第22話 天上世界をひとっ飛び
「真の魔王ルシファーはかつて神の最も忠実な僕であった。僕たちの中でも特に信頼され、神の代行者として多くの救済を行って来た。しかしそれが変わる出来事があった。神が一人の人間を愛してしまった。公明正大であるはず神が、不完全と不平等に塗れた存在であると絶望した真の魔王ルシファーは反旗を翻し、神に戦いを挑んだ。七日七晩にも及ぶ戦いの後、真の魔王ルシファーは神を討ち取った」
以上、解説の大賢者さんでした。
いやさ、もうここまで来たら敵側の事情とかどうでも良いんだよ。マジで。
「なるほど。つまり世界の神権を簒奪した訳ですね。それで天上世界への道はどこにあるのですか?」
姉が丁寧に対応してますけど、視聴者も、何より私も退屈な昔話で欠伸が出そうですね。
王様が真の魔王のことなら大賢者に聞けとか言い出すから、百パーセント縛りのせいで寄り道してますけど、こんな奴無視して次元の壁をぶち破って天上世界へ行ったほうが早いに決まってます。
何せ私も姉も、もっと遠くの世界からここまで来てるんですから、すぐ上の世界なんて簡単に行ける訳です。
「あのさー、もっと有益な情報ないの? そんな昔話じゃなくて、真の魔王の弱点とかさ」
「こら、蛍」
おいおい、光姉さんよ。今時、敬老精神は逸らないぜ。
だって何千歳何万歳で元気なのがゴロゴロ居ますしね。百歳くらいの老人が偉そうに昔話をしたところで、鼻で笑っちゃいます。
はい、どうも大樹を成長させて天上世界まで行くらしいです。
なんか大樹を天まで届かせるには、儀式と道具が必要ならしいんですが、探しに行く時間が勿体ないですね。
儀式とやらの術式を解析してっと。
「蛍、どう?」
「うん、解析完了、儀式も道具も不要。じゃあ、さっさと天上世界へ行こっか」
こうして天上世界に来た訳ですが、ここで天上世界って何? って人のために説明しながら進みます。
私たちが住んでる世界って場所は、色んな形をしているんですね。一般的に多いのは、平面状、球体状、樹木状、円錐状です。
その中に、多層構造を持つ形の世界があったりするんです。余り見ない形なので、私のチャンネルでも訪れるのは初めてです。
今回の異世界はこの多層構造の形で、二つの平面状世界が重なり合っているようです。その上側にある世界が、彼らの言う天上世界になります。
え? ならまた同じくらい攻略に時間が掛かるんじゃないかって?
はっはっは、終盤で最強の敵が味方になったんですよ? 残るイベントは最終決戦のみ。一直線に真の魔王ルシファーへ突撃して撃破します。
飛翔術式を使って、大きな城までひとっ飛び。
天使の舞っていそうな世界を、姉の後ろ姿を撮影しながら進みます。パンツが見えない? 見えないアングルで飛んでるんだよ、言わせんな。
せめて他の格好が見たい? 仕方ねぇなぁ。
「あ、光姉さん、ちょっとお願いあるんだけど」
「お願い? 何?」
「それってWDO執行官の制服でしょ?」
「そうだけど。ああ、一級に昇進したから、ここのデザインが変わったんだよ」
視聴者に教えて貰ったから姉が昇進したのは知ってるけど、それをそのまま言うと可哀想なので驚き褒めておきます。
「おお、おめでとう! 光姉さんめっちゃ活躍してるからね。さすが。でもさ、色気ないから着替えてくんね?」
「はい? 色気って、誰も見てないの………に………」
あ、やばっ。
「つ、通信機が、ない。蛍!?」
視聴者の要望を叶えようとしたら、失敗した!
