3.(私が、アルベールを真人間にしてみせる!)
毎日投稿します。
(アルベールと恋人になってしまった???)
気がつけばこの状況に陥っていた。お互いの気持ちを確認することも、どちらかがどちらかに申し出ることもなく。なぜか二人は『恋人』という関係に収まってしまっていた。それは決してアルベールの中だけの話ではなく、周りにいる生徒の認識としてもそうだった。
毎日のようにレイラの元に訪れるアルベール。他の人には向けない笑顔を彼女に向け、普段は二語以上出てこない唇で滑らかに、そして楽しそうにレイラと会話をする彼は、やっぱり他の生徒にも異様に映ったらしい。そこから二人の関係が恋人同士なんじゃないのかという噂が流れるまで半日とかからなかったし、一週間も経つ頃には学園全体の共通認識として、二人は恋人だということが広く知れ渡っていた。
ただ一人、当事者のレイラだけが、この状況についていけていなかったのだが。
二人が恋人関係(?)になって数日。
昼休憩に行われるそのやり取りは、もはや習慣のようになっていた。
「レイラ、大丈夫? 美味しい?」
「美味しいです……?」
場所は校舎裏のベンチ。レイラはアルベールの膝の上に座っていた。彼の手にはサンドイッチが握られており、それが一定の間隔でレイラの口に運ばれている。レイラはそれを口で受け取り、咀嚼し、飲み込んでから、心底意味が分からないというような顔を浮かべる。頭の上には疑問符が浮かび、背景には宇宙が広がっていた。
(なにこれ?)
まるで鳥の雛が親鳥からご飯を食べさせてもらっているような状況である。
最初の頃は抵抗をしたような気がしないでもないのだが、あれよあれよという間に丸め込まれ、気がつけばこんな状況に収まってしまっていた。
レイラの『美味しい』がよほど嬉しかったのだろう、アルベールの顔は花のように綻んだ。
「よかった。今朝早く起きて作ってきた甲斐があるよ」
「て、手作り!? もしかしてこれ、手作りなんですか!?」
「そうだよ。というか今更? 今までもずっとそうだったけど、気が付いてなかった?」
気が付いてなかったというよりは考えていなかったというほうが正しい。なぜなら彼は一国の王子様なのだ。比喩ではなく、本当に一つの国の王族。そんな彼が自分で料理をするだなんて思わなかったのだ。
「私はてっきり、食堂の人に頼んで作ってもらってるのとばかり……」
「気にしなくても良いよ。手作りと言っても簡単なものだから」
「でもそんな! 申し訳ないです」
「本当にいいんだよ。僕の作ったものが君の喉を通ってると思ったらすごく尊いからね。それに、こうすると僕も同じもので体を構成できるんだ。すごく幸せだよ」
(良い笑顔で何言ってるの、この人……?)
なるほど、意味が分からない。
レイラは考えることをやめた。
その代わり思考を別のことに回すことにする。
脳内会議の主な議題は『これからどうするか』だ。
(とりあえず、今までに思い出したことを整理して、私がここからどうやっていくのか、その方針を決めないとね。仮に私がアルベールルートに入っていると仮定してすると……)
レイラの脳内に、アルベールルートのエンディングが駆け抜けた。
監禁に心中、 幻覚オチに夢オチ。そしてみんないなくなりましたエンドに、二人で新たな世界を築こうエンド。 天国で二人は結ばれましたエンドと、二人で地獄に落ちようエンド。二人ならどこまで堕ちても幸せだよねエンドからの、反逆者として処刑エンド。こちらは一人だけが処刑される場合と二人とも処刑されるエンディング差分がある。
果たして、その差分に需要はあったのだろうか……。
(マシなのが、マシなのがない!!)
唯一、まだマシといえるのが恋愛エンドだが、これだってヒロインは実質軟禁状態だし、アルベール以外の人間と会話もさせてもらえない。あれか、鎖がついていないだけマシなのか!? 生きているだけで丸儲けなのか!?
