128.ガイド赤穂城 アヤシイ天守
※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。
******
「でさ、司ン。伯爵様ご一行はどうだった?」
あ、何か差別的な事や人種的な事を心配されている?
心が痛むなあ。
「ちょっと反省しています。私達、神経質になり過ぎていたのではないかと」
「ほお?」
雅姐姐が不思議そうな顔をした。
時サンと4姉妹は、ちょっと笑った…というより、微笑んだ?
「確かにジェフ卿の物言いは喧嘩腰ですが。
気持ちが通じ合うと一転して、貴族でも海軍軍人でもない、まるで少年の様に笑って話して夢中になります」
「ほうほう」
「御友人のサム卿も後輩のジョン卿も、何と言うかジェフ卿と兄弟の様に意気投合している様に見えますし、メアリ夫人はマリア様の様に年上の男性陣を微笑ましく見ていました」
「ほんでほんで?」
雅姐姐が食いついてくる。顔が近いって。
「カルト関係で心配していたバージニア夫人も、意外と愛嬌があります。姫路城ではメアリ夫人とお姫様コスプレして楽しそうでしたよ?」
「なんと!あの日本嫌いと言われてるバ婆様が!」
「綺麗な方でした。沈んでいたり、嫌そうな表情で無ければ、美しい方でした。
どことなく親しみを感じる…と言ったらなんか情が移ったみたいですかね?」
ガシっ!と雅姐姐は私の両手を掴んだ。
「行け!司ン!会社の経営を守るため、上客の心を掴むんだァ!!」
「ドッゲー!ヤーティンー!!」
売られたー!チキショー!今夜はヤケ酒だあああっーー!!
そこ!時サン!何蹲って痙攣してんだアー!
******
結局今日も仕事なので、ヤケ酒まで行かなかった。
「司さんは、今とても大切な仕事をしています。
一人の人との友情は、一人だけのもので終わる物では決してないのです。
それが広がっていく夢を抱いて、目の前の人を大切にして下さいね」
寝入る私に、お延さんがマリア様の様に言ってくれた。あ、観音様か。
そのお蔭で、私はよく眠れた。
******
「それじゃ、行ってきまーす!」
と、バスコンを離れ次なる目的地、赤穂城…ではなく、タクシーで一旦赤穂ボートパークまで移動。
「…天守だなあ~」
そこには城地でもないのに、天守がドデーンと聳えていた。
白亜で窓の上下に長押を巡らせ、各層の軒の中央に切妻破風や唐破風を並べた、オシャレな天守…風建築が建っていた。
はい、これ城下の花岳寺に保存されていた、建築予定で結局幕府に遠慮して上げられなかった赤穂城天守の雛形を実物大にしたっぽい感じのモノですよね~。
いえ、こういう日本の城っぽいアヤシイ建物があるとは知っていましたが、ここまで「ホンモノだ!」といっても誰もが信じそうな逸品だとは思いませんでした。
しかもご丁寧に、最上層にはオリジナルには存在しなかった高欄と大窓が付けられ、灯台の機能まである!
「これフェイクですよー」って言ったら「ハッハッハー!本物以上だ!」とかジェフ卿言いそう。
あ、ホワイトキャッスル号が来た!
******
『ハッハッハー!本物以上だ!』一言一句違わずジェフ卿は言った。
『数百年の時を刻んだ本物も素晴らしいが、作られなかった本物を作ってしまう冒険心も讃えるべきだ!君はそう思わないかミスツカサン?!』
私は「ときおつかさン」が本名なのだろうか?
一行はアヤシイ天守に登り、今までず~っと見てきたであろう瀬戸内の景色を改めて眺める。
『陸から見る海はね、安心感が違うんだよ!』
それは、海に生きた人達だとそうだろうか。
例え隣の町に行くにも、もしかしたら沈んで死んでしまうかもしれない。
昔青函連絡船が嵐の中出航して転覆してしまう映画見たし。怖かったなあ。
『昔作られなかったものを、こんな嬉しい形で作ってしまう遊び心を持った日本人。
恐ろしい敵であり、楽しい友だよ!ハッハッハー!
