【短編】~ラーディアウス・ロックハンスの場合~
エルリック・サーガの著者、マイケル・ムアコックに影響を受けた私のささやかな作品。今は亡きチャールズ・ブコウスキーに捧ぐ。短編ラーディアウス・ロックハンスの物語。楽しんでください。
これは、コル・カロリの世界の三大陸にある三大国のひとつ、皇国レミアムの将軍として働く男の人生の一部。ロックハンスの兄弟のなかでも最強の名を欲しいままにし、“剣神”と称される男の物語の一部である。
剣には道がある。剣に生きる道がある。ラーディアウスは剣の道において不敗、無類無敵の男であった。彼はもともとゲイオスという小国の将軍という立場にあった。だが、皇国レミアムが復活したと同時に周辺諸国とも戦争状態になり、混迷を極める時代へと突入した。これを“絢爛豪華な復活と十日戦争”という。皇国レミアムはこの戦争を平定し、ゲイオスもその傘下に入ることになったのだが、それを断固として拒否したのがラーディアウスであった。その強固な決意を聞き届けた皇国レミアムの将軍アルティスはラーディアウスとの一騎打ちを所望。紙一重の差でアルティスに軍配が上がり、ラーディアウスはその武に羨望を抱いた。決意を尊敬に変えた彼は、皇国レミアムの傘下に入ることを許した。そしてアルティスはラーディアウスを皇国レミアムの将軍に迎えることを所望し進言。その結果、今の地位に就いた。
皇国レミアムとは三大陸を支配する三大国のひとつで、数千年前に突如として消えたとされる幻の国であった。それが、五年前に突然復活を果たし、何事もなかったかのように政を行ったので、神聖ザカルデウィス帝国もエギュレイェル公国も心底穏やかではなかった。その皇国レミアムの跡地周辺に点在していた国々は、その復活に際し、その膨大な戦力に対抗するために行った統一戦争こそが、十日戦争である。しかし、事態は泥沼化したのが原因でまとまりを見せることもなく、結局、皇国レミアムに平定されてしまったというのが、経緯としてある。その過程でラーディアウスは、アルティスともうひとりの戦士ゼウレアーと出会った。ゼウレアーとアルティスは皇国レミアムでは“ジ・オードの兄弟”と呼ばれ、武の象徴とされた。ラーディアウスはそのひとりのアルティスと一騎打ちを挑み、しかしあと一歩のところで敗北した。彼にとっては初めての敗北である。そのアルティスの武芸は、ラーディアウスの心を一変させた。彼はその時のことについてこう語っている。
「剣術と武芸は似ているようでまったく違うものだ。私は、私の剣術を信じ抜いてきた。しかし、アルティス将軍の武芸は一騎当千のそれを上回り、まったく別のものと化していた。私は剣術において不敗、それは断言できる。私の剣術が負けたのではない。アルティス将軍の武に関わった時間が、私の経験値を上回ったのだ。私は初めて敗北を知った。だからこそ言える。無窮の鬼神アルティス将軍と、その兄である元帥ゼウレアーは私にとって憧れなのだと。いつか追いつきたい存在なのだと……まぁこんなことを君に話しても何のことだか分からないだろうがね」
実際にそうであった。剣術の世界では彼は無敵を誇っていた。そのことについてゼウレアーとアルティスは認識していた。このふたりの剣術も相当なものであった…というよりも世界でも最高峰の実力を持っていたが、それをラーディアウスは凌駕していたのである。そんな彼を敗北させた原因はひとつしかなかった。戦術的総合力である。あらゆる戦術に一撃必殺の動きが加わるアルティスに対して、彼は剣術の世界のなかでも一撃必殺の動きが加わるのである。総合力ではアルティスが勝り、剣術に特化させ過ぎた彼はまさしく剣術の上で勝っていた。勝負は互角だった。互いに隙などなかったが、ほんの一瞬の呼吸のズレが生じさせた刹那にアルティスは無想の一撃を放った。これが分かれ目であった。そんな彼は今、何の因果か皇国レミアムの将軍である。そしてある組織のトップに君臨していた。その名はオーバーナイツ。
