199.ガイド金刀比羅宮 とにかく登ろう階段を
※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。
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『『『うまうま』』』
子供たちが朝ごはんをおいしそうに食べる。
『やっぱりお箸は難しいわ』
レイチェルちゃんは文句を言いつつ、何とかお箸でご飯を食べている。
やっぱり日本に態々やって来るだけあって、日本食にもそれなりの接触はあるんだね。
『でも日本のごちそうはおいしい!』
それはよかったね。
『こうやって大人数でラフな格好で食べる食事も、朝からパーティーみたいで面白いなあ!』
『父さんは軍人仲間と朝からビアパーティーしてるじゃないか』
う~むアメリカン。ステイツは朝からパリピかあ。
『ま、ひたすら肉焼いてビールとバーボン飲んでてご機嫌なんで、私はラクよ』
とマム。割り切ってらっしゃる。
『そういう朝も楽しそうですね。朝からどれだけ肉を食べられるかは難しいですが』
とアーメッド氏。でも行きたそう。
『朝から肉とビヤか。僕ならワインだね』
『それもいいなあ。フランスならいいワインがたくさんあるだろう』
アラン氏とフーバーマン氏が笑いながら話している。
なんか良い雰囲気だ。
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皆さんで楽しい朝食を味わって部屋でまったりして、出発。
目指すはこんぴら船々しゅらしゅしゅしゅ、でお馴染みこんぴら様、金刀比羅宮だ。
『うわー!今までで一番町が賑やか!お店がいっぱい!』
そうでしょう。シルバーウィークなので門前町は朝から早くも観光客で賑わっている。
『あれは酒樽かな?』とフーバーマン父が言う。
『はい。ここは「金陵」という酒蔵があった場所で、今では酒造は博物館と店になっています。
この中で酒の造り方が説明されています』
金陵の隣は和風建築の老舗旅館。御殿の様だ。
そして参道は階段へと続く。短い階段と坂道を繰り返し、両脇にお土産売り場を眺めつつ、。
『お土産店がいっぱーい!小さい人形、きれーい!!』
お?軍人っぽかったレイチェルちゃんが普通の女の子に戻ったぞ?!
『帰りに買いましょうね?』
マムも欲しそうだ。
レイチェルちゃんと手をつないですっかり妹分になってる刀利ちゃんも木彫りの仏像にお目目をキラキラ…趣味が渋くない?
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『ひい』『ふう』
『ヘイボーズ!だらしないぞー!元気に行くぞー!』
『イェスマム!』
ちびっ子を連れてレイチェルちゃんは金刀比羅宮大門を目指す。
段々と階段がきつくなるなあ。
しかし目の前には階段の上にそびえる楼門。
一行が楼門を潜る。そして連手さんが案内を始める。
『みなさま、お疲れ様です。
ここは西日本、瀬戸内海の海運を守る神として古代から信仰を集めている金刀比羅宮の入り口、大門です。
金刀比羅宮がある象頭山は古代には島であり、神話では大国主命がここに神社を立てたといわれています。
8世紀には神社があったことが記録され、12世紀には絶大な権力を持った後白河法皇に反旗を翻し、敗北しこの地に流された崇徳天皇が信仰し、死後祭神として祀られました。
16世紀に松尾寺によって金刀比羅宮として建てられ、更に17世紀には丸亀城を築いた生駒氏や、これから向かいます高松城の松平氏にも保護され建物が寄進されました。
平和な江戸時代から現代にいたるまで、多くの人が参拝に、観光に、また温泉旅行に訪れています』
『コンピラと言ったりコトヒラと言ったり、不思議な言葉だね』
来ると思ったアーメッド氏のFAQ。ここは私が。
『はい。金刀比羅宮の真の祭神は、仏典に登場する蛇の神、クビラ神と言われています。
蛇は水辺に住み、水運を司る神としてアジア一帯で信仰されています』
『それは仏教なのかな?神道なのかな?』
『大本のクビラ神自体が様々な宗教や土着信仰の混合体です。
日本では古代には神社であり、近世では仏寺になり、現在は法律上の区分から独自の宗教法人となりつつ、歴史的な観点から仏教と神道の行事を行っています』
おお。皆様頭を抱えている。
『結構いい加減なものなのね?』
とはアンヌさん。
『ヨーロッパでも地元で信仰されている聖人の起源がキリスト教伝来以前の偉人で、キリスト教とは思えない不思議な祭事を守っている例があります。
古代からの信仰は歴史が作られた後の宗教よりも、根強いものがあるのでしょう』
『確かに。東南アジアのラーマ信仰なんかヒンズー教なんだか仏教なんだかおとぎ話なんだかわからないしね』
ほっ。うまくごまかせた。
そこに連手さんが一言。
『なお、只今の大門が石段を365段登ったところです。目的地の本殿の大体半分くらいです。
それでは頑張っていきましょう。
ソルジャーズ、行きますよ!』
『イエスマム!』
お?連手さん、子供たちのノリに近づいたかな?
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書院通過、500段。丸山応挙の障壁画があるんだけど、みんな黙々と石段を進む。
っこから大きく南側にコの字型に迂回して回るんだよね、勧進した人の石碑が多すぎてわざわざそのため迂回路作って…って、なんだそれ?
『それだけ、この地は、多くの信仰を集めたって、事だね、ひぃ~』
アラン氏がとぎれとぎれに言う。
『僕の、友達なんか、北イタリア、出身で、殆どキリスト教関係なくて、山岳信仰だったって、言ってたよ。ふう~』
私も、聞いた、ことが、あるよ、ふぃ~。
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628段、旭社。立派な二層の仏堂だ。
江戸末期の建築で、高野山金剛峯寺金堂を模したといわれている。
あまりに立派なんで、清水の次郎長の名代で金毘羅詣りに来た森の石松がこれを本宮と勘違いしてここで折り返してしまったとか。
『もう、着いたのかな?』
グランパが言う。石松か?
