118.ガイド篠山城 田舎の地味な、堅固な城
※本作は空想の歴史を書いたものなので、史実や実在の自称・人物・史跡とは全く色々微妙に異なりますのでゴメンナサイ。
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「田舎だねえ」
近代化から取り残された、江戸の町そのまま、プラスアルファちょっと明治な街。
そんな篠山。その真ん中に篠山城がある。
正方形を二つ重ねた様な縄張の東と南北に長方形の馬出がある。
その北の馬出が大手だ。
ゴージャスリムジンが大手馬出脇の駐車場に停まる。
「田舎だねえ」
「ああ、田舎だ」
篠山市。舞鶴若狭道や国鉄の駅は城のすぐ西に迫っているけど、そのすぐ廻りは田んぼだ。
そして駅や国道沿いの家や店は、江戸時代か明治の洋風建築で時間が泊った様な、そんな町だ。
これ、好きな人はたまらんだろうなあ。
行きかう人にもガイジンさんが多い。背中に大きな荷物背負っている。
バックパッカーって奴だな?
私、豪華富豪旅行よりこっちの方が気楽でいいかも。
いや、収入は見込めないし時間も不確定、年金生活になって頼れるダンナにボディーガードを頼んでからボランティア、って感じかな?
タダ働きとか性犯罪とか洒落にならないしね。
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馬出の高麗門を入ると…
この馬出、東西に門が開かれている。
その中央の先は、外堀を城内に渡る太鼓橋、そして櫓門の三之丸大手。
両側が石垣と壁で囲まれたその先に。
知っていたけど改めてみると何だこりゃって言いたくなる、渡り廊下の先に多門櫓とその上に二層目が乗っかる廊下門、その後ろには二之丸のやたら高い石垣の上に多門櫓、その両端は二層櫓になっている。
多門櫓に囲まれた、二重の桝形という凶器、もとい狂気のキリングマシーン!
それを過ぎると、巨大な御殿の入母屋!
だが…
「こんだけキビシイ門を構えて天守がないねえ」
「ここも藤堂高虎かい?」
「…正~解で~す」
「何つーかさ、敵の秀頼にしてみりゃさ、舐められてる感じだよね。
なんたらも豊臣の部下だったんだろ?
そいつが
『もうテメェら大坂なんざ気にしちゃいねえ、実戦的に立派な城築いて、城の××な天守を××して徳川様サマの世の中に媚び諂ってやるぜ』、
って宣言してるみたいじゃん。
まったく、去勢された城みたいだぜ」
毘姐姐、築城の名手をなんたら呼ばわりとか…
「あ~全くその通りでー、だから戦国を生き延びられたのでーす」
「カーッ!厳しいねえ!」
「え~では気を取り直して。
京、大坂と山陰諸国を結ぶ山陰道の要点であるこの篠山にこの城が築かれたのは17世紀冒頭、大坂の豊臣秀頼に対して西国との連携を断つためでした。
縄張、城の設計を藤堂高虎が、普請奉行を姫路城で有名な池田輝政が行いました。
名古屋城等徳川家独特の正方形の曲輪の組み合わせで守りに有利な城が短期間で出来ました。
しかし徳川家康の意図を超えた…高虎が頑張り過ぎちゃったんでしょうね。重装過ぎる出来に家康が『天守まで上げるな』っていったかどうだか知りませんが工事はストップ。
家康らしいって言えば家康らしいですが、その後200年の江戸時代をこの長閑な地を治めるにしては殺意マシマシな城が出来上がったのです」
とはいえ、本質を突かれると、二条城を模したと言われる大書院の広大さも、二之丸西面の三層櫓、その両側は多門櫓で二層櫓に連結されたそこそこ壮大な構造物も、なんだか申し訳程度にしか見えない。
そして本丸。
もう放棄された空間に等しい。
東南隅に放置された天守台の空間にポツンと建つ小さな平櫓が、この強固な城の虚しさを語っている。
去勢された城か。何か、空虚な風を感じる。
「もしかしたら藤堂高虎って、戦いの虚しさを城で語る詩人だったのか?」
広姐姐が言う。
「それはありません。出世欲バリバリ、野心マシマシの戦国武将です」
「それでこことか他の、あの不完全な廃墟かあ…」
廃墟。伊賀上野城だよね。
う~ん。
城って、今では戦争に使われないけど、国宝や文化施設、世界遺産として生きている物だよね。
それを廃墟というのは、やはりかの伊賀上野城では戦争も藩政も行われていないからだろうか?待て待て、支城として地方の統治はやってたよ?
