200.ガイド高松城 三大珍天守
※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。
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讃岐の平野をあずき色の電車が走る。
『こここれはなかなかなかなか、はげはげはげしいなああああ』
揺れる揺れる。マトモに喋れないけどグランパはご機嫌の様だ。
『まつまつ松山のの、きかきか機関車もよかよかったたけど、このこのれれれ列車もまたタタタタイムマシンですななな』
アーメッド氏もまた揺れを楽しんでいる。
ちびっこ達は例によって私にしがみ付いてキャッキャと喜んでいる。
レイチェルちゃんはなんかサーフィンみたいな感じてバランスを保っている。
「マム!アイムライディング、ジャパニーズジャンピングトレイン!」
大喜びである。何故だ?
『みなみな皆さんのきぼぼ希望でこのろろろ路線にしたけどど、ここもすごすご凄い揺れ揺れ揺れオウフ!!』
凄い衝撃だ!牛でも轢いたか?!
『キャー!』子供たちも笑顔でジャンプした!
しかし電車は何事もなかったの様に走り続ける。
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平野を爆走してた時はジェットコースターかと思うように揺れまくっていた琴平電気鉄道、琴電も市街に入るとフツーの走りになった。
ローカル線は揺れも観光の目玉になるのか?んな訳ゃないよね。
『おもしろかったー』『日本のトレインは〇ィズニーより楽しいですマム!』
『脱線しないのが不思議な位だよミスツカサン!』
…それでいいのか?
やがて琴電は大きくカーブし…
『マム!お城です!』
レイチェルちゃんの声に振り向くと、低い石垣の上にそびえる三層櫓。
それに続く白壁に、立派な枡形門。
それらの向こう側に見える、堂々とした…
堂々と…
『へんなのー!』
ユセフ君。本音ぶっちゃけ過ぎ。
『これは変わった形の天守だねえ』
アーメッド氏の言う通りだ。
後ろで楠見夫婦が苦笑している。
中堀沿いに走る車窓から見える高松城天守は、日本で一、二を争う奇天烈な外見の天守だ。
アンシンメトリーな聚楽第天守、途中の層と最上層が南蛮造りの岩国城天守と並ぶ、日本三大珍天守だ。
なお日本三大ナントカにありがちな「三番目はそれじゃない、こっちだ」というのがやはりあって、小倉城天守や津山城天守が名乗りを上げている。
私はやっぱ工事現場みたいな苗木城天守なんじゃないかなあって思うんだけど、落選したらしい。理由は「あんなん天守じゃないやい」って事らしい。納得。
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終点、琴電高松駅は国鉄高松駅の向かい。国鉄駅は城の西側の岸壁まで線路が伸びていて、岡山の宇野へ向かう宇高連絡船に列車を運び込んでいた。
瀬戸大橋が完成したので連絡船は廃止され、今では鉄道遺産として連絡船とセットで保存されている。
さて二層の烏櫓のすぐ脇、西の門の枡形から西の丸へ入ると、内堀の向こうに二層の地久櫓、それに多門櫓が長く続いて、その先に…あの奇妙な天守。
『高松城は四国を制圧した豊臣秀吉の配下、昨日の丸亀城を築いた生駒親正によって讃岐国の中心地として築かれました。
生駒氏は4代でお家騒動のため取り潰し、その後、水戸黄門で有名な徳川光圀の兄、松平頼重が11代治め、城を拡張しました。
元は下見板張りの黒い城でしたが、後に現在の白亜塗籠に改められています』
一行は天守を前に、見上げる。
『しかし大きな天守だな』
グランパが感心して言う。
『はい。高松城天守は四国最大の天守です。
高さでは松山城の五層天守に匹敵しますが、石垣からはみ出した初層の平面規模、それに伴う容積では四国最大です』
そう。この天守が異様なのは、最上層が南蛮造りになってるだけじゃなくて、初層が熊本城天守や萩城天守みたいに天守台からはみ出して建っている事もある。
全体に出たり引っ込んだり、わちゃわちゃした印象なのだ。
『なんというか、不思議な建築だ』
アーメッド氏がため息交じりに見上げて言った。
天守に向かう前に、大手門から一度中堀の外に出る。
