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第21話 side 天災の姉光

 私、西園寺光には妹が居る。色々な意味で手に負えなくて、色々な意味で凄くて、色々な意味で規格外の妹が。


 妹が産まれた時、私は六つも年下の妹を姉として守らなければと思った。忙しい他の家族に代わって、おしめを取り替えたし、食事の用意もしたし、公園にも連れて行った。家族や使用人たちから、そんな事はしなくて良いと言われていたけれど、私は率先してやった。


 だって私の妹なのだ。可愛い妹を守るのが姉としての義務だ。


 妹、蛍が平均よりもかなり早く言語でのコミュニケーションを覚え始めた頃、蛍は私にべったりになっていた。私は何をしても凄いお姉ちゃんとして、鼻が高かった。他の家族に余り褒められた経験の無かった私は、純粋に尊敬の目を向けてくれる蛍が愛おしくて堪らなくて、ずっと“凄いお姉ちゃん”で居たかった。


 蛍が三歳になった頃、私は“凄いお姉ちゃん”で居られない事を肌で理解し始めた。


 蛍は天才だったからだ。いや神霊にして鬼才と呼ばれる母の血を色濃く受け継いでいたと言うべきか。


 私が飛び級した学校で習った事を、蛍は私から聞いただけで覚え再現し応用して見せた。


 私は怖くなった。蛍のあの目が変わってしまう事が。だから私は必死に勉強した。幸いな事に、私は勉強が得意だ。蛍のように一を聞いただけで十を為して、応用してしまえる才能はないけれど、一度覚えた事は忘れないし、十を聞けば十を再現出来る。


 そうして一年後、WDO執行官に史上最年少で合格し、蛍が我が事のように喜んでキラキラした目を向けてくれた。


 けれども、私の思いに反して蛍と過ごす時間が減っていった。WDOには私どころか蛍と並べる人が何人も居て、そんな人たちの中で働かなければならなくなった私は、多忙を極める事になったからだ。史上最年少というネームバリューのせいで、少しでもスケジュールが空けば、取材やテレビ出演などが入ったのも大きい。




 それから数年が経ち、蛍が九歳になった時、蛍が動画配信に興味を持った。


 半ば放任状態の他の家族は置いておいて、私は蛍が心配になって説得しようとした。しかし蛍の楽しい事をしたいという気持ちに、負けた。


 いやもう逆に説得されて、一緒に機材を見に行って、誕生日プレゼントとして私が買ってあげた。


 最初の頃の動画は、蛍が作ったオリジナル術式を紹介するというもので、私は出演こそしなかったが、仕事の無い日は一緒になってネタを考えた。私がWDOの仕事で行った異世界での出来事を、そこで見た珍しい術式や戦った相手の話を、蛍は目をキラキラさせて聞いてくれた。


 まあ、うん。理解している。それがマズかった。


 私が蛍に話していたのは、個人情報や機密情報に該当しない範囲だったけど、蛍にとって重要なのはそっちではない。


 正に無限とも言える世界群、大世界。


 蛍は飛び出してしまった。自由自在に異世界を行き来する術式を生み出すという形で。


「これ、お前の妹じゃないか?」


 WDOの先輩に見せられた配信映像に映っていたのは、紛れもない私の妹。


 タイトルは『外道で幼女の初めての異世界召喚』。


 まさか蛍が異世界召喚に巻き込まれたのか、と最初に浮かんだ疑問は、じゃあなんで配信しているんだ、という疑問に変わり、そもそもネットワークが引かれていない未開世界からどうやって配信しているんだとか、一体いつから計画していたのかとか、昨日の夕食の時はそんな素振りなかったのにとか、いやタイトル何とかならなかったのかとか、色々な疑問が次々と浮かんで来た。


「む、迎えに行きます!」

「いや、ちょっと待て」

「何故ですか!? 行かせて下さい!」

「こいつヤバイな。面白いからやらせてみよう」


 その日からWDOの注目人物のリストに配信者Kの名前が載った。


 そう。ブラックリストではなく、注目人物だ。


 WDOには無い独自の方法で未開の異世界を見つけ出し、独自の方法でそこへ行き、好き勝手やりながら世界を救ってしまう。


 特に様々な制限のあるWDO執行官にとって、“好き勝手”という部分が爽快に感じるようで、配信者Kはあっという間にWDO内で有名人になった。もちろん私の妹だと知っているから、話した事の無い人からも話し掛けられるようになる。


 蛍は天才だ。そんな事、私は誰よりも知っている。あの子が三歳の頃から。


 正直に言えば、WDO内の話題を攫ってしまった蛍に嫉妬しなかったと言えば嘘になる。けれども姉として、蛍が認められる事は純粋に嬉しかった。WDOの推薦状も書いてくれると言われて、そうしたら同じ仕事をする事で一緒にいられる時間も増えると期待もした。


 しかしそんな時間は、ほんの一瞬だった。


 配信者Kのチャンネルが過激さを増すのに時間は掛からなかったからだ。


 WDO三級執行官が異世界攻略中に乱入、代わりに世界を救って見せたのを皮切りに。


 テレビや新聞でも取り上げられた集団異世界召喚事件の被害者集団に侵入、無力な羊の中に獰猛な狼が混じっていたら何とか言い出して、現地の加害者を夜中に数名ずつ抹殺していくというゲームを開始したり。


