131.ガイド下津井城 橋と船と城と
※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。
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今時サンの運転するバスコンは、岡山城を離れて四国に向かう道、瀬戸中央自動車道を南へ向かっていた。
「はあ~。今度も喜んでもらえたみたい。日本の路面電車は久しぶりだ!ですって」
疲れたけど、やっぱりお客様達の笑顔は嬉しい。
「相手は貴族様だからね。ちょっと下々と交流?これは人を選ぶオプションね。
本来なら警備が必要な所でもあるし」
そう言えば相手は貴族、下手したら身代金誘拐とかだって有り得たし!
迂闊だったかな~?!
「まあ向こうは観光慣れしてるから大丈夫でしょ。それに、次はそんな心配も無さそうね」
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待ち合わせ場所は下津井港。下津井電鉄終点駅のすぐ向かい。
今回も人だかりが。この辺は漁港なので、漁協を通じて入港許可や、普段ここを使っている漁師の皆さんへの通知はお願いしてある。
その所為か、50mあるホワイトキャッスル号が横付けできる様、桟橋が空けて貰ってある。
…?なんか人だかり多くね?あっちにはなんか制服着た子供達が集まって…
密かに私を付けて回ってる雅姐姐を見つけ出して「何あれ?」と目で合図しても「さあ?」と首を振られるだけ。あ、今ちょっと笑いやがったな?
あ、 堤防の隙間を抜けてデカいホワイトキャッスル号が入港する。
どう考えてもこの港、20m以上の船入る様に作ってないでしょ?
船底ガリって行かない?
まあ向こうは船のプロだし。
と思っていたら、制服着てた子供達が演奏を始めた!何だ!
…あ、これ昔父さんが見てた人形劇で、ロケットとか出て来るテレビ番組のマーチだ。
携帯で調べたら、あれUSじゃなくてUKだったのか。
何か、UKだけじゃなくてヨーロッパ各国、最近日本軍でもレパートリーになってる有名な行進曲なんだってー!
おお、ジェフ伯ご機嫌で手を振っている。
船が接弦すると、行進曲が別のものに替わる。
上陸したジェフ伯やサム子爵が直立して歌い出した。
『樫の心は我らが船、樫の心は我らが仲間、備えは出来ている、構えよ若者!』
ちょっとポチポチ調べるのが失礼な気がして胸に手を当てて演奏を聞いた。
演奏が終わると、ジェフ伯が子供達に向かって拍手を贈った。
周りの人達、恐らくこの街の漁師さんやその家族達も盛大な拍手を贈った。
『いやあ!驚いた!子供達が歓迎したいと聞いたんでどうなるかと思ったが、英国の海の男の歌を聞けるとは日本海軍を訪れて以来だ!』
『実は私も知りませんでした。あの子供達はとても素晴らしいと思います』
『君の入れ知恵じゃなかったのか!ますます驚いた。でも嬉しいよ!』
『では、下津井城に案内します!』
一行がタクシーに分乗して城に向かう。
今度はバンドはエルガーの威風堂々を演奏した。う~ん。よく訓練された子供達だなあ。
「ランドオブ ホープアンドグローリー、マーザーオブザ フリー、
ハウ シャルウィー エゾールディー、フーアー ボーンオブ フリー!」
何と合唱までついている!英語だぞ英語!
はっ!待て!慌てるな!これは時サンの罠だ!
あ、いた。下津井駅の電車の窓の向こうでニッコニコだ。
最初にあのSF人形劇のマーチ持ってきたの、100%自分の趣味だろうが!
『別に俺達ゃ王家でもチャーチルでも無いんだが、随分な歓迎だなあ』
『日本の田舎にUKの貴族が来るのは、とても嬉しいんでしょう』
テキトーに答えた。
『軍人だった頃を思い出すよ。尤も…あの城には軍隊はいないのが残念だが』
3台のタクシーは港を見下ろす様に聳える山上の城へと走って行った。
山上には三層の天守、その最上層が港を見下ろしている。
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思わぬ歓迎式典に私の方が腰を抜かしそうになったが、一行は各地でこんな歓迎に慣れているのか機嫌上々で山中の階段を上っていた。
そして木々が斬り払われた場所に出ると、山上に岡山城の支城であり、瀬戸内海を見下ろす海運拠点となる下津井城が見えた。
東西に長く連なる石垣の上に、白亜の櫓、そして白壁、中央に大手の櫓門が見える。
天守はあの門の奥、ここからでは見えない。
城は西から西出丸、二之丸、三之丸と連なり、堀切を経て更に中出丸、東出丸と続く。
本丸は二之丸の北にあり、その二之丸の入口が南に面するこの大手門だ。
元軍人達とその妻のせいか、息も切らさず長い階段を上って来る、若い筈の私がヒィヒィ言ってるよ。徐姉妹との旅を思い出すなあ。一人バケモノがいたっけ。
大手を入ると、この市場の南北の幅は実に狭い。
大手門の先に本丸、その北の奥のすぐに三層の天守が聳える。
白亜ではあるが二重の同規模の櫓の上に小さい望楼が乗り、正面に軒唐破風がある、岡山城の三層櫓と同じ構造の古風な天守だ。
『初めて見る城だ。規模は小さいが、随分堂々としてるな』
ジェフ伯の高評価を頂いた様だ。
『ここから見える海を見張るだけの機能に特化してるんじゃないでしょうか、サー』
もう一人の城好き、ジョン卿が分析する。
『その通りです。でも一応岡山から分岐した藩の城としての機能を持っています。
では、この城から見た瀬戸内海の風景を楽しみましょう!』
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一旦三之丸に出て、Uターンして本丸へ。
階段状に見える門や壁、櫓と天守は青空の下白く輝いて中々に盛観だ。
そして本丸の1/3を占める天守。
その最上層から見えるのは瀬戸内の海と。
巨大な瀬戸大橋。
その下を、大小多くの船が行き来している。
『この城だけではなく、大名が領地を治める城以外、それを支城と言います。
支城は社会が平和になり、破壊される運命にありました。
しかし徳川幕府はこれに幕府の兵を派遣し、諸国を監視し、戦乱を抑制するために規模を縮小して維持したのです。
更に地方に派遣する兵のために街道と鉄道を整備し、日本全土は統率を強化したのです』
『お節介な様な、無理やりいう事聞かせた様な。でもそれが今の国防方針の基礎になっているのだろうなあ』
ジョン卿が考えを巡らす。
いや単に時サンが支城破壊にイヤイヤしただけなんですけどね。
ジェフ卿が瀬戸大橋を眺めて言った。
『ミスツカサン。俺達はあの偉大な橋を通って来たんだ。明石大橋もだ。
今まで船は陸と陸を繋いできた。今じゃあその船が橋の下を通る時代になった。
世の中は変わるものだなあ…』
『ピーコック伯爵…いえ、キャプテンジェフの船と海が進んでいく海の道と、出来れば日本の城を愛する心は変わって欲しくありません』
何言ってんだ私ー!