『結構壮大だなあ』
と再び歓声を上げるグランパ。
大手の枡形を挟み、左に太鼓櫓、右には堀を挟んで三の丸龍櫓、どちらも三層で初層に大きな石落としを付け聳えている。さらに右端には二層の東の丸巽櫓も見え、四国の玄関口に相応しい堅固な構えを見せている。
『この大手門と太鼓櫓、あちらの東の丸は、松平家が増築したものです』
と、私は補足した。
『生駒氏の大手門は、中堀の向こうに、橋が落とされた状態で残されています』
と、左側を指すが、ちょっと遠くて見えない。
再度大手門を入って、その向こう下見板張りの楼門、桜門から三の丸御殿に入る。
中は国鉄の本四連絡船の歴史や、瀬戸内海の海運の歴史を語る博物館となっていた。
途中、三の丸北端の壁の内側を上る展望台から、洋上に面した月見櫓を眺める。
場内のいくつかの櫓は窓の上下に長押が巡らせてあり、更にいくつかはその長押を黒く塗っている。
月見櫓もそうだ。格段にお洒落な櫓だ。手前南側には多門櫓に挟まれた水の手門がある。
そして西側には、海まで線路を敷いた高松駅が見え、宇高連絡船の…名前忘れた丸が接岸した状態で保存されている。
鑚門から木々の茂るだけの二の丸に入り、その先、島の様に孤立し、天守が堂々と聳える本丸へ向かう廊下橋を渡ると。
天守と周囲の櫓、多門に囲まれた手狭な本丸に入る。
連手さんの説明だ。
『こちらの天守が、生駒親正が挙げ、松平頼重が改修し現在の姿に改めたものです。
三層四重、地下一階。初層が石垣より大きくせり出して、更に最上層もせり出し、他に不意のない起伏の激しい建築となっています。
これは、九州の小倉城の南蛮造りを模したものとも言われています』
『なんで上が出っ張っていると、西洋スタイルになるのかい?』
お。珍しくアラン氏からの質問。これはFAQだ。
『日本で天守建築を大々的に利用した織田信長が、宣教師ルイス・フロイスから聞いたスペインの城にある出窓を安土城に取り入れ、今までの日本建築に無い、上が張り出すスタイルを作りました。
小倉城天守を上げた細川忠興が、最上層の高楼を雨戸で囲い、下層より上層が張り出すスタイルを創出したと伝えられます』
おお、連手さん、危なげなく英語で返す。私がフランス語でフォローする。
…フランス語とかドイツ語とかも勉強しないとダメかもね。
『しかし、やはり。トップヘビーだ。南から見たら、上に破風が二つある。
小田原城天守もだが、スマートな印象よりも、威圧感を演出したい建築なのではないか?』
そうきたか、アーメッド氏。ならば!父直伝ヘンテコ美術論!連手さん、タッチだ!
『普通、物を巨大に見せるには、上を小さく見せ、実際より巨大に錯覚させる遠近法があります』
『そうだね』
『しかし逆に、上が巨大になると、それはまるで落ちてくるかの様な威圧感を与えます。頭を大きく作った鎌倉大仏の様に、です』
『あれは、そう作らせていたのか』
『あえて上を大きく作り威圧感を出す。奥を広く描き広大な感じを演出する。それを逆遠近法と言います』
『ミスツカサンは、美術も得意なんだね』
…言えない。
ウチの父が「怪獣はね、聳え立ってる様に上が小さい〇〇〇キングの遠近法と、頭が大きく脅かしてくる〇〇ラの逆遠近法があるんだ!
デザインした成田亨さんの計算した演出なんだ!」
ってよく訳解んない説明を怪獣人形片手にしてくれた話が元ネタだとは言えない!
…父、激オタク。
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『マム!攻撃命令を!』
とレイチェルちゃん。刀利ちゃんとお手々繋いで、もうすっかりお姉さん。
だが猛ダッシュされると他の観光客さんの邪魔になる。
『宜しい!敵に悟られるな!ゆっくり、静かに、各フロアに何があるか見なさい。
そして最上層を目指すのです!』
『イェス!マム』
そして付いて行くリチャード君とユセフ君。
すっかり仲良しだね。
天守内は、四国諸城の天守の展示、全国の天守大きさ比べ模型なんかがあってお得な感じ。
『最初に見た高知城や宇和島城の天守は、小さかったのねえ。江戸や大坂の天守は大きかったわね』
と、アンヌさん。
『仕事頑張って、また江戸東京や大坂に連れて行くよ』
と、すっげぇベッタベタに言うアラン氏。
ケッ!また来てウチに金落としてね!