 WDOのブラックリストに名前が挙がっている人物へ、上から順番に決闘を申し込んで血祭りに上げ、犯人たちの心を折って二度と娑婆に出たくないと言わせたり。


 裏の世界で暗躍する異世界召喚を斡旋している犯罪組織を、現行犯なら逮捕権がある事を良い事にわざと現地で叩き潰したり。


 蛍はそれら全てを容赦なく生放送で全国配信してやってのけた。


 当然ながらWDO内でも問題になり始めた。蛍のやっている事は、犯罪だ。しかし、そこが異世界でなければという但し書きが付く。異世界という場所は、ある意味で治外法権。ほとんどの法律は届かない。だからWDOも犯罪者の逮捕に苦慮しているとも言えた。


 では誰でも異世界にいけばやり放題ではないかと言われれば、もちろんそんな事はない。異世界への移動を可能とする術式は必ず封印処置が施されるし、次元移動を制限する結界も張ってあるし、何かあっても常に痕跡を監視している。


 しかし蛍の術式はほぼ全てオリジナルなので、いくら対策してもすぐにそれを突破してくる。そして彼女は天才だから、その術式を誰も止められない。


 WDOでは配信者Kをブラックリストに載せるかどうかという議題が上がっているが、そこは私が何とか食い止めている。私は何度も蛍を説得しようとしたが、蛍は聞き入れてくれない。


 あっと言う間に、天才である蛍は“天災”と呼ばれるようになった。




 その日、私は二人分のショートケーキを買って家に帰るところだった。


 配信の事で喧嘩はするし、現地で争いになる事もしばしば有ったものの、私と蛍の仲は相変わらず良いものだ。今日も夕食の後、ケーキを食べながら一緒に映画でも見ようと思っていると、最初に蛍が異世界召喚を配信し始めたのを教えてくれた先輩から電話が掛かってきた。


「先輩? 何か?」

『お前の妹、またやってるぞ。先週やったばっかだろ。すげぇハイペースだな』


 急いでWDOにトンボ返りした私は、蛍が行った異世界について出発の手続きと準備をしながら調査する。


 WDOでもまだ発見していない未開世界。更にその異世界への痕跡を辿ったところ、軽く百名は異世界召喚もとい強制拉致されているらしい。異世界で召喚を使った人物が、どうやって隠していたのかは分からない。


 しかし百名を越える拉致事件、それを気が付きもしなかったなど、WDOにとって大失態だ。


「私がすぐ行きます」

「待て。ここの“神”は、WDO発足から一度も俺たちに悟られず、拉致をしていたんだぞ。どんな力を持っているか不明。危険だ」

「大丈夫です。蛍が居るんです。困難であれば、蛍だけ連れて戻ります」


 私は他の職員の制止を振り切って飛び出した。


「蛍ぇぇぇーーー!!」


 WDOさえ欺いた危険な“神”が居る世界。そこに着いた私は、何よりも先に蛍に物言わなければ我慢できなかった。


「蛍っ! あれだけもう配信はやるなって言ったでしょ!」

「おいおい、それは光姉さんにしたら珍しく記憶違いじゃね? 悪役ムーブで異世界召喚配信がWDO的にNGだって言うから、それはやらないって約束してやっただけじゃん」

「いや、そんな屁理屈が通じると思うの!?」

「事実だから屁理屈じゃないし」


 私と蛍の戦いは、まだちょっとだけ私が有利だ。


 蛍が、元の世界と自分を繋ぐ疑似ネットワークを維持し続け、音声と映像を全国配信し続けている状態で、姉で社会的立場のある私に遠慮して、ようやく私が有利。


 本気で遣り合ったら、たぶん勝てない。そんな事は分かっている。でも私は絶対に勝てると分かっている。


 蛍が勝たせてくれるから。


 だってそれが、蛍の本当の目的だから。


 ほら、組み付かせてくれた。わざわざ自分の不利な、私が勝てる戦闘距離に持ち込んだのだ。


 私には分かっている。


 あのWDO三級執行官は、未熟で死ぬ寸前だったから蛍が乱入しなければ死んでいた。


 あの集団異世界召喚事件の被害者たちは、蛍のお陰で戻って来た時にむしろ笑顔でいた。


 あのブラックリストの犯罪者たちは、WDOでは永遠に捕まえられなかった。


 あの異世界召喚をする犯罪組織は、国連上層部と癒着があって証拠を挙げるだけでは不十分だった。


 この異世界、蛍が見つけてくれなかったらずっと野放しで被害者が増え続ける一方だった。


 私だけは、蛍が誰よりも人を救っていると分かっている。


 今回だって、そうだって分かってるから。


「行くぞ、ブラック」

「どちらかと言うと、蛍がブラックで私がレッドでしょ」

「さっすが光姉さん! 通じるぅ!」


 私の妹は、どんな闇の中でも蛍のように淡く光る。


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