第1話 コロナデイ③
表から、『キキキッ、バキッ』と音がする。
僕自身はケガはないのだが、果実酒の現状を見るといたたまれまい。
すると表からまた、破壊された樽の破片が、2つ隣に座っているカウンターの女性に向かって飛んできた。
咄嗟に腰にかけてあった剣を抜き、破片を弾いて女性はケガをせずにすんだ。
「ありがとう、ちょうど当たってたわね。まったく、誰が飛ばしてくるのよ。」
すらっとした体型に漆黒の髪が靡き、その娘は入口の方を見る。
「大方、どこかの酔っぱらいが力自慢を見せつけたくて樽を壊して暴れているんでしょう。」
僕は、樽の破片から小さな推測をする。
「それ、うちとしてはずいぶん困るのですが。」
マスターの眉間に皺がよる。
「どうして、男は酔うと腕力を見せつけたくなるんでしょうね。そんなの見てもカッコよく思えませんが。カイル兄さんのように精一杯働いてる人の方が輝いて見えるのに」
溜め息混じりのスフィア。
「輝いてるカイルで~す。おそらく、壊された樽は入口のスイングドア隣に置いてあったやつだろうなぁ。店で使う工具類を保管してたのに、また樽をつくらないとかあぁ。」
カイルも溜め息を一つ吐き、スイングドアを眺める。手には、洗いかけのグラスを持ち、手作業が止まっていた。どんな理由があろうとカイルの店の物を壊してしまえば、弁償は免れない。後先考えずに行動するのも、自分に当てはめると怖い。普段は冷静であったとしても、お酒が、入ってしまえば気持ちが大きくなることは往々にしてあるからだ。
「筋肉質の大男なのかなぁ。樽を壊して周りに誇示して店の中に投げてくるなんて!なかなかやりませんよ、そんなこと。」
ローブを纏った女性が会話に参加する。先程、樽の破片から守った女性だ。
確かに!と思いつつ、大柄で屈強な男を想像した。己の力が全てみたいな男ならイメージ通りだと。クルミも素手で割り、卵も素手で割り、マシュマロまでも。・・・どんどん柔らかくなってるか。
「私、一言、言ってきますよ。誰かが言わないとこういうのはやめないから」
綺麗な顔立ちをした女性が立ち上がると、ローブも後を追うように揺れ動く。
「お客さん、危ないですよ。腕力自慢の大男なら、捕まって永遠に筋肉の話をされてしまうかもしれませんよ。寝る時間も与えられないほど、子供のように慕う筋肉の成り立ちから説明されて、気が付いたら夜明け。お酒もおつまみ朝まで絶えず、飲んでは食べて、飲んでは食べての繰り返し・・・うちとしては大歓迎か。」
ウエイトレス姿のスフィアが、手に持つふきんをクルッと回して呟く。
「よし!じゃあ、行ってみましょうか!飲み物、食べ物、笑顔、何でも取り揃えてますよ。朝までの準備万端です!」
「とても、行きづらいんですけど・・・でも、悪い人は見過ごせないしな。」
正義感がある娘なんだと感心しつつ、品のある美しい顔がキリッと鋭くなる。
その時、スイングドアの入口が思いっきり蹴飛ばされ、ものすごいスピードでスイングして、蹴飛ばした相手にバンッ!。「痛ぇ」との声が。
再度、スイングドアは乱暴に今度は手で開けられる。
「誰か、出てこいよ!表で暴れてるんだよ!!誰も出てこないと寂しいだろ!!!」
声を荒げて酒場の中に入ってきた声の主。
「・・・え?」
一同が唖然とする。
「そこのグラス持っている男!お前、マスターだろ。店先で騒いでるんだから、表に出てこいよ。外は、酒場からの明かりがこぼれてる程度だから、暗いんだよ!」
もう一人?の声が現れる。
酒場の中をずかずかと歩いて、カイルさんに近づいていくのはウサギと猫。
「「「「えぇぇぇぇぇぇッ」」」」
「・・・動物かよ。」
人間だと思い込んでいた僕。
「・・・マッチョはどうしたのよ。筋肉オタクは!」
赤のローブを纏った女性。
「・・・ウサギと猫って何を飲んで、何を食べるの?野菜ジュースとミルク?草と鰹節?」
おもてなしを思慮するスフィア。
「・・・輝いてるカイルで~す。酒場もあなたも照らして明るくしますよ。」
おそらく、「輝いてるカイル」の言葉が気に入ったカイル。
各々の第一声が終わると、ウサギが酒場中央で叫ぶ。
「悪い子はいねぇかぁぁぁぁぁ!」
両手を肩の高さに保ち、手のひらを天井に向けウサギは怒鳴り声をあげた。
「「「「お前だよ!!」」」」