171.ガイド苗木城 赤い壁の不思議な城
※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。
******
父の思い出の地、諏訪を後にして、中央本線を塩尻へ、特急ながのに乗り換えて中津川へ。
リニア駅は地下にあるみたいで、地上はのんびりしてる。
貨物船が並ぶ駅の西の端っこに行って、北恵那鉄道の小さな電車に乗って木曽川を渡る。
もうじきお昼だ。
「ほおおお。初めてて来たけどど、赤いななあ。山ががが本当に城だだだなあ」
父が感心する。揺れながら。
「でででもお城っぽくななないわねえええ。何かのここ工事中うう?」
母がこき下ろす。揺れながら。
「なな苗木城は、南北朝以来ここここの南ののの岩村城を本拠とっとする遠山氏の支城でででした。
てて天然の岩山をりり利用した峻険な砦の上に、
あかか赤壁ぬりぬりり、板葺ききの、全国近世城郭でも希に見る特異な建物はわわ!
正に戦国の砦そのものででで、戦国マニアにはにに人気の城でで痛!舌噛んだだだ!」
凄く揺れるなこの電車。
だが母の言う事は当たらずとも遠からず。
お城というには白くも無いし石垣より木組みが目立ち、立派な瓦屋根も見えない。
足場の上にプレハブ小屋が建ち重なっている感じだ。
木の少ない、むき出しの岩が目立つ標高400m強の森高山を、昔の都電みたいな緑と黄色の古い電車が、二両編成でガタガタゆらゆら走る。
昔から木材や石材を運んだ鉄道だ。
単線の小さい線路がぐるっと東から北へ、お城?工事現場?を見上げつつ廻り、城下町が開ける。
*****
ななな苗木駅に到着。
ここもタイムスリップしたみたいな町に、街並みに合わせた武家屋敷みたいな駅。
駅前の蕎麦屋でお蕎麦と岩魚を頂き、タクシーで北門の手前まで…
ここから先は18世紀に車両通行のため道が拡張されたのに今尚通行止めだ。
そして頭上を覆わんばかりの初層と上層が同規模の重箱櫓、一部三層の大櫓が聳える。
城内最大の櫓だ。
「なんていうか、赤いなー!この感覚は初めてだ!」
「大きな農家って感じよね」
この夫婦、落差が激しい。
そして谷を挟んだ先には、二之丸御殿。
石垣からはみ出した、清水寺か文禄大坂城本丸御殿かっていう、木組みの上に建つ懸造りだ。
やっぱり壁は赤いし屋根は板張りだし…巨大なプレハブ小屋?違う違う!
気を取り直そうね。
「さあて、腹ごなしだよー!」
「おー!」「面倒ねえ」激しい。
大櫓から平櫓が階段状に連なる先の、大手に当たる風吹門を入ると…狭い。
目の前に、更に大きな櫓門、大門が迫る。
その後ろに巨大な岩山、そこにへばりつく様に、斜めに壁が昇る。
内側が階段で、岩と赤い多門櫓がつづら折りになってる山上の本丸へ、そしてどう見ても天守に見えない天守へと続いている。
「工事中じゃないの?」
母が言う通り、天守もその一段下にあって繋がっている本丸御殿も、壁が赤くて土台が懸造りで、屋根が板葺きだ。
「え~…」
「昔この城の城主が破れて逃げた時、白い犬に追い回されて敵に討たれた。
そのずっと後にこの城が完成して壁を白く綺麗に仕上げたんだが、突然空が暗くなり大雨が降って、次の日には壁が全部剥がれてしまった。
何回塗り直しても雨が降って繰り返しになるんで、昔の城主が白を嫌ったせいだと気付いた人たちが赤土で壁を塗って、漸く城が完成した、って赤壁伝説があるんだ。
日本で唯一の赤壁の城だぞ?」
しまった油断した、まあいっか。
「あら、それはレア物ねえ」
母、レアに弱し。
言えない。海から遠くて漆喰の調達が、特に繋ぎ剤の麩海苔の入手が困難だったなんて。
******
「この、ヒイ。石垣は、ハァ。見事だな。フゥ。」
階段、キッツィ~!
三段スイッチバックする石段を、途中錦蔵門、坂下門、菱櫓門と上下同規模の櫓門を登りつつ天守の下へ。
「うわ!岩!懸造り!」
「確かにこりゃ他にはないなあ」
「プレハブ小屋じゃないの?」
母、歯に衣着せねえ!
でも御尤も、天然の岩の上に木組みが、そしてその上に、火の見櫓かお祭りの櫓かみたいな感じで二層にしか見えない三層の天守が聳えていた。
何とも形容しようとしても褒め言葉にならない唯一無二のコレ。
その天守をグルっと迂回して、本丸御殿へ。
中は普通に…いや、小藩の大名御殿だ。
「ふあ~、一息つけるわねえ」
「お義母さん、これ国宝なんだけど!」
「ここまで登らされて国宝もへったくれもないでしょ。
昔の人は頑丈だったのね~」
昔の人、私達が昇って来た大櫓の更に下、九十九折の坂を下って三之丸大手から公的行事に出発したんですよ?
「ここロープウェイないの?」
「そんなの建てたら岩が割れて城が崩れるよ」
「不便ねえ~」
母、容赦ない。
こんな厳しい山の上でお茶とかお菓子なんて出る訳もなく、建物が続いて…いなかった!
独立してる天守…天守だよね?に登る。
「うわ、これは絶景!」
「山登りの後だからねえ」
東には中津川の町が、西には城下町が見える。
眼下を流れる木曽川に、遠く木曽山脈。
「変わったお城よねえ」
「ホントだ」
「話題にはなるかもねぇ」
なってくれますか。案内した甲斐があるってもんですよお母さん。
城が好きな人には奇妙無二の建物や、中期戦国っぽい建築、そして実は立派な石垣が愛される苗木城だけど、一般人にはネタ枠だよね。
さあ、本数が少ない電車で帰りましょ。ガタガタゆらゆらと。
******
※中津川から苗木を結び、更に北にある付知という町を結ぶ鉄道、北恵那鉄道線という路線が1978年まで存在しました。
鉄道に優しいこの世界なので、20世紀も終わりに近いこの世界でも元気に走っている事でしょう。しかも国鉄中津川駅まで旅客駅が増設されて。
現実では国鉄から貨物船は伸びていましたが、旅客駅は5分程歩いて離れた王子段ボール工場付近にあったそうです。
※劇中散々に色々言われている苗木城、衝撃のその姿は下記復元模型の通り!
http://www.lint.ne.jp/~uematsu/2010.oshiromeguri/naegijiyo.html
こちらでは城内各部を復元模型の接写とともに詳しく解説しています。
https://www.city.nakatsugawa.lg.jp/museum/t/archives/nagijyoatowoaruku/index.html
※復元CGや復元模型では壁は赤くなく、黄土色の土壁になっています。
かつては赤壁だったのか、そもそも黄土色を赤と四捨五入して言ったのかは不明ですが、この世界では赤土を塗った物として描いています。是非は兎も角。
もし楽しんで頂けたら、また読者様ご自身の旅の思い出などお聞かせいただけたら今後の創作の参考とさせて頂きますのでお気軽に感想をお書き下さい。