184.お宿はまたまた帝国ホテル
※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。
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新幹線で一路東京へ。
途中、お父さんから「終わったー!帝国ホテルに行ってるぞー!」とメールが来た。
「なんだか上手く行ったみたいねえ」
お母さん、どっちでも良さげに言わないで下さい。
一家の大黒柱の稼ぎが懸ってんのよ?
こっちだって稼ぎなんてまだこれからなんだし!
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この日、本当なら久能山東照宮を廻る筈だったけど、父と早く会う為に予定を切り上げて東京へ向かった。
父、ホームでしっかり待ってた。
「ツカサー!」「ギャー!」
公衆の面前で抱きしめんなって!
このまま家に帰るのもありかと思ったけど、折角のお疲れ様を御慰めするためにも、帝国ホテルから江戸城眺めるディナーもいいかなと思った。
「それがいいわよ」
母の同意もあって最初の予定通り江戸城正面に赤煉瓦の廻廊を巡らせる名建築、帝国ホテルへ。
ライトアップされた江戸城を眺めつつ。
「お父さんお疲れ様~!」「おつかれさまー!」
と、シャンパーニュで乾杯!
「すまなかったなー司!折角お前の用意してくれた旅だったのにー!チクショー!」
名建築家のライトが建物に合わせてデザインしたフルートグラスを叩き付けるかの様に煽る父、ヤメテ!
グラス一つだって文化財だからー!
「また連れてってもらえばいーわよ、駿府のお城に泊めて貰ったりねえ」
「何イー!駿府城に泊まったのか?」
「どうどう!遠州の横須賀城に泊まったのよ」
「それでも羨ましシー!」
そこから私達は旅の土産話を父に聞かせた。
名古屋東照宮、普通電車のパノラマカー、三州吉田城の三層櫓の林立する姿。
掛川城の高知城とは似ても似つかぬ黒い姿、浜松城の松江城とは似ても似つかぬ白い姿。
駿遠線のゆれゆれ旅、横須賀城天守に泊まった話、田沼意次の相良城と小さいコンビナート。
そして、巨大な天守と重厚な構えの駿府城。
…なんかお父さんと別れた二日、異常に濃くない?
「もうお城泊まった時は司ちゃんアイドルみたいでねー」
「オカーサンヤメテー!」
「そうかそうか!司は美人さんだからな!
…じゃねえ!俺も一緒に居たかったよー!駿遠線乗りたかったよー!」
そこ?
「ガタガタだったよ?」
「それだよ!それがいーんだよ」
「今度乗りに行けばいいじゃない。どうせ会社辞めたんでしょ?」
「辞めてねーよ!給料泥棒として会社に胡坐掻かせて貰う事にしたよ!」
「え?」
「どゆ事?」
「はっはっはーもう休日出勤も残業もなしだぜー!24時間戦ってられるか!8時間以上働いて堪るかってんだー!」
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そっからは父の独壇場だった。
自慢話かよー、と聞き流していたけど、結構壮絶だった。
怒りに任せた父は即座に緊急事態挽回のためチーム招集を部長に打診、しかし部長は誰も呼んでなかった。
深夜に会社に戻って一人だけだった父、怒りに任せ明朝からの行動計画を作成、部長とチームにメール。そして半徹で過去の勤務実態をダウンロードして長時間残業の証拠としてメール履歴をプリントアウト。
翌朝出勤したチーム員「ここまで逼迫してたと知らなかった、主任(父)が受けた仕事だと部長に言われた」、父「それメールで返して」と証拠集め。
本来このプロジェクトを受けてたチームも呼び出し、失敗の原因を調査。部長の口約束が肥大化したと判明。
父、労組に証拠を持って違法な過重労働について、「組合が相手をしない場合は弁護士同伴で労組連合に、最悪単独で会社と労組に対し民事裁判を起訴する」と訴える。
労組、労連への悪影響を重視し部長との調停を持ち掛けるも父「部署掌握役員以下で」と反論。
即日労組と役員、本部長以下を相手に父は弁護士を同伴して打ち合わせ。
本部長が「お互いに我慢しよう」と調停する振りをした。
父、内心密にブチ切れ。
父、「お互いとは何でしょう?ソッチが何を我慢していますか?
業務も収益も、社員の健康や精神すら圧迫する命令を垂れ流しているだけでに見えますねえ。
私だけでなく、本部長案件の関係者は勤務状況が異常です、こちらがその証拠です。
サービス残業を集計したら月平均で一人60時間超です。
これは犯罪ですよね?
それに作業工数で言ったら赤字プロジェクトになってませんか?