『いいえ、あともう少し、100段ほど上です。
ここは、途中に勧進された、薬師如来を、祀る、仏堂です、ふう~』
『そうか。どんなものだろうか、お参りするか』
お参りという名の休憩ですな。よしよし。
中には金色に輝く如来様がおわしました。
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一息入れて復活した大人組は、やっとこさ785段、標高250mちょい。
ようやく本殿に到着したー!
目の前には、豪華絢爛、極彩色の本殿が待ち構えていた。
組物や軒裏が赤青緑と彩られ、色の洪水を浴びて今までの疲れが吹き飛ぶ感じだ。
『トーショーグーみたいだね』『きれーい』大人も子供も驚いている。
『皆様お疲れさまでした。最初の石段から785段の石段を上ったこちらが、金刀比羅宮の本宮です。
ここに金毘羅大権現、大国主命、崇仁天皇が祀られています』
と連手さん。
『と言っても、強大な像や十字架があるわけでもないのが、日本の神社の不思議だな』
とグランパ。
『それも日本のミステリーさ』
とアラン。
『形がないからこそ、尊い。そういう考えもあるのです』
さらに英語でスラスラと説明する楠見氏。
お客様同士で会話が生まれるのもうれしいね。
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一行は隣の八角観音堂と本尊の十一面観音を見学し、更に絵馬殿へ。
巨大な絵馬に描かれた像や馬の絵、更に軍艦の乗員たちが寄進した絵馬も。
奥には、幻の戦艦大和の何メートルもある模型まで。
実際は19世紀半ばに空母として完成したのでこの姿はあくまで幻、ということだ。
リチャード君とユセフ君ががぶり寄って見入っている。
こういうのは男の子は大好きなんだろうなあ。あ、楠見さんまで。
連手さんが言う。
『なお、ここから更に600段程登ったところに奥院があります。
流石に今回は上りませんので、ご承知願います』
一同、それが良いと言わんばかりに頷いた。
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大分降りてきた当たりでアーメッド氏が聞いてきた。
『ところで何故この謎の神様が江戸期を通じて深く信仰され、多くの人たちが参拝したんだ?
さっきの説明だけでは今一つ腑に落ちないのだが…』
あ~。それ聞いちゃったか。
連手さんの方を見ると、イマイチピンと来ていない様だ。
昨日の特訓、ここ金毘羅様言ってなかったからね。
『え~。
平和な江戸期には、遠くに旅行するために参拝って口実が必要でして。
まあ、観光旅行ですね。
あと19世紀以降の話ですが、ここには信仰とは無関係に、カジノがあったんです』
『『『カジノ???』』』
男性陣が色めき立つ。
『「九条くじ」というロッタリー(宝くじ)を参拝客に販売し、その収益で芝居小屋を支援し、芝居とギャンブルで宿泊客を足止めして門前町を発展させたのです。
この金刀比羅宮は、宗教と娯楽がミックスされた、一大娯楽施設、観光地だったのです。
一同はため息をついた。
『信仰とギャンブルが紙一重とは…日本人は罪深い、いや、したたかなのか』グランパが言う。
『キリスト教も十字軍のころは免罪符を売ってましたし、そっちの方が罪深いでしょう』とアーメッド氏が突っ込む。
あ、これ宗教論議になりそうだ。
テキトーにお茶を濁そう。
『地上を旅する私たちの教会、と言います。人は聖と俗の間を彷徨って神を求めるのもだと思います』
『それカトリックの祈祷よ…』
フランス人のアンヌさんに突っ込まれた!
『『『ふ…はっはっは!』』』一同は笑った。
よかった!自爆したけど対立は避けられた!
『こちらがそのくじを販売した、160年前の芝居小屋、金丸座です』と連手さんが参道の脇へ案内した。
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帰りは古い旅館を改築したうどん店で名物讃岐うどんを頂いた。
暖かい麺が苦手な筈の外人さん達だが、このツアーに申し込んだ人たちはある程度日本文化になじみがあるのか、旨い美味いと喜んでいる。
そしてお腹も膨らんで琴電の駅へ。こちらも小さいながらお寺の様な形をしていて、最後まで参拝の町なんだあと痛感されられた。
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※四国随一の信仰の地、こんぴらさん。
その起源は大国主命であったり素戔嗚尊であったり色々です。
なお、現実では明治の廃仏毀釈で仏像などが排除されご神体に置き換えられていますが、ゆる~い大政奉還を行ったこの世界では、20世紀末でもゆる~く神仏習合しています。
※本宮に到着するもう一歩手前にある、旭堂。もともとは神仏習合の習慣で仏堂として建てられたのですが、現実では神仏分離のあおりで仏像が撤去されご神体を祀っています。
この世界では以下略。
※786(なやむ)段は縁起が良くないのでわざわざ1段外して785段にした本宮。
劇中では極彩色の建築なのですが、現実では明治の神仏分離のため純粋な神社建築として明治11年に造営し直されています。
隣接する三穂津姫社も、明治以前は観音堂でした。
今の姿も落ち着いていて良いのですが、やっぱ外人さんには派手な方が受け入れられるでしょうね。
※絵馬殿の戦艦大和は、フィクションです。実際はソーラー船が寄進されています。
もし楽しんで頂けたら、また読者様ご自身の旅の思い出などお聞かせいただけたら今後の創作の参考とさせて頂きますのでお気軽に感想をお書き下さい。