「後で返す! 後で返すから! 今はもっと大切な事あるじゃん!」
「はぁ、もう。分かった。蛍が持ってて良いけど、もしもの時は、それで助けを呼んでね」
いや、配信しているからWDOの人も見てると思うよ。自分で通報した時点で閲覧制限切ったし。
見てますかー? WDOの皆さーん。お、コメが来ましたね。この人も常連さんです。私の閲覧制限をクラックして、いつも見てくれてありがとうございます、ロリコンストーカー野郎。かなり給与貰ってんだから、もっと投げ銭しろ。
おや? 真の魔王ルシファーさん、私たちに気が付いたのか、大きな城から天使っぽい奴の大軍が出て来ましたね。
私の姉に対して、数で対抗しようってのが最高に馬鹿ですね。この私の姉は、ほとんどの人種には再現不可能って言われていた時空間術式の論文を一読しただけで、完璧に再現してしまえる化け物です。どれだけ数があろうが、時空間を複製して同時に倒せてしまいます。
それに下手に学習させてしまうと、ありとあらゆる術式の再現と対抗をするので、およそ同系統の術式は二度と通用しません。
つまり数をいくら揃えても無意味なのです。
そんな化け物に対する防衛なら、ショートケーキを盾代わりにするほうのが幾分か効果がありそうです。
あるいは、私のG弾みたいに、絶対に真似出来ない術式を組むしかないでしょう。まあ私以外がG弾を使ったら、姉はマジ切れして何が起きるか保証しませんが。
「こちらはWDOの執行官です! あなたには強制拉致、人権侵害、隠蔽など複数の容疑が―――」
「流星の耀き」
「ちょっとぉ!?」
「強敵相手の基本戦術って奇襲なのに、罪状を読み上げるのが決まりって、いかにも現場の事考えてない感じだよね。執行官を危険に晒してるし。だから光姉さんの代わりに私が奇襲した」
姉に任せていたら本当に真の魔王ルシファーさんの事情まで聞き始めそうです。
口上とか交渉とか良いんで、さっさと戦闘してやっちゃって欲しいものですね。事情なんか捕まえた後、留置場で弁護士なりカウンセラーなりが聞けば良いんです。現場の人が聞いて何か意味あります?
粉々になった城の残骸から六枚の翼を持った人登場。真の魔王ルシファーさんですね。
「よくここまで来たな。人間」
だから口上は要らんと言っているのに、何なんですかね。
つーか、自分の城ぶっ壊されて今更何か話す事ある? ここぶち切れるところだろ。どんだけ頭の中お花畑なんだよ。
さすがの私の姉も微妙な顔をしています。姉は私と違って根が真面目ですが、一緒に育ってきたので感性はそっくりなんですね。だから真の魔王ルシファーさんの行動に内心引いています。
「初めまして。私はWDO執行官、西園寺光です」
「ふふふ、WDO、愚かな神が集まって作った組織の一機関か。相も変わらず、独善的で利己的な組織なのであろうな」
そう言うって事は、こいつたぶん旧き神の一柱かその従属神ですね。どうせWDOの事務局長と知り合いとかで、抜け道を知っているってところでしょう。
あ、旧き神って蔑称にもなるんで、知り合いに神が居る人は使わないようにしてください。
「あなたの事情は存じていませんが、あなたのしている事は犯罪であり、許されない行為です」
「奴らの作ったルールであろう?」
「人を守るためのルールです」
「神である我には無意味なものだ」
「WDOをご存知のようですので、確認します。私には、こちらに従わない場合、力尽くでの執行が許可されています」
「独善の最たるものだ」
はい、姉を前にして力の差が分からないのかって言ってる視聴者たち。
その通りって言いたいところなんですが、実は一概にはそうも言えません。もちろん勝つのは姉ですが、真の魔王ルシファーさんの自信にもちゃんと理由があります。
先ほど私の流星の耀きを受けても、瓦礫の山から無傷で出て来ました。その様子から分かるように、彼は強力な防御能力もしくは再生能力を備えています。
そしてこれが重要なんですが、彼は魔王って名乗ってますけど、この世界の神です。
この世界の存在からいくらでもエネルギーを抽出して、自分のものとして使えるんですね。防御か再生の能力でどれだけエネルギーを消費するかは分かりませんが、世界を食い潰すつもりであれば、ほとんど無尽蔵に使えるでしょう。
ゲームで言うと、スターのストックが九十九個みたいな感じです。
狡い? いえ、別に狡くないでしょう。チートではなく、入念な準備によるトラップみたいなもんですから。
「時間複製、時越え」
まあ、姉には通用しないんですけど。
世界の全部をエネルギーとして利用出来る? うちの姉は巻き戻し術式でいくらでも回復するんで、世界が滅びるまでエネルギー使っても倒せないという理不尽が発生します。
更に時間を複製するのと時間を加速するのの合わせ技で、とてつもない勢いで世界に蓄えられたエネルギーを消費させます。消耗戦を短期決戦に変えてしまいます。
こっちがチートですね。姉がRTAやったら、誰にも越えられない究極のタイムを達成しそうです。
さあ争え。その間に、私が奴の弱点を見つけて一気に滅ぼしてくれよう。
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