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120.ガイド姫路城 アンシンメトリー

※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。


******


 道中、何だかマイナー調の歌が増える。

 画面を見ると、何だかお別れの歌とかそんな感じ。

「次で終わりだろ?みんな淋しいんだよ」

「そんな。私数日間ご案内させて貰っただけだよ?」

「年取るとさ、色々人との出会いが減るんだって。

 そのくせ別ればっかり増えてね」


 60も過ぎると、お世話になった人なんか先に行ってしまうよね。

 それは私達には解らない寂しさなのかも。


「親類が結婚したり子供が出来たりするとそりゃもう大喜びでさ。

 持姐姐なんか『生きてた甲斐があったよ!』とか大げさにね。

 そん位司ンは気に入られちゃったって訳だぞ」

「一体何故…」


 訳が分からない。

 私は付かず離れず、お客さんとして皆さんに情報を提供し、楽しんで頂くコースを考えただけなんだけど。


「雅姐が持姐姐に色々吹き込んだみたいだよ。

 今回のコースを色々考えてくれる面白い奴がいるってね。

 企画書とか送ったりしてね」


 ヤーティンさんかー!

 まさか私をスケープゴートにして自分がまきこまれない様にしようと企ん、とか?

「司ンの頑張りが羨ましかったんじゃないかな?」

「羨ましい?」

「叔母さん達にしてみりゃ、もし国が安定した上で日本留学を楽しめてたら、司ンみたいな学生生活や就職活動を楽しめたんじゃないか、とかね」


 なんか増姐姐が体振るわせて熱唱してる。

 毘姐姐がシャンパーニュ煽ってゲラゲラ笑ってる。

 広姐姐は向こう向いたままだけど…きっとコッチに聞き耳立ててるなありゃ。

 イマイチ存在感薄いダンナ組は母国語で色々話しながらワインをチビチビ飲んでる。

 ちびっ子は…ロシアの交通事故動画に嵌ってる。

 止めなさいってロシアの事故はおそロシア!


 美形姉弟は、タブレット操って和風公園建設の計画を語り合ってる。

 私が話したミニマム案から最大規模の案まで、見積とか作ってるし。

 そんな一行を一番後ろのリムジンシートから満足気に眺めている持姐姐。


 私とスーの視線に気づくとフルートグラスを掲げて来る。

 思わず私達も答える。自然と笑顔になる。


「私なんかがそうなんだから、もっと多くの若い人と出会って育てて来たんじゃないかな皆さん?」

「色んな人がいるって親から聞いたよ。中には人どころじゃなくてな」

「あ…皆迄言うなスー」

 武器密輸、人の密航…

 東南アジア各国が第二次大戦の後ヨーロッパから独立した。

 その時多くの独立指導者が日本に逃げ、日本で学んだ。

 また影響力を広げようとした外道な共産主義者と戦う武器を、どこかから調達した。


「国かぁ…」

「まあね」

「私トンでもない人達を相手にしてたんだなあ~」

「そういう気負いが無い方がいいんじゃね?」

「そうだね。

 暴れん坊な毘姐姐、お色気ムンムンな増姐姐、美術に目利きの広姐姐、大親分の持姐姐。

 素敵なお姉様達と旅が出来た事を大事な思い出にして就活頑張るよ」

「そうそう。それが司ンのいいとこだ」

「スーも就活頑張らないとね」

「ぐぬぬ…」

 ガンバレ。


「でも少子化日本の将来はもうちょっと真面目に考えなきゃいけないかも知れないぞ?

 私が言えた義理じゃないけどね」

「そうだよねー。こんな大人数で親類旅行って、ちょっと私達には無いなあ。

 私の叔父叔母従弟合わせてもこんなならないし」

「ちなみに徐一族の姉妹は全部で12人だぞ」


 その衝撃の発言の後に、私は一瞬意識が飛んだ。


******


 最早説明するまでも無い、西国の抑えにして大坂包囲網最大の要衝、そして世界文化遺産。

 ガイジンサンダーイスキな日本の城No1が姫路城。

 江戸城、大坂城、名古屋城を超えてNo1だ。江戸城なんて東京の玄関口にあるのにね。

 その所為かな?エドジョー見るとビジネスをリメンバーしてノーサンキューよ!とか。


 とは言え、なんだかんだ姫路城の三之丸メインストリートから見上げる天守群には華がある。

 って、私は初めてなんだけどね。

 しかし空間演出として安土城や大坂城より小規模な分、天守が迫って来る様な迫力がある。


「姫路城の特色は、全ての建物がアンシンメトリーで、相互に美観を補い合っている点が上げられます」

 三之丸入口の桜門はじめ内堀を守る三層櫓群もまた変化のあるデザインだった。


「当初天守のために用意した二本の心柱、その一つは継ぎ合わせた柱でした。

 その所為か、天守は微妙に傾いてしまいました。

 作事奉行はその傾きを妻に指摘されたため自害しました。

 しかし昭和の修理の際、天守に引き上げる途中の心柱が転落して折れ、止む無く継ぎ柱にして完成しました。

 後に解った事ですが、天守の構造上柱は二層と三層の間で継ぎ合わせしないと完成しない造りになっていたそうです」

「「「ほえ~」」」「初めて聞いたよ」


「これは他にも異なる俗説があって、棟梁桜井源兵衛が最上層からノミを加えて身投げしたという説、地盤沈下で傾いた説、妻が後を追った説、沈下した大きさが42.42センチだったなんかもあります。

