100.ガイド名古屋城1 包囲網の第一手
この時間、そしてこの季節。平日とはいえ高速は中々混むみたい。
地下鉄を乗り換えても充分間に合う。集合場所は二之丸大手内駐車場、地下鉄市役所前駅から東鉄門を入って二之丸御殿前を突っ切ればすぐ…数百mだ。
げ!もう黒川インター降りてんじゃん!何故?
お、丁度大名列車という名のロードトレインが来た!これで二之丸御殿の儀式用正門、孔雀御門まで。そっから走って戻ろう!
ゼェ、ゼェ。よし、汗OK!お化粧OK!髪型OK!呼吸を整えて。
桜の季節、もう汗ばむ事すらある様になったなあ。あ、大手門をバスが入って来た。
『お疲れ様でした!ようこそ名古屋城二之丸御殿へ!』
今度は何とか英語でお話する。
「おー!流石ニンジャ姐司ン!」と驚く花持さん。日本語だし。
いや驚いたのはこっちですって。何で渋滞の高速をこんな短時間で?
「切り札使って驚かせてやろうって思ったのに!」
何かスーだったらしき物体がヘロヘロと降りてきた。
「この人達パトカーに先導させやがったんだよぉ~」げ。
「嫌ねえハオちゃん、ココの港に色々航路をご紹介したり、ココの県とは持ちつ持たれつな関係なだけよぉ」
「それでも、ニンジャに勝てなかったネー」
「ツカサ…ン?ナイススピード。寄り道しなかったのが勝機ネ」
「畜生!一敗カー!」
何だ?
「皆司ンが先かバスが先かで懸けてたんだよぉ。んで広姐姐が県警の頭に話つけて」
この時、またしてもヤーティンさんの『ヤバい話は受け流す!聞かなかった事にする!』という鬼の形相が脳裏に浮かんだ!
『では特別に移動用のロードトレインを抑えてありますのでどうぞ』
「ワー!!」チビッ娘2人が走る。冴えない老人が二人を追う。微笑ましいなあ~。
『流石日本、桜が綺麗だけど城を再現するには予算掛かり過ぎネー』
『桜パーク計画はこんな広い場所確保できないよ姐さん』
『このまんまコピー、じゃ芸がないでしょ。
コンパクトに濃縮して綺麗に纏めましょ?
金と土地に物言われるだけじゃ能がないじゃない?』
『今回の旅行で計画に合った青写真を描かないと計画が間に合わないな』
イケメン男女が桜にウットリしながら母国語で話し合ってる。絵になるなあ。
何話してるのかはサッパリだけど。
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駐車場からちょっと離れ、二之丸御殿で藩主のみが儀式の時だけ通れた孔雀御門。
一同はそこで下車。職員が開門させ、敷居にカバーを掛ける。
ここって非公開だけど今回会社が手を回した。
「お~お~!ココには何回か来たけどこの門通るの初めてよ!皆行くよ!」
何か軍団の凱旋かって勢いで一同は御殿の大広間へ。
『17世紀の頭、日本の政治を徳川武家政権へ移行させようとする徳川家康、豊臣秀松ら主流派と、あくまで豊臣政権の維持に拘り、日本支配を企むポルトガル・スペインと結託して反撃を試みた淀君、豊臣秀頼、石田三成ら反主流派の対立が激化した時代でした。
ここ名古屋城は、主流派が淀君・秀頼親子の大坂城を包囲する戦略拠点として全国の大名に築かせた城です』
「中々変わったガイドね。」
さっき「寄り道してたら遅れてた」と言わんばかりだった目の細い美熟女さんが言い出した。
「広姐姐ー!負けんなよー!」4人の中でアスリートみたいなコワい人が応援してるし。
「フツー何年に誰が築いてー、って言わない?あ、日本語でいいよ」
「失礼しました。先ず何でここにこんな城が出来たか、を簡単に理解頂こうと思いました」
「ふんふん。」
「では。今回のツアーはここから大坂を中心に、グルーっと大坂を囲う様に築かれたお城を紹介しますので、最初にこういうお話をさせて頂いたのです」
「…」細目の人は考え込んで言った。
「面白いネ」何かニヤって笑った様に見えたけど。
「続けて」
「ここ名古屋城は表向きは家康の九男五郎太丸、後の徳川御三家の一つ尾張藩主義直のための城、つまり赤子に与える城と宣伝され、これに従うか反目するかの篩いに使われました。
しかし日本の行く末を読んでいた大名は見事に応えてこの巨大な名古屋城を完成させ、後の大阪の乱の鎮圧にも活躍したのでした」
「どこの世の中も生きるのに必死ねぇ」
「その必死さのお蔭でこの名古屋城は巨大な天守に実戦的な縄張、強固な石垣と本丸、この二之丸の壮大な御殿を今尚残す文化遺産として生き残る事ができているのです」
後ろの方では、何とか人間に戻った壊れかけのスーが翻訳して他の親族に通訳してくれていた。
「おー。綺麗に纏めた纏めた」パチパチパチ、と拍手する細目の美熟女様。
嬉しい様な、何かお情けを掛けて貰った様な。
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ロードトレイン大名列車がシュッポッポと二之丸から本丸へ。
「本丸の目の前に巨大な『馬出し』と呼ばれる区画が設けられ、ここで本丸へ殺到する敵を撃退出来る様に工夫されています」
本丸前馬出の長大な多門櫓、そして本丸辰巳櫓に大名列車は向かう。
『バぁバぁ!桜きれいー!』
小さい女の子が本丸周辺の桜を眺めて大喜び。
うんうん、これこそ正しい家族旅行の姿だねえ。
『ウチにも植えようよー!』『ここの桜抜いていこうよー!』
『持姐姐ん家のガキは業突く張りさも姐姐譲りだねー!』
『『『ガッハッハー!』』』
微笑ましいね、何て言ってんのか解んないけど。
『あの御殿みたいなの建てただけで予算オーバーだねー』
『コンクリでいいのよ』
『耐用年数60年位?』
『それだけ続けばどっかで木造化して二度話題攫えるわね』
美男美女も相変わらず絵になるなあ~。
「アンタ…いやいいか。言葉ワカランってのも心の安定に必要よね」
何言ってだスー?