素晴らしい所を見せて貰ったよミスツカサン!』
そうだった。ここを寄港地に提案したのは、最初こちらがチャーターした船が大きくてここから先へ進めなかったからだ。
でも自前の船(ホワイトキャッスル号)で、と待ち合わせ地点の変更を打診して来たジェフ卿も、このアヤシイ赤穂城天守は変更しなかった。
この人も、結構お茶目さんだなあ。
『よし!ここから赤穂城まで船で行くぞ!』
"What?!"英語が地で出た!
『ノルマンディーじゃない、赤穂城接収上陸作戦だ!』
******
『うひー!』
狭い加里屋川をボートがカっ飛ばす!
しかし速度が絶妙なのか、ご夫人たちを含め乗員に飛沫が架かる事は無い。
川沿いの人達は信号旗とユニオンジャックを立てて走る船を見て立ち止まり、携帯で写真や動画を撮っている。
『ヤッホー!』とご機嫌で手を振るジェフ卿に、手を振り返す人達。
『ウェルカムジャパン!ウェルカムアコウー!』
小学生だろうか、手を振って一行を歓迎する。ジェフ卿もそれに応えて手を振る。
いいなあ~。あ、私も手を振っちゃったよ、日本人なのに。
メアリ夫人も笑顔で手を振る。バージニア夫人は…笑顔ではないけど、何か落ち着いた表情だ。
何となく嫌な感じはしない。御主人のサム卿もゴキゲンだ。
******
二艘のボートは加里屋川から城の東側にある小さな船溜まり、「干潟」から三之丸大手門へ。
そして、忠臣蔵のお祭りの出発地である大手門脇で陸へ上がった。
『赤穂城は、大坂の乱が終わった17世紀半ば、平和な時代に築かれた城です。
徳川政権が、部下の浅野家に命じて、姫路城、赤穂城、尼崎城と並んで主要幹線の山陽道を守るために築かせた城です。
当時南は海でしたので、南は小型船が出入りする港が作られ、他の三方に星形要塞に似た十字砲火を浴びせる防塁を築きました』
星形要塞、という言葉に、微妙にジェフ卿が反応した?かに見えた。
大手門を潜ると、武家屋敷の中に神社が。大石神社だ。
『その後、平和な江戸時代、元禄という元号の時に、城主浅野長矩が江戸で儀式の監督を行う時、アドバイザーの吉良義央から激しいハラスメントを受け、吉良を殺害未遂にするという事件が起きました。
ハラスメントした吉良は無罪、将軍の城で暴行を行った浅野はセップク、城は幕府が占領し赤穂の家臣は解雇されました。
これに激怒した家臣は吉良の追跡から目を逸らしつつ集結し、雪の降る日に吉良の邸宅を襲撃し、敵を斬首しました。
襲撃した47人の内赤穂へ報告に言った1人を除く全員がセップクとなりましたが、屈辱に耐え、将軍に逆らってでも忠誠心を貫いた47人は書籍や演劇で賞賛されました。
今でも日本の多くの人達は彼らの忠誠心を讃えています』
******
私達は三之丸から二之丸へ、そして本丸へ向かった。
二之丸塁上に、二層櫓が随所を守っている。
『解らないなあ。何故アサノは訴えなかったのか?』
サム卿が質問する。
『幕府では上司を訴える事は出来ず、耐えるか殺害するしかなかったのです』
『それは無法だなあ。その訴えが行われ、アドバイザーが交替すれば事件は無かったのでは?』
『これには諸説あります。
赤穂は塩を豊富に産出します。
この塩を幕府が接収するため、吉良を通じて浅野を破滅させた、という説です』
『成程、解りやすいね。しかし47人で老人一人を殺害というのも残酷ではないかな?』
『もし幕府が解散させられた家臣をケアしていればこの事件は起きませんでした。
しかし幕府は最初から事件まで吉良を優遇していました。
襲撃を指導した大石内蔵助は、幕府や吉良の警戒から逃げながら、反撃を準備したのです。
そこには吉良への憎悪だけでなく、幕府への抗議の意味もあったのです』
『難しい話だね』サム卿は考え込んだ。
******
本丸門の食い違い桝形を抜け、本丸御殿へ。
本丸は最重要拠点なのに、本丸門とその東の二層櫓以外に、櫓もなければ天守も無い。
庭園とその先の、天守の無い天守台を眺めてお茶を頂きつつ、私はサム卿やメアリ夫人の質問に答えた。