それってこれだけですか?他には無いでしょうねえ?」
この時点で役員の顔が青くなったそうな。
「本部長、あなたも『お互い』って言うのなら、最低限、裁判所で有罪判決を受け入れて下さいね」
これを淡々と言ったそうな。
弁護士も「確実に有罪です」。組合も「これを放置したら、会社の信頼が失墜しますよ」。
父、怖ぇえ…
「今から弁護士事務所に頼んで裁判所に訴状を提出します。
それでも改善されないなら事を公にして辞職します。
今のプロジェクトからは只今を持って離脱します。
元々私が電話口で一歩的に告げられただけですから」
と宣言すると、組合長が「組合本部に相談し至急改善するので指揮を続けて欲しい」と仲裁。
これに父が
「本部長が『お互いに』と言いました。
お互いって言うなら本部長はどうなりますでしょうか?」
と役員に慇懃に聞くと、
「勿論時尾さんへの損失補填、本部長と部長への懲戒処分…だけじゃないな。
本部長指揮下の他のプロジェクトへの損益の見直しを命じないとな。
今年は我が社は、赤字になっちまうんじゃ…」と頭を抱えたそうな。
この騒ぎは即日社長案件となったが、社長も「顧客要望が第一、損益は各部門が責任を持つ様に」と返すだけ。
弁護士が「では訴状を発送します」と返す。
役員も「本件が世間に漏れると信用が失墜します。親会社からも経営権が引き上げられます。
それに、他にも同様な赤字案件がある様です。そちらの手当てが先かと」とフォロー。
結局社長も大慌て。
父が「とりあえず『法的に守られるべき』有給休暇中なので、退出しますね」と〆る。
役員さんも
「とりあえず休んで下さい。
そしてこんな異常な長時間勤務をさせる事はもうしない、と約束させて欲しい」
と言ってくれたそうな。
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「お父さん。エゲツネェ…」
「今頃3つくらいは億の赤字プロジェクトが明らかになってるだろうねえ、酷い目に遭ってる他の課長にも成り行きを連携してるから」と、黒い笑いを浮かべる父。
「お父さん、こういう時怖いのよ。私がパートを無理やりクビにされた時も、クビ取り消し、賠償金支払いさせてパート先の店長をクビにしてやったのよ」
「そんな熱い戦いが…」初めて知ったよ。
お父さんは、窓の外、江戸城の天守、本丸御殿に周囲の櫓群を眺めて言った。
「はあ…毎日通ってるすぐそこにこんな文化遺産があるってのになあ。
そんな100万ドルの夜景も目に入ってなかったなあ…」
父、表現が古い。
「司、お前もこれから色々な客相手の商売になる。
前回の海賊姉妹や英国の海運王は、とてもいい人達だった。
でもそんなお前に嫉妬したり利用したりと考える鬼畜外道共が必ず出て来る。
そんな時、そういう奴等には証拠を集め、戦い方を考えて、仲間を集めて戦え!
奴等はその悪意自体で私達の精神を蝕んで来る。
負けずに戦え」
さっきまでの自慢モードから急に真面目モードになってビビる。
「それから、折角のお前の案内を途中で降りてしまって、御免なさい。
お前の笑顔を、守ってやれなかった。駄目な親だ」
「駄目じゃないよ!」
私は反射的に叫んだ。
「私が大学に行けて、好きな様に行動して仕事を掴めたのも、お父さんのお蔭だよ?
だから、これからはのんびり定時退勤でお仕事して、のんびり旅行して来てよ!
私も何度でもガイドするよ?」
そう言い切った。
「司は良い子だ。お父さんもだけど、お母さんもいいところに案内してあげてくれな?」
「勿論よ!」
そう答えて、部屋に移って二次会を始めた。
「こっからでも御三家の御殿が見えるなあ!
白亜の大坂城や名古屋城もいいけど、白黒金の江戸城も凄いなあ!
こんな部屋から眺めて酒飲むのは初めてだー!
ツカサーありがとなー!」
「ギャー!」だから抱き着くなー!
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ちなみに後日、父は役員付けとなって、資料纏めという定時退勤な閑職に廻った。
しかし待遇や給料はそのままだったので実質的に勝った状態だ。
私は、そんな状態に陥った時に、上手く戦って勝利を得られるだろうか?
収入は確保できても閑職となったら耐えられるだろうか?
今回の旅は、思っていたのとまったく違う疑問を抱えながら終わる事になった。
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※最初の方で書いた通り、この世界の帝国ホテルは日比谷ではなく丸の内に建っていて、江戸城本丸を近い距離で見下ろせます。更に現在の高層ビルではなく、関東大震災当日にオープンした、フランク・ロイド・ライトの名建築の方です。