第3話 チュートリアルはささっと
ミカエルくんお漏らし事件の後は、さすがに王様たちも気まずそうにしていましたね。
ミカエルくんの将来は彼自身に頑張って貰うとして、さっさと話を進めましょう。これRTAですからね。100%だから全てのイベントを消化するのが義務とは言え、一つ一つのイベントに時間は掛けていられません。
「王よ! 緊急事態です! 東の村に魔王の軍勢が!」
ミカエルくんの聖水の掃除が終わった丁度のタイミングを見計らったかのように、新しいイベントが発生しました。
チュートリアルイベントですね。魔王軍の先遣隊を、勇者がチートを使って蹴散らすイベントです。
「くっ、そうか。………勇者よ、早速だが」
「あー、うん、行く行く」
まあ、行かないんですけどね!
だって千里眼で見てみましたけど、その東の村ってもう全滅してましたよ。緊急事態とか言ってますけど、襲撃されてから何日も馬を走らせて今更ですよね。
生き残りがこっちに向かって逃げ続けているならまだしも、そういう人影も見つからないです。
勇者が魔王軍を蹴散らして、魔王軍から危険人物として目を付けられるイベントは、もう少しそいつらが近付いて来てから消化します。
異世界召喚RTAで時間を使うのは、何と言っても移動時間です。ここを如何に短縮するかが大きなポイントなんですね。東奔西走してたらあっという間に前回のタイムを越えてしまいます。
「でも準備を整えないといけないから、行く時になったら伝えるよ」
そいつらが近付いて来る間に、私は他のイベントを消化していきましょう。
武具屋イベントー!
頑固そうな親父さんが居ます。これはお前のような若造が勇者だと、って因縁を付けられちゃいますかね。けれど、店の中から値段は安いけど良い武器を選んで、「見る目はあるようだな」って認めさせましょう。
「お嬢ちゃん、迷子かい?」
「それ以前じゃねぇかぁ!」
まさか鉄板の武具屋イベントが発生しないとは思いませんでしたね。しかし武具屋イベントは序盤でこそ意味があるもので、ここを逃すと取り逃しになりかねません。100%RTAなので、取り逃しは即失敗に繋がります。
仕方ありませんので、ここは上位者ムーブで武具屋イベントをこなしましょう。
「見て分からんのか。装備を買いに来た。一番良いのを見せて貰おう」
「おいおい、ここは玩具を売ってる店じゃないんだぞ」
「ほう。吐いた言葉は飲み込めないぞ。“玩具”は売ってないんだな?」
みんなのツッコミが酷い! そりゃ現代魔学の技術の結晶である今の玩具って、滅茶苦茶凄いですからね。この人にそのレベルのが作れるはずがありません。
いやぁ余談ですけど、最近の玩具って本当に凄いですよね。カードゲームが実体化しただけで楽しんでたのがもう昔のことのようですし、VRワールドなんて現実と見分けが付かないです。
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武具屋の親父店主は私の物言いに苛立ったみたいですね。店頭に並べてある中から、短剣を選んでカウンターに置きました。短剣とは言え、私の背丈からすると普通サイズみたいなもんです。
「お嬢ちゃんならコレで充分だろう」
「店内ならそれの横に置いてあった短剣を買うけど?」
おっと親父店主さん、ピクリと反応して私を凝視しました。
「もう一回尋ねるけど、“玩具”は売ってないんだな?」
ここで更に私からの挑発が入ります。親父店主さん、「ちょっと待ってな」って言って店の奥へ引っ込みました。戻って来た時には、如何にも剣が入っていそうな木箱を持っていますね。それをカウンターに置いて、無言のまま箱の蓋を開けます。
さて中から出て来た物は、おっと、これは天然の魔剣ですね。珍しい。
剣は人が打つんだから全部人工物だろって? 私たちの生まれ育った世界みたいに、科学と魔学に徹底的に解剖された世界ならそうです。
けど異世界はそうでもない事があるんですね。まあ、もちろん自然現象でちゃんと剣の機能を備えた形になるはずがないので、神造や精霊作と言ったほうが適当になります。
はいはいー。自称識者諸君は勝手に議論しててね。私は学者じゃないんで。
おい馬鹿にすんじゃねぇよ。私は神造兵器や精霊武器の強力さは身に染みて知ってるよ。もちろん太古の昔は信仰されてたなんて、時代遅れの骨董品じゃない。現代でも進化してる神や貪欲に知識を吸収してる精霊たちが作った一品のな。
初見の視聴者は知らないだろうけど、私の母親も“そう”だしね。
閑話休題、親父店主が出して来た秘蔵の品、天然の魔剣について反応していきます。炎の精霊が打った精霊鉄の短剣と言ったところかな?