『オー。では私も日本の美しいレディを愛する気持ちも変えずにハッスルするか!』
何言ってんだ伯爵ー!
『ジェフ?』
凍り付くような声が!
メアリ伯爵夫人いつからいたんですかー!ずっとかー!
『ハ…ハハ?!孫の様なレディをだな。恋人の様に扱うのは礼儀に反するなあ!』
『貴方の場合は冗談に聞こえません』
『機嫌を直してくれメアリ。私はこの利発な少女を応援したいだけだ』
『応援するついでに何をするのやら!』
…後半よく聞き取れなかった。痴話喧嘩は犬も食わないので逃げよう。
天守から降りたらバージニア子爵夫人が複雑な笑顔?で私を見てる。
気味悪いなあ。
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『どうだい?ミスツカサン』
『ツカサです、ジョン卿』
『貴女に親しい人は愛情を込めてツカサンと呼ぶと聞いたのですが?』
誰だー!それ言ったのはー!
『…はぁ。ツカサンでいいです』
『どうだろう、貴女が気に入ったなら、ジェフの船に乗りませんか?』
『解りました。しかしその答えは、キャプテンに直接話した方がよいかと思います』
『貴女は聡明な女性だ。サーも喜ぶだろう』
『今は伯爵の、マダムに対する交渉術次第だと思いますよ?』
どうにも私は伯爵に気に入られ過ぎている…自惚れかな?
『ハッハッハ!大丈夫だ、メアリ夫人も君を歓迎するよ。ほら』
…さっきまで夫婦喧嘩してた二人がイチャイチャしながら天守から出てきたよ。
交渉術凄すぎか?なんだろねえ。
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城の北、かつて城主御殿があった場所は江戸時代の間に幕府城代の簡易宿所になり、今では観光客の休憩所。
全国の支城と同じだ。そこで私達は天守を見上げつつ、リクライニングシートで休憩しつつドリンクを頂く。
『ミスツカサン』と切り出したのはメアリ伯爵夫人。
『貴方も私達と一緒に船で旅しない?』
あ"~。
『伯爵夫人、もし…』
『メアリでいいわ』
『ミセスメアリ。同乗をお許し下さい』
『ワオ!歓迎しますわ!どう?ジェフ!彼女は私のお願いを聞いてくれたのよ!』
なんだか少女の様にはしゃぐメアリ夫人、そして手を上げるジェフ伯。
さらばお延さん、お次さん、我が癒しグラ玉ちゃん。
ヤーティン許さん。
あと時サン絶対こうなる事読んでやがったな?!ついでに許さん!
『ワオ!ツカサンも俺達とくるのか!色々聞きたいことがあったんだ』
いたのか自称インフルエンサー君。
『失礼は許されないわよアラン!』
釘をさすのはサンドラ嬢。
『でも一緒に行けて嬉しいわツカサン!アイツから守るから安心して!』
全然安心できねーっつかサンドラ嬢アランの事好きでしょ?
この船旅、コワイー!!
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※冒頭に出てきた英海軍の軍歌「ハート オブ オーク」については下記の通りです。
小学生が短期間の練習で演奏できるかは、編曲でいかに簡単にするか次第です。
https://www.worldfolksong.com/songbook/england/heart-of-oak.html
※エルガーの威風堂々を元にした「希望と栄光の国」は以下の通り。
歩兵の軍歌ですがUKでは第二の国家並に愛されています。
私の母校(小学校)では卒業式に演奏されていたので、他でも出来なくはないと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=yVgCER654_0
※下津井城の建築については全く資料がありません。
作中の描写は完全にウソっちょです。多分岡山城と同じ作事が成されてたんじゃないかなーってダケで。
備前国の絵図に岡山城と同様に白亜の五重塔の様に描かれたハンコ絵はありますけどね。諸城諸国絵図も現在でも確認できる石垣の線しか書かれていません。
かの余湖さん様でも建築ありの想像図も描けなかった模様で…自分で描くしか…
ちょっとムリなので公園整備時に作成された縄張図を下記に掲載します。
http://skz-ym.sakura.ne.jp/sankaku/ntrsimotuisiroyamaf/img056.jpg
もし楽しんで頂けたら、また読者様ご自身の旅の思い出などお聞かせいただけたら今後の創作の参考とさせて頂きますのでお気軽に感想をお書き下さい。