オーバーナイツとは、ラーディアウスを筆頭に組織された皇国レミアム帝王直属の精鋭近衛騎士団の総称である。その総数は百三十二名。いずれも純白の頭巾、仮面、重厚な鎧、真紅のマントを身に纏う。そのどれもが東洋の国“カミシニの国”で“剣聖”の称号を頂いた一騎当千の強者たちで構成されている。ラーディアウスはそのトップ、オーバーナイツ・オブ・オーダーの称号と“剣神”の称号を併せ持つ者。そんな彼は、今皇国レミアム領内の砦で休息を取っていた。彼にとって休息は本当に稀なものであった。皇国レミアムの居城エルフェレイム城では公務に追われていたし、オーバーナイツ内で行われる剣術の研鑽の集会には必ず監督しなければいけないので忙しかった。それだけではなく、将軍ともなれば軍議にも参加せねばならなかった。ゲイオスの将軍だったときも軍議はあったが、国の規模が大きくなれば話のスケールも大きくなるので、理解には相当の時間がかかった。根が真面目な性格のラーディアウスは必死になって勉学に励んだものであった。
「もう朝か……今日はアレイスティの稽古の日でないな。エギュレイェル公国に行くこともない。今日くらいは穏やかに過ごしたいものだ。誰も起こすなよ……」
睡眠の質は今日の行動の質に直結する。そう考えているラーディアウスはトラブルを嫌っていた。太陽の光が直接自分に当たるまで起こされたくなかったのである。まだ早朝なので、とりあえずまた眠ることにした。休息の時間は貴重である。オーバーナイツのことも、皇国レミアムの将来のことも何もかもを置き去りにして、眠りたかった。切り替えができないのはいけない。惰眠をむさぼる男では決してないので、そこはしっかりとしていた。しかし、ここぞという時に邪魔をしてくる男がいた。
「ラーディアウス、起きろ。起きろってば」
「ゼハートか。お前はなぜ私の休息を邪魔ばかりするのだ?ゲイオスの時もそうだ、私が休息を取っていると分かれば真っ先に駆けつけてくる。お前は私の敵だよ、そういう面では。友情も分かるが事情を察してくれないか。いいか、私は今、帝王ゴーデリウスに許可を得ての休息を許されているのだ。お前との行動はまた後にしてくれないか?」
ゼハート・レクレイム。ラーディアウスがゲイオスの将軍だった時からの古い親友である。ゲイオスでは共に将軍として戦場を疾駆していた戦友でもある。今は彼の副官として皇国レミアムで働いていた。ラーディアウスに迫る剣術と優秀な頭脳を両立させた男であるが、ラーディアウスにいたずらするのもゼハートの趣味でもあった。明るく、活発的な性格で、ラーディアウスが理性で動いているのだとしたら、ゼハートは半ば本能で動いていた。しかし、そのゼハートは今焦っていた。いたずらで彼を起こしにかかったことなど一度もない。むしろゼハートは察していたので、彼の休息の時間は大切にしていた。だが今回は違った。何か良くないことが起こったのだ。だからこその掛け声であった。
「おい、起きろ。砦の外がおかしい」
「なんだ……そんなに私に仕事を」
「つべこべ言わず早く来い!ザカルデウィス帝国の連中が国境を越えたんだ!」
「何だと……何故それを早く言わなかった!」
「寝てたからさ。悪いな、仕事を増やしてよ。でも今回は穏やかに行きそうにないぜ。なんせこの砦を攻略するつもりで来てるらしいからな」
「らしい?他人に聞いた情報なのか?そんな不確かな情報で私に声をかけたのか?」
「守衛から聞いたんだ。早く準備して来てくれ」
「仕方ない……」
