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お気に入りの鬼はじめ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、心の中にどれくらいのお気に入りを持っている?

 ああ、いや具体的に話さなくてもいいよ。ひょっとしたら表に出しづらいものがあるかもしれないし。カードの番号とかね。

 いざ迷ったとき、自分でもさほど意識しないうちに「じゃあ……」と指さしてしまうもの。個人の好みだといったらそれまでだけど、なぜそこを、それを選んでしまうのか、説明できるだろうか?

 ほとんどの場合、それで問題なくことは進んでいくけれど、万が一を踏んでしまう可能性はどこにだってある。

 僕の体験したことなんだけど、聞いてみない?


 小さいころ、友達と鬼ごっこやかくれんぼをすることにはまっていた僕。

 特に家から少し自転車をこいだところにある公園は、球場が併設されていることもあって、ちょっとした遊園地並みの広さがあった。

 子供の僕たちにとっては、それこそひとつの町くらいの大きさに思えてさ。それこそ日暮れまでのエンドレスなサバイバルを繰り広げるに、うってつけのスポットだったんだ。



 僕たちが集まるのは、噴水のある北ブロック。そこで今日やる遊びを決めてから、ほうぼうへ散っていく。

 ここ最近は夕暮れまでの2時間あまりを、たっぷり使ったかくれんぼにはまっている。参加者は僕を入れて11名。そして最初の鬼は1名こっきりだ。

 わざわざ細かい組に分かれて、じゃんけん結果を集めたりしない。11人総出で、いっせいのじゃんけんだ。何度あいこが続いたとしても、目の前で白黒をつけた方が全員の納得度合いが違う。


 そして、今回は僕が最初の鬼となったんだ。

 スペースを考えて、鬼の待つ時間はたっぷり3分。180秒を数えてから「もういいかい」をいう取り決めとなっていた。

 いちおう「もういいよ」と声が鬼に聞こえるところまでが、最初に逃げられる限界だというルールは設けていたけれど、子供の決め事は往々にしていい加減だ。

 誰かひとり、隠れるのに自信がある奴が近くに潜み、他のみんなはそろって敷地ギリギリまで逃げるということが、まかり通っていた。


 僕が顔を伏せ、180を数える場所は決まっている。

 噴水から向かって、真西に位置するドングリの大樹。その幹へ手をつけ、顔を重ねて、宣言するように180を大声で数えるんだ。

 だが、今日はそこに先客がいる。

 当時の僕より数歳年上に思える、制服姿のお兄さんだ。おそらく、僕がいつも鬼のときにやっているように、樹に手をついて顔を重ねている。


「なんだ中学生でも、かくれんぼが流行っているのか?」


 そう思いながらも、あくまでその樹で数を数えようと、幹を回り込んで一気にぞっとしたよ。



 裏側にも、同じような制服かつ背格好の人が、樹に顔を伏せていたんだから。

 は? とまた幹を回りなおして、そこにも確かにお兄さんがいることを確認する。どちらも手で顔を隠しているから、どんな輪郭かもわからないが。

「変なの」と、視線を戻して、今度こそ僕は「ひっ」と短い悲鳴をあげた。

 先ほどまで誰もいなかった真正面に、いつの間にか三人目の制服のお兄さんが現れていたんだ。やはりこちらに背を向け、顔を手で隠しながら、幹に伏せてじっとしている。


 幹の三方が埋まってしまった。

 もしや……と、残る一方を回ってみると、やはりそこにもお兄さんの姿が。

 同じ制服の4人が、幹の東西南北を囲い、同じ格好のまま動こうとしないんだ。

 いちおう、八方位で見るなら彼らの間が使えることになるけれど……そんな度胸は僕にはなかった。

 こんな得体のしれない4人がいるところで、180秒も顔を伏せて視界を封じるなんて、何をされるか分かったものじゃないからだ。いや、この4人だけじゃなく、実は新手が近くに潜んでいる恐れだって……。


 そうして、僕ははじめてドングリの樹とは違う、別の樹で180を数えることになった。

 3分間、律義に顔を伏せていた僕は、あのお兄さんたちにいつ手を出されるか、ひやひやしてしかたなかったよ。

 けれど、みんなの返事を聞いて顔をあげたとき、もうあのドングリの樹のところに、お兄さんたちの姿はなかった。みんなを探している間も、公園中をさりげなく見回ってみたけれど、あの制服姿のお兄さんたちを発見することはできなかったんだ。


 そして翌日のこと。

 僕たちがまた例の公園へ向かったところ、あのドングリの樹が見るも無残に朽ち果てていたんだ。

 昨日は生い茂っていた葉が、一枚残らず枯れ落ち、幹全体も心なしか細くなってひびが多く入っているように思える。大きく手を広げていた枝たちも力なくしおれて、多くがだらりとうなだれた状態だった。

 最終的に、そのどんぐりの樹はいつまでたっても元の元気な姿を取り戻すことはなかった。原因ははっきりとは分かっていないが、件の公園はかくれんぼをする前日、木々に対して大規模な消毒を行っていたらしい、という話を耳にしたよ。


 しかし、そのような消毒をしたなら、カバーをかけたり注意書きがあったりするはず。それが一切ないあたり、僕たちは気味の悪さを感じていたよ。

 あの制服姿のお兄さんたち――いや、人として見ていいか分からないけど――、あの樹が危険であることを、僕に身をもって教えてくれたんじゃないかな?


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