『幕府も事件の処理を上手く利用しました。
当時は戦乱の世界から平和の世界に変化する時代でした。
社会には戦いで殺人する事が名誉と思う戦士が平和を不満に思っていました。
46人を罪人に対するウチクビではなく、武士の引責としてのセップクにしたのは、幕府の措置に反抗した事への厳罰と、逆に戦いで主君への忠誠を見せた事を讃えるという二面性のある判決だったのです』
『単純に野蛮、って話じゃないなあ!』
『幕府は吉良に偏った浅野裁きの欠陥を知っていました。バランスを保ち、幕府への不満を46人への賞賛へと誘導するために、セップクという名誉ある処刑を行ったのです』
『残った一人は?』サンドラさんが聞く。
『赤穂に事件を詳しく伝え、江戸に戻って幕府に自首し、セップクしたいと訴えました』
『逃げればいいのにー!』
まあ現代人からすればサンドラさんの言う通りだよね。
『仲間と一緒に死にたかったのです。
事件が落ち着いたので幕府は彼を讃え許し、更に幕府への批判を避けたのです』
『単に野蛮っていうだけじゃないわね。結局幕府は塩を手に入れ、内乱を世情不安の鎮静化に利用した。凄い政治家がいたのね』
何故だろう。いつも温和なメアリ夫人が冷徹な顔をする。
******
一行は城の南側に向かい、今度は本丸南の水手門からボートに乗る。
かつてはここも海だった。
『次は岡山だ!待っていてくれ、ミスツカサン!』
『ツカサ~ン!マタネー!』
ジェフ卿とサンドラさんが手を振り、ジェフ卿はエンジンを操る。
『オリエンタルビューティーツカサー!シーユー!』
あー、インフル君もカメラを向けつつ手を振る。いたっけ彼。
******
※赤穂浪士でお馴染みの赤穂城。復元模型は下記の通りです。
南の瀬戸内海から来たを眺める格好で、画面右上が三之丸大手です。
本丸、御殿と門、二層櫓1基のみ。
https://livedoor.blogimg.jp/hama5534/imgs/b/5/b5653a48.jpg
※劇中登場のアヤシイ天守は架空の産物です。
というか、花岳寺所蔵の五重天守雛形ですが、ネット上で写真を見かけません。
かつて日本の城を説明した新書で写真を見て、小学生の頃模写したのを憶えているのですがそれ以来写真みてないなあ。
故郷の図書館にまだその本あるかな?他にも二条城天守模型とか復元図版が多くて子供心に楽しい一冊でした。
※なお実際の加里屋川、途中に段差があって、城まで海からは入れません。
この世界ではまだ市内に船が入れるのでしょう。
今でも城の西側にはボートパークがあるのですが、50mのメガヨットは無理です。
※この赤穂城アヤシイ天守は架空のものですが、現実に今は無き天守を惜しんで建てられた物、個人や企業が勝手に城…というより天守っぽい建物を建てたり、果ては料亭、菓子屋、ラブホテルに至るまで、城っぽい、中にはとても城とは呼べないアヤシイ建物は全国津々浦々別寒湖に存在します。
下記は、そんなあやしい城を精力的に集めまくったり情報収集しまくったD-one様のサイトです。もしかしたら読者の皆様が過去どこかで「何じゃありゃ」と思ったあやしい城と再会できるかも知れません。
でもこれも日本人の城(というか天守)愛の記録なんじゃないのかな、と思ったりして。
http://www.interq.or.jp/leo/d-one/jc020.html
※今ではすっかりゴジラで有名な作曲家、伊福部昭先生。
かつて東宝創立30周年記念作品「忠臣蔵」で哀調を帯びた浅野内匠頭辞世の句を混声合唱でタイトル曲にし、一力茶屋の芸者歌や激しいアレグロを作曲しましたが、本作の思い出で「東宝が欧米にセールスした際『吉良が正しくて浅野や大石は間違っている』と指摘された」と驚き、価値観の違いを痛感したと懐述していました。
もし楽しんで頂けたら、また読者様ご自身の旅の思い出などお聞かせいただけたら今後の創作の参考とさせて頂きますのでお気軽に感想をお書き下さい。