砦内の小屋から出ると、たしかにそこの住人たちがせわしなく動いていた。恐怖に怯える者から、他人の家に駆けこんで壕まで避難させる者まで様々だった。砦の外から大きな音が迫っているのが聞こえてくる。この音は尋常ならざる音であることを、ラーディアウスは一瞬で認識した。神聖ザカルデウィス帝国と言えば、他の国よりも一万年先の未来の技術を手にしているという、三大国のなかでも最大の領土を誇る国。その組織図は口外されることもないが、噂では“魔導兵器”という物を持ち出し、空から竜騎士が襲い掛かってくるとささやかれている。その総数は他の大国を圧倒し、地上から空から同時に制圧しにかかってくると。ラーディアウスはそんな大国が何故海を渡って、こんな皇国レミアムの領土の小さな砦の町を強襲するのか甚だ疑問であった。
戦略的価値の低いこの場所をわざわざ探して、何故この砦なのだろうか。本当に神聖ザカルデウィス帝国の差し金ならば、国家問題に発展しかねないのに、愚かにもこのタイミングで攻めてくる必要が本当にあるのだろうか。いくら考えても答えが出ないので、とりあえず準備を済ませたラーディアウスは守衛の傍まで行って状況の把握に努めた。まずはこの状況を何とかする前に、住民を安心させなければならないので、その確認と通達も含めて行動を開始せねばならなかった。
「守衛よ、名はなんだ?」
「は!?ラーディアウス将軍!私はグラーテルと申します」
「ならばグラーテルよ。通達を出せ、このラーディアウスが在る限りこの町には何も起こらぬと。そして砦の壕から一歩も外に出てはならぬと伝えよ」
「は!そのように伝えます!」
砦の高台に登ると、外の状況が一望できた。その数は千人はいたはずである。魔導兵器と思わしき物も確認できた。だが、統率がうまく取れていないのが逆に引っかかった。指揮官がしっかりしているなら、この千人の数を束ねるのは容易いであろう。その指揮官が最低でも三人は存在しなければ、こういった大軍は率いることができない。軍略に長けた指揮官ならひとりでも充分だ。なのにどうしてか、この軍団は統率がうまく機能していないように感じる。本当に神聖ザカルデウィス帝国の正規軍なのであろうか。そこも疑問であった。魔導兵器らしきものも新規で調達したものとは違うようだ。砂埃で小汚く、音も潤滑油がうまく機能していないのか、騒音に近いものがあった。何かがおかしい、でなければこんな辺境に来るはずがない。高台から降りると、彼は真相を確かめるため、ゼハートにあることを話した。
「どうだった?あれは本当にザカルデウィス帝国なのか?」
「ザカルデウィス帝国の者たちで当たっているとは思う」
「なら、なんだ?当たっているけど少し違う……違和感を覚えたというのか?」
「私の見立てならそうだ。おそらくはぐれ者の集団だ。にしては規模が大きいが、統率がうまく取れていないのが引っかかる。もし正規軍なら問題だ。なので私がひとりで出る。お前は砦の内側の町の守りに徹してくれたら助かる」
「わかった。でも、無茶はするなよ。お前はもう皇国レミアムの将来を背負っている将軍なんだからな」
「言われずともそのつもりだ」
ラーディアウスは再び守衛のグラーテルの傍まで行き、門を開けさせた。彼は休息も取れないのに苛立ってもいたが、それ以前に皇国レミアムの民を脅かす存在があることについて怒ってもいた。その原動力は彼の持つ限りない優しさによるところであるだろう。だからこそ、将軍ラーディアウスは国民からも人気が髙かった。そんな彼が、単独で敵前へと身を晒す。
「私が門から出たらすぐに閉め、施錠を怠るな。よいな!」
「は!」