そして最上層。
内部の内陣は畳敷きで、棟側には唐破風が開かれている。
唐破風の外は、北に瀬戸内の海。南に堀端を走る琴電と、広がる高松の街並。
そして西は国鉄のターミナル。
陽は段々と朱を帯びている。
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今治より大きな高松の町に洋上遊覧船が無い訳が無く、一行はさっき見た月見櫓の水の手門から遊覧船で瀬戸内海から高松城を眺める。
海に面した二層、三層の櫓に囲まれた不思議な天守が、まるで海に浮かんでいる様だ。
『すごい、塔がいっぱい。海に向かって…』
『お姉ちゃん、綺麗だね』
洋上に並び、南からの逆光に浮かぶ二層、三層櫓の行列にレイとディックの姉妹が見とれている。
『ニホンって、こんな不思議な景色がいっぱいあるのねえ』
アンヌさんがアラン氏にべったりしつつ囁く。ケッ。
『フラットだな。戦いにおいて利点があるのだろうか…』
雰囲気台無しだけど、元軍人らしくグランパが言う。
『この城の縄張りは、今治城を築いた藤堂高虎、姫路城や大坂城を築いた黒田官兵衛がアドバイスしています。東西北に敵は無く、南を守るだけの天然の要害だと』
FAQを予習した連手さんが答える。
『大艦隊が来れば終わりだが、その心配は無い程海軍の統率があった、そういう事か』
瀬戸内海運を平定していた豊臣政権を思い起こし、私と連手さんが頷いた。
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『線路が海に向かってる!』
『あれを見て!この線路は海じゃなくて船に繋がってるのよ!』
なんてレイチェルちゃんたちのやり取りを微笑ましく見つつ、次は徳島。
本日最後の観光地。そしてこのツアー、最後の宿泊地だ。
明日は、皆様とお別れ。
なんだろうなあ。この感じ。
徐姉妹や、ピーコック卿いや、キャプテン達と感じたのと違う感じ。
…あの人たち強烈過ぎたから、今の感慨が普通なのかな?
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※四国の玄関口、高松の海に浮かんでいた海城、高松城の往時の姿は下記の通りです。
https://8787pc.com/%E9%AB%98%E6%9D%BE%E5%9F%8E.html
各曲輪や門・櫓の名称は下記「縄張図片手に廻るお城」サイトの縄張り図(ちょっと仰角ついてます)の通りです。
左上の写真をクリックすると拡大します。
https://san-nin-syu.hatenablog.com/entry/2022/09/23/060000
他の城の縄張り図も満載なので、大変勉強になります。
※現実の琴電の終点は西の丸を斜めに突っ切って堀跡に立つ高松築港駅になりますが、この世界では西の丸の外、かつての国鉄高松駅の向かいにあった様です。
劇中出ませんが、市内線も健在だったりします。
※高松城天守は伊予松山城が五層天守だったとしても高さでトントン、初層の面積でははるかに大きく、最大の天守です。
その奇天烈な姿は下記の通りです。見慣れてくると、カッコイイ…カッコイイ?
https://ameblo.jp/kura-jou/entry-12399557039.html
最上階が畳敷きで金刀比羅宮を祀った、というのは記録がない完全な創作です。
唯、金刀比羅宮に莫大な寄進をし、天守を改修した松平頼重が何も天守に仕込まなかったとは思えないので、こういう描写を足しました。
※高松駅前が大規模に再開発されていないこの世界、連絡船への引込線が保存され、更に宇高連絡船の讃岐丸が保存されている設定です。実際の讃岐丸は海外にカーフェリーとして売却されています。
個人的には、映画「二十四の瞳」での高松駅の先、線路が海に向かっている辺りが映っていて印象的でした。テレビで見ましたが。
やっぱ、名画はレンタル屋や配信で埃を被らせてはダメで、時々地上波でやってほしいものです。
※逆遠近法は古代インドやアジアの漢王朝などの鳥観図などで普遍的に活用された手法で、ヨーロッパでもビザンチン美術に使われた、人間の視覚体験に基づく方式です。
消失点が視線の彼方ではなく、自分に向かっているというのがイマイチ解り辛いのですが。