いや、城に期待される、戦国のシンボルとしての天守を持っていないからこその蔑称だろうか?
…うん。全国でもまれにみる、未完成で放置された伊賀上野城は別格だな。以上。
「ここも迎賓館になってるのかい?」
「はい。只、京へのアクセスの悪さ、天守等の荘厳な建築が無い事から何となく『ハズレ』扱いされているのが実情です。
どちらかというと現代建築が無い城下町の景観が愛されていて、築400年の民家に泊まるリーズナブルなツアーの方が人気です」
「城と町の立場が逆転しちゃってるねえ」
「平和が長く続いた江戸時代ですから、そんな現象もあり得るでしょう」
「それが一番いい事なんだろうけどね」持姐姐が、軽く言い捨てた。
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二之丸南面にある二層の櫓門、これまた厳重な埋門から二之丸を出て三之丸をグルっと回る。
埋門も低い石垣と白壁で馬出が構築され、その先にも馬出がある。実に厳重な造りだ。
そして本丸、二之丸の高石垣も凄い。
「本丸、二之丸の非常に高い石垣ですが、この重さを支えるため、藤堂高虎は石垣の基礎になる、堀の内側に『犬走』という土台を築いています。
弱い地盤の上に立つ石垣の重さを支えるこの『犬走』は今治城や津城でも見られる、藤堂高虎の築城技術の粋でもあります。
高虎が築城の名手と言われるのは、この土木技術の高さと、防御に攻撃にと使いやすい城の縄張の技を評価されての事なのです」
「え~?天守建てろよ~」
「さっきの亀山城よかったのにぃ~」
すべての塁上に多門櫓が、その三隅には二層櫓が上げられ、相当に厳重な構えなんだが…
東南隅の、巨大な天守台の上だけ小っちゃい平櫓。
やっぱりちょっと異常な作為を感じるよねー。
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そして城下町でぼたん鍋、猪のジビエ料理を頂く。
料亭も武家屋敷を改造した、趣のある古建築だ。
「肉が引き締まってんなあ!」
「味が染みてるわあ!」
『これ何の肉?』『猪だよ』
「グヒグヒ~」「グヒ~」
「日本だと豚の泣き声はブーブーって言うんですよ」
「「ブーブー!」」ちびっ子カワイイ。
ぼたん鍋はお子様にも好評だ。
もう桜の季節、猟は終わる。季節の最後の食を楽しんで頂けた。
最後にぐるっと三之丸をゴージャスリムジンバスで回って、三之丸に一つ、二之丸に一つある三層櫓を拝んで、後三之丸のところどころ三角形に出っ張ってる白壁を眺めて丹波篠山を後にした。
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※丹波の山間にある小京都、篠山の城の再現CGは下記サイトで。
https://www.city.tambasasayama.lg.jp/photo_history/2/12316.html
※例によって国鉄の駅の場所は、現実では城からちょっと離れています。
※明治まで残っていた篠山城の櫓等の建築物、かつて「古写真を模写した絵」というのを見た以外、絵図や立地割等を見た事がありません。
せめて二之丸の長大な多門櫓に両端の二層櫓、真ん中の三層櫓とか復元されれば「城ー!」って感じマシマシになるのですが。
※劇中登場する南北の馬出から二之丸に至るまでの道、この辺が殺意マシマシなんですけど今は更地になっています。また北の大手馬出も消えています。
このあたりも篠山城の惜しい点ですね。
もし楽しんで頂けたら、また読者様ご自身の旅の思い出などお聞かせいただけたら今後の創作の参考とさせて頂きますのでお気軽に感想をお書き下さい。