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大名列車は本丸正門、一ノ門桝形を潜る。左右に辰巳、未申の二層三階櫓、それに連なる白亜で長大な多門櫓の、無数の窓に睨まれて。
そして櫓門の先には…
先ほどの二之丸御殿より更に格式の高い本丸御殿。
『こちらが将軍家上洛の時専用に使われた、本丸御殿です』
「あー司ン!私ら日本語でいーからサ!」
何かあのアスリートみたいなデカい人からも日本語でって言われた!
「この御殿は17世紀の御殿の技術を現在に伝える貴重な物です。
織田信長の安土城と二条新御殿(御新造の事)、豊臣秀吉の大坂城、聚楽第、伏見城と進化した武士の居館の完成したスタイルです。
城郭御殿の最終形、江戸城、大坂城、二条城と並ぶ、徳川敷御殿の頂点です」
「アタシにゃ伏見城の方がいいけどねー!」デカ叔母さんが叫ぶ。
「日本の城が一番豪華だった時代ですね」
「やっぱそーだろ!金でカラフルでゴージャスでさ!ガッハッハ!」
年は行かれているんだろうけど、豪快な笑顔はナイスガイ!って感じだ、このパワフルな叔母さん。
ただ、周りの人はビビッてる。
そーなんだよね、人によって完成系の徳川が良いって人もいるし、ド派手な秀吉の方が良いって人もいる。
あの鄙びた岩槻城なんて歌会なんかにも愛用されてるとか。
人には美とはそれぞれなんだな、うん。
「でもコレは如何なものか?」
うわ!また目の細い鋭い叔母さんが!
「この、レプリカの障壁画ですか?」
「本物を展示しないのはどうかしら」
「今日本の城では全国に御殿や障壁画が残されていますが、現地にあるのは全てが複製品です」
「大国の文化財、こんな見せ方でいいもんかしら?」
よくある答えに困る質問なんだけど、私はそれでいいと思ってる。
「はい。実は16世紀以降、多くの御殿で火災が発生しました。
雨天井、今で言うスプリンクラーで建物は守られましたが、多くの障壁画や彫刻は汚水で汚れ、一部は修復されましたが惜しくも捨てられた絵も多くありました」
「ふんふん」
「また広姐姐のツッコミかい!」
大きな叔母さんはドスドスと奥へ行ってしまった。
「そこでいつしか一流絵師の作品を元に、若く優れた絵師がそれを倣って描き、前者を厳重に保管し、後者を城に飾る様になったのです」
「ん。んん~?うん」
広姐姐と呼ばれた細目さんが考えながら周りを見渡す。
「そして若い絵師が成長すると、今度は彼が元絵を、彼の弟子が模写を描く様になりました。
この制度で絵師の技が継承される様になったのです」
あ、広姐姐、考え中。
「私はね、この花を乗っけた車の絵がいいと思うな。司ンはどう?」
「美大の学生さんの模写ですね。ん~。
お花畑が向こうからやって来てくれるみたいで贅沢な気分ですね!」
「向こうから…アッハハハー!面白い子だねー!」
「あ、上の欄間の色合いも周り全部花で包まれていい感じです!」
「でもニセモノだよ?」
「華やかだったらOKです、私目が肥えていませんので」
「ヒィーっ!司ン!」あれ?何かスーがこの世の終わりみたいな顔してる?
「正直だ!アンタ馬鹿正直だね!ハッハ。この絵、あんまし上手くないよ!」
「そうですか、残念」
「でもお花畑がやって来るって言い方は面白いね!気に言ったよ!
アチラの偉そうなクセに何もしちゃくれない成人君主のジャガイモ頭なんかよか余程いいさ!
アンタいい子だ!面白いよ!」
「ありがとうございます!」成人君主がジャガイモって…帝鑑図って有難い絵だけど。苦手なんだろうなあ、偉そうな人達が。
上洛殿上段の間では、上段に登ったさっきのデカイ叔母さんが警備さんと何か話してガッハッハと笑っていた。
暴れるそぶりも無いので気にしない。
スーは元気に白目で泡噴いていた。
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※現実の名古屋城は明治の廃城で全面的な破壊は免れましたが本丸以外は破壊され、その後の濃尾地震で本丸塁上の多門櫓も未申櫓も崩壊し、石垣と未申櫓は復元されましたが多門櫓は失われました。
そしてアメリカ軍の無差別爆撃で天守、御殿も失いました。
明治以前は本丸手前の馬出も長大な多門櫓で囲われていた様ですね。
※障壁画云々はこの世界のお話です。しかし実際は空襲の前に外されて保管された障壁画が現存し重文に指定されており、こういう方法もアリかな?って思いました。
もし楽しんで頂けたら、また読者様ご自身の旅の思い出などお聞かせいただけたら今後の創作の参考とさせて頂きますのでお気軽に感想をお書き下さい。