います。
https://sennenichi.co.jp/
もし楽しんで頂けたら、また読者様ご自身の旅の思い出などお聞かせいただけたら今後の創作の参考とさせて頂きますのでお気軽に感想をお書き下さい。