門が締まり、施錠する音が聞こえた。もう誰も味方はいない状況。ラーディアウスひとりに対して千人を超える軍団。多勢に無勢とはこのことである。せめてオーバーナイツ五人は欲しい状況であったが、無理も言っていられない。時間短縮よりも時間稼ぎにはなるであろう。そう思っていた。相手がもしも神聖ザカルデウィス帝国の正規軍であるならばの話だが。しかし、ラーディアウスの読み通り、相手はザカルデウィス帝国から来た賊の集団に過ぎなかった。なぜ海を渡って大陸を越え、この皇国レミアムの領内に潜入したか。理由は見当がついていた。皇国レミアムにある錬金術の生み出した品々を頂くためである。
皇国レミアムは錬金術で発展した国である。その錬金術の精度や方法はまさしく神の領域に達したとされ、古来から有名であった。その錬金術で生み出された品々は高価で取引され、貿易を繰り返して絢爛豪華な繁栄を辿ってきた。ラーディアウスは出身がゲイオスだったので錬金術師としての才能はまったくなかったが、他の皇国レミアムの将軍は、錬金術師としても優秀であった。あのアルティスでさえも。そんなわけで、ラーディアウスはその錬金術で生み出された品々の価値は、当初はなにもわからなかったが、今はその重要性を深く理解していた。その価値も、貴重さも、すべてにおいてである。
「貴様たち全員に告げる。今すぐここを立ち去れ、でなければ手荒な真似はせん」
「だとよ。この数相手にひとりだぜ」
「気でも狂ったんでしょうね。おいお前、あの男を殺せ!」
「はああああああ!!」
「忠告は済んだ。そして手間が省けたな」
賊のひとりがラーディアウスに襲い掛かってきた。両手にはザカルデウィス帝国製の特殊な剣を持っていた。だが、そのような武器を相手にしても彼は一歩も動かなかった。瞬間、ラーディアウスに襲い掛かった賊が真っ二つになった。彼は剣を抜いていなかった。そして、斬られた張本人も斬られたことさえ分からずに絶命した。…手刀である。彼は剣を抜いていなくとも万物を手刀で斬ることができる。“超克”と言われる彼の腕だけが成せる光速の太刀筋は見切られることもなかった。空間に充満する魔力の因子を断つことで、敵の肉体だけでなく骨や鎧まで真っ二つにする“窮極天峰零式”は、彼が考案した奥義である。
「他にはいないのか?」
「次は俺だ!食らえぇぇ!!」
遠距離からの攻撃だった。しかし、賊がザカルデウィス帝国製の銃を構えた瞬間、その賊の男が口から泡を吹いて白目を剝き、倒れてしまった。…“明鏡尸水”。これに開眼した者は“相対する敵との間合い、呼吸、感覚、技量、力量、踏み込み、視界を寸分の狂いなく掴み取る。己の雑念と濁りをあえて受け入れ、全てを是として捉え、限りなく沸き上がる生への渇きを認識。相対する敵の全感覚、全神経を掌握し、金縛りを発生させる。相対する敵は幾重にも斬られた感覚を味わう。そして戦意を喪失させる。技量、力量が共に同等ならば、先を読んで神速の一閃を放ち、目標を沈黙させる”ことができる。東洋の国であるカミシニの国に伝わる剣術の極致である。
「全員でかかれ!あの男を殺して財宝を手にしてやる!」
「我が居合の範囲に入ったか。見せてやる、剣術の神域というものを」
それこそまさに一瞬だった。ラーディアウスが愛刀“神死”を横に一閃。光速の一閃をしただけで、賊の五百人が横に真っ二つになった。そして遥か後方にあった山が半分吹き飛んだ。これこそ地形を変える剣術の神髄。彼は振り向くと、冷たい口調であることを言い放った。
「逃がさん。ひとりもな……」
その頃、砦の内部の町の壕のなかにひとりの少年がいた。少年は感じていた、皇国レミアムの将軍がまさに戦っていることを。そして不安になったのか、隣にいたゼハートに声をかけた。
「お兄ちゃん、あの将軍様、大丈夫かな……」
ゼハートは少年の頭を撫でてこう言った。
「大丈