11.(アルベールが、ミアに靡く……か)
ピエールたちの一件から少し経って、ようやく物語が動きだした。
「ウィンズベリー・スクールから転入してきました、ミア・ドゥ・リシャールです!」
そう、ヒロインが学園に転入してきたのだ。つまり、ゲームの本編が始まったのである。
世にも珍しい光属性を持って生まれた彼女は、転入してすぐ、学生たちの注目の的になった。彼女のいる場所には常に人が溢れており、攻略対象たちも代わる代わるやってきていた。
【ハロニア王国の第三王子】ロマン・ル・ロッシェ 風属性
【心優しき賢者】シモン・エル・ダルク 水属性
【軽薄な秘密主義者】リュック・ド・アレル 地属性
(なんか、ダミアンは興味がないみたいだけど……)
レイラは、いつもと変わらない様子で次の授業の準備をするダミアンをチラ見する。その視線に気がついたのかダミアンは「なんだよ?」と訝しげな顔をしたが、レイラが「何でもない」というと、すぐに視線を前に戻した。ゲームの中でもダミアンはミアとケンカップルのような立ち位置に納まるので、もしかすると最初は興味がないぐらいの方がゲームのストーリー的には正常なのかもしれない。
(とにかく、ミアには近寄らないのが吉よね)
レイラは人に囲まれているミアを見ながら、そう決意をする。
決意を、したのだが……
「レイラさん! お友達になってください」
「レイラさん。移動教室はじめてんですが一緒に行ってもいいですか?」
「レイラさん、ここの問題はどうやって解くんですか?」
「レイラさん」「レイラさん」「レイラさん」
(マジで、どこに行っても話しかけてくる!)
ミアが転入してきて三日後、昼休みに入った薬草学の教室で、レイラは辟易とした顔でため息を吐いた。どうやらミアは転入してすぐに生徒の誰かからアルベールとレイラの話を聞いたようで、『アルベールに見初められるなんて、レイラさんはすごい人!』となったようなのだ。アルベールのことで手いっぱいでゲームのシナリオなんかに構っていられないレイラは、当然のごとく話しかけてくるミアから逃げていたのだが、ミアもミアでちょっとムキになっているらしく、どこに行っても現われ、交流を持とうとしてくるのだ。
「お前、もしかして変人ホイホイなんじゃね?」
レイラが何故ため息を吐いているのかわかっているのだろう。隣に座るダミアンがそう声をかけてきた。
「アルベールといい、ミアといい。お前きっと、変な奴らに好かれるオーラが出てんだよ」
「そんなのでてるわけないでしょ? そうなってくるとダミアンだって変人だからね?」
「俺はお前に執着してねぇだろうが。……というかやめろよ、そういうこと言うの」
「なんで?」
「アルベールに聞かれて、変な誤解されたらどうするんだ。万が一にでも、俺がお前に気があるなんて勘違いされたら、マジで俺の命が危ねぇんだからな?」
「大丈夫。もう盗聴はさせてないから!」
「は? 盗聴? なんだそれ」
「……ううん。こっちの話」
レイラは思わず視線を逸らした。
あれからレイラは、アルベールに盗聴魔法を禁止した。追跡魔法は前回ピエールたちに襲われたときに役立ったらしく、そのままにして欲しいと言われたのでそのままだが、もう勝手に変な魔法をかけないことも約束させた。
『今度勝手に変な魔法をかけたら、大っ嫌いになっちゃうから!』
その効果はすさまじく。あれから少しはアルベールも反省してくれたようだった。
レイラの話のそらし方に、どんなことがあったのかある程度予想が出来たダミアンは「お前も本当に大変だな……」と一言同情し、話を変えた。
「それよりも、基礎魔法学の実技、またダメだったんだって?」
「あっ……」
「魔法学校で魔法が使えないってのはやっぱりマズいだろ? しかもお前、特待生だし。あんまり続くようなら学費免除も危ういんじゃないか?」
実は、レイラはセントチェスター・カレッジの特待生なのだ。高い魔法適性があり、学費免除で学園に入ることが出来た。そうでなくては適性があったってこんな学費の高い魔法学校になんてレイラが通えるはずがない。何度も言うが、彼女の家は没落寸前なのだ。爵位だけがあるだけで暮らしぶりは平民とさして変わらないのである。
ちなみにミアは同じ特待生でも『光属性』を評価されての特待生だ。レイラとは基本的に特待生の意味合いが違う。
「お前、適性は高いのになんでか魔法はへなちょこだからなー。次の小テストまでになんとかしておかないとマジでやばいと思うぞ?」
「そう、なんだよねぇ」
「魔法の練習なら俺が付き合ってやるんだけど、俺の属性とお前の属性、相性が悪いからなぁ。……あれならアルベールにでも教えてもらえば?」
「え、アルに?」
「お前の頼みなら無碍には断らねえだろ? それに、アイツの属性、闇だし」
闇と光の魔力は、全ての属性の根源と言われていて、光魔法は闇、闇魔法は光の属性以外の魔法はなんでもオールマイティに使いこなせることができるとされているのだ。
「でも、アルに比べて私の魔法へなちょこすぎるし。それはさすがに悪い――」
「かまわないよ」
その声が聞こえたのは背後からだった。レイラは「へ?」と言う間抜けな声を上げた後、後ろを振り返る。そこにはやはりアルベールがいた。
突然現われたアルベールにダミアンは呆れたような声を出す。
「お前、いつでもどこでもそうやって登場するのやめろよ。大体、学園内で転移魔法は禁止だろ?」
「誰にも見つからなければ、誰にも裁かれないよ?」
「まぁ、そりゃ、そうだけどな。ちなみに、隠匿魔法も禁止魔法だぞ」
「知ってるよ」
(アルベールは相変わらず塩対応だけど、この二人、なんだかちょっとずつ話せるようになってるんだよなぁ)
ダミアンが貴族でもなんでも関係なく話すせいだろう。アルベールが歩み寄っているわけではないが、なんだかいい変化のような気がしてレイラはちょっとだけ嬉しくなった。
「お前さぁ、もうちょっとレイラ以外の人間とも話せよ」
「お前に『お前』といわれる筋合いはない」
ピリッとした雰囲気が一瞬だけ流れて、レイラは「まぁまぁ」と二人を宥めた。そして話を元に戻す。
「アル、本当にいいの? 魔法、おそわちゃって」
「構わないよ。というか、僕たちは恋人同士なんだから、遠慮しないでなんでも頼ってくれていいんだからね?」
(あ、恋人……)
実感はないが、確かにそういう設定だった。というかレイラの中以外では、そういう話でまとまってしまっている。恋愛において、外堀を埋められる、というのが今までどういう状態かいまいちわからなかったが、今ではこういうことをいうのだろうと、だんだんとわかるようになってきた。
(アルを真人間にする計画もちょっとずつ進めないとね……)
結局、どうしてアルベールがレイラに執着するようになったかは聞けなかったが、あの様子では教えてくれる気もないようなので、そのことはもう諦めている。ただ、ヤンデレじゃなくする計画は今後のためにも進めておかないといけない。今は興味がなさそうだが、ミアも転入してきたし、このままアルベールがミアに靡くようなことがあったら彼女だって可哀想だ。
(アルベールが、ミアに靡く……か)
「……」
「どうしたの? レイラ」
「ううん! なんでもない」
一瞬よぎった寂しさに蓋をして、レイラは覗き込んできた彼にそう微笑んだ。
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