すごく今更のことを考えてしまうが、誰なんだろう、このゲームのストーリーを書いた奴は。性癖があらぬ方向に曲がりすぎている。少なくともこれは大衆に向けた商業ゲームでやるようなストーリーラインではないし、アルベールもレーディングB(十二歳以上)に出てきていいキャラクターではない。
(ヤバいな……)
思い出せば思い出すほど、この状況のヤバさだけが際立っていく。
今のところヒロインの代わりに執着されているのがレイラで、ヒロインの向かうエンディングが自分に用意されている未来だと言うことだけが理解できる。
これからどうすればいいだろうか。自分は逃げれるのだろうか。
レイラはじっとアルベールを見下ろした。すると彼は柔和な表情で笑い、サンドイッチを差し出してくる。しかし、腰に回った彼の腕はその細さからは考えられないぐらいに力強くレイラの身体を固定していた。その力強さにどうやっても逃がさないという強い意志を感じる。
(無理かもなぁ……)
レイラは口に運ばれたそれを再び囓ると、遠い目をした。
この数日でわかった。アルベールは本気だ。彼はどうやってもレイラを逃がす気がないらしい。レイラの意見や感情を聞かないのも、彼の中でレイラとの結婚が確定事項だからで、最悪彼女が嫌がってもアルベールは事を進めるつもりなのだろう。
それに『人間兵器』とも呼ばれる彼から、どこにでもいるモブ女生徒のレイラが逃げられるわけがない。あの二つ名は人間を人間と思っていないようであまり好きではないけれど、アルベールの強さを表すには確かにちょうどいい言葉である。
(たぶんそろそろヒロインが転入してきてゲーム本編が始まると思うんだけど。彼女に押しつけるのも、ちょっと違う気がするしなぁ)
なんてったって、アルベールは良くてメリバしかない男だ。それが幸せかどうかは人によると思うが、少なくとも大半の女性にとって彼のエンディングはベストエンディングではないだろう。それに、アルベールがヒロインのことを好きになる可能性は大いにあるが、ヒロインがそれを望むかどうかはわからない。攻略対象は他に四人もいるのだ。
(『こいまほ』ファンの中では、アルベールの人気は凄まじかったけど、あれってば所詮、創作だから、だろうしねー)
現実で監禁されたいとか心中したいと思う人間はそうそういないだろう。
(とにかく、今考えられる解決方法は二つよね)
①ヒロインとアルベールをくっつけて、自分からアルベールを遠ざける。
⇒ヒロインが可哀想だし、それをヒロインがもとめるかどうかもわからない。
②アルベールに自分を諦めてもらう。
⇒普通にやってたら無理そう。どうすればいいのかわからない。
(詰んでるなぁ……)
口元に差し出されたサンドイッチに三度齧り付いて、レイラは思考を回す。
正直なことを言うなら、彼に好かれること自体は嫌ではないのだ。前世でもエンディング以外は彼のことをいいなと思っていたし、こんな風に甘やかされるとどうしても絆されてしまう。
それに顔面が良い。アルベールは、とにかく顔面が良いのだ!
前世通して今まで全く気がつかなかったが、もしかしたら自分は彼の顔面にすこぶる弱いのかもしれない。
(せめて、アルベールがヤンデレじゃなかったら……)
その瞬間、レイラの全身に雷に撃たれたかのような衝撃が走る。
はっとした顔でアルベールを見下ろせば、彼は「どうしたの、レイラ」と首を傾げた。
(もしかして、もしかしなくても。ヤンデレを直せば全てが丸く収まるんじゃない!?)
アルベールがヤンデレじゃなくなったら、レイラもよくてメリーバッドエンドの未来に向かわないでいいかもしれないし。もし彼がヒロインになびくようなことがあっても、ヒロインだってアルベールだって不幸にならない。
つまり彼のヤンデレを治すことで、マイナスになることは何一つないのだ。
(私が、アルベールを真人間にしてみせる!)
今後の方針が決まった瞬間である。レイラは思わずガッツポーズを掲げた。
具体的にどうしたらいいのかはまだわからないが、それは後から手探りで考えていこう。
そのためにはまず、知らなくてはならないことがある。
(アルベールはどうして、私に執着するんだろう……)
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