「ふむふむ。これは、なかなか良い剣じゃないか。よく王国軍に徴集されずに残っていたな」
天然の魔剣って言う珍しさがあるので、希少価値って意味で値段は張る短剣です。ですが、性能としては実用性に乏しい観賞用に過ぎません。遺跡から出土した弓キリ式火起こし道具の価値と、百均ライターの価値って全然違う次元にあるじゃん?
私が手に取って軽く魔力を流すと、刀身から赤い炎が立ち上りました。
「分かってて聞いてんだろう? 使い手がいねぇんだよ。アンタ、そんな成りしてるが只者じゃねぇな。魔剣をいとも簡単に使って見せるとは」
「私はお前たちを救いに来た勇者だよ。こいつを買おう。せいぜい期待していてくれ」
もちろん使わないけどさ。でも武具屋イベントは何かしら装備を手に入れないと終わらないからね。
序盤はイベントが多いんで、手早く回収していきます。
今の内に消化しないといけないイベント第二弾は、勇者が邪魔者になった馬鹿な貴族でーす。
こういうタイプはネチネチと時間の掛かる嫌がらせを何度もしてきます。異世界召喚に慣れていない人は、こういう手合いを放って置くとどんどん立場が悪くなって困った事になりますから、早めに対処して下さいね。私くらいになると、謀略で逆に追い詰められますけど、それは時間が掛かるので今回は正面から行きます。
「醜心の剪裁」
「吾輩は自分が恥ずかしい! この国難に辺り、自分の事ばかり考えていた! だがこれからは違う! 吾輩はこの国のために身を粉にして働こう!」
はい、終わりっと。
ここでやっちゃうのも有りだけど、王国の混乱は深刻なタイムロスを生む可能性があるので、穏便に相手の心を砕いておきます。
それから道すがらで王国に入り込んでいる魔王軍のスパイを倒します。
「ぐアァ!? 何故、我ガ偽者ダト!?」
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
魔力の腕によるラッシュを叩き込んで魔王軍のスパイをタコ殴りにします。最初に使った魔力の腕にはこんな使い方もあるんです。便利でしょ?
「まさか兵士に化けて魔物が入り込んでいたとは」
「あ、礼とか良いんで後始末よろしく。早く次のイベントをこなさないといけないからさ」
「イベント?」
「勇者の助けを待ってるのは、ここだけじゃないってことだよ」
「おおっ!」
さてさて、あれからいくつかのどうでも良いイベントをこなした訳ですが。
それでは皆さんお待ちかね。冒険者ギルドイベントです!
おおー! 良い反応ですね! やっぱり異世界召喚と言えば、醍醐味と言って良いイベントですからね!
奴隷とのアバンチュールとか言ってる奴、この配信は全年齢だから、あんまり変な事言うとアク禁にするからな。
100%RTAを謳ってはいますが、R18展開は除外です。そういうの見たければ、私と同じようにアングラで配信してる他の人の見に行ってね。
ま、エロを求めてる奴は、私のチャンネルを見に来ないだろうけどね。
私が脱ぐ展開? ははは、捻り潰すぞ。
ってあれ? なんか冒険者ギルドの前が騒がしいですね。いや騒がしいだけならば良いんですが、なんか冒険者ではなく軍人っぽい人たちが冒険者ギルドの前に立っています。
ちょっと室内の視覚情報と聴覚情報を得てみますね。
ふむふむ。あー。どうやらちょっと失敗してしまったみたいですね。
具体的に言うと、ミカエルくんとのイベントで面倒な選択をしてしまったようです。
どうもミカエルくん、自分と自分の護衛だけで、とっくに全滅してる東の村へ救援へ向かったらしいです。
お漏らしを我慢しながら頑張ってるから放っておこうって? 私の愛する視聴者様は酷いなぁ。でもここで行ってもタイムロスなのは確かなんですよね。今度は助けてあげようって? 死んだら録画したお漏らしシーンが笑えなくなる? 確かに。
うーん、視聴者様の反応次第ですね。
何勝手に多数決アンケート採ってんだ。そんな意味のねぇもんで私を動かせると思ってんのか。投げ銭の額勝負に決まってんだろうが!
よっしゃ! じゃあ助けに行きますか!
08:03:47