 最後のは尺寸法を無視した眉唾な話ですね」

「おもしろいねー」


「ただ17世紀に入って完成の域に達した天守建築の少し前に、東大寺大仏殿と同じ大きさの天守を上げる苦労を伝えた俗説として、興味が湧く話です」

「確かにこの天守は天守台も凄く歪だし、この姿にまとめ上げたのは気合と熱意が感じられるねえ。

 今まで何となく見てただけだけど、やっぱ司ンの解説は面白いねー」

「ありがとうございます!」


 実は宮本武蔵のお化け退治とどっちがいいかなー、とか思ったけどストレートに城そのものの話にしたのがウケた。


******


 一行は苦心して天守に…は行かず、三之丸御向屋敷、池に臨んだ広間でお茶を頂いていた。

「この御殿に来た事もなかったからね。いい景色だねえ」

 いえ、名古屋城にも広大な庭園あったんですけど素通りだったじゃん?!


 そして撤去解体された三之丸御殿、「本城」跡。

 例によってロマンチックな偽洋風な市庁舎が建っている、これもまた観光の要だ。


 城の裾野を彩る桜の広場。

 満開の桜が天守群を背景に、春風を受けて花びらを舞わせる。

 その絶景に溜息をもらす一行。


 やっぱり綺麗だなあ。


 その御殿跡に色々立つ売店では「キモノコスプレ」なんて店が。

 何も言わずに光の速さで歩いて店に入る叔母さん達!


「うわ…」


 姫がいる。60過ぎだけど姫がいる。傘もってたりするよ。

「キャナイテイカピクチャワン?」

 欧米か?なガイジンさん達が声をかけて叔母さん達を撮影する。ゴキゲンな叔母さん達。

「サンキュー、サンキュー!」と笑顔を交わし去っていくガイジンさん。


 そっから何だかガイジンさん達が集まって撮影会みたくなってしまった。

 この4姉妹、若い頃はホントに多くの男達相手にブイブイ言わせてたんだろうなー。

「言わせてたよー」

「うわスー!」

「そりゃ数多の男達を手の平でコロコロ」

 半分悟りを開いた様な目でスーが言う。


『ハオ!あんたも来な!司ンも!』

「「げー!!」」

 捕まった、店に入った!


 で、出たらまた撮影会状態!私達今すぐ普通の女の子に戻ります!


「ツカサー!」

 との声に振り向けば…

 グラシアー!!

「司ンー!スー!」「あらあら」

 ランとミキも!あと和服が自然過ぎて気付かんかったお延さん達!


 あ…お延さんと叔母さん達と目が合った。

 持姐姐を筆頭に、凄く綺麗にお辞儀した!いつもの笑顔で返すお延さん!

 やっぱ…あの人達只者じゃねー!


 そっから何だかアイドル撮影会みたくなってしまった。

 ま、変なサイトに使われない様お願いしたからいいや。

 もしそうなったらあの叔母さん達を敵に回す事になるからねえ。

 撮影した人達も旅の美しい思い出程度に眺めて下さいねー。

 くれぐれもネットにUPしたり悪用したりしないでねー。


******


※多くの遺構が残ると思われている姫路城ですが、居住空間が悉く壊滅しています。

その辺、というか三之丸を含めて再現した図は下記の通りです。

 今では南側の建築物が綺麗に消えています。

https://protect-himejicastle.com/cyokanzu/


※本来姫路城は明治に天守以下も解体される予定でしたが、日本の城の大恩人、中村重遠陸軍大佐の進言で名古屋城とともに解体を免れました。

 他には彦根城、弘前城を救った大隈重信、松本城を救った市川量造も偉大な人でした。

「救えなかったよ…」ってどっかの打ち切りロボットアニメみたいな大洲藩、明石藩、会津藩の藩士達の努力と無念もまた記憶しておきたいところです。それだけ木造の大規模建築は維持費がかかるのです。


※桜井源兵衛の伝説はネットで調べただけではよく解らず、心柱の話とは別の話だったかな?とも思いましたが、その話を読んだ当時の記憶を元にして書きました。

 これ間違っていたらどうしよ。すぐにシレっと訂正しなきゃ。

 なお、桜井源兵衛は現在の姫路城ではなく、秀吉の姫路城の棟梁だったという説もあり、色々な俗説が伝説になったのが実像なんじゃないかなあと思っています。


※上記の伝説と関係あるか解りませんが。

 江戸期を通じて姫路城天守は厖大な修理費を必死に捻出されて維持され、明治の廃城も幸運にも避け、第二次大戦ではアメリカ軍の焼夷弾が命中しながらも不発で生き延び、昭和では落雷があっても何故か火災にならず、「幸運」の二文字では言い表せない奇跡的な「強運」によって、今尚威容を世界に示しています。

 幕末再築のものを除けば戦国期から生き残っている天守には、どれも「運」というものがあるのでしょうか。

 もし楽しんで頂けたら、また読者様ご自身の旅の思い出などお聞かせいただけたら今後の創作の参考とさせて頂きますのでお気軽に感想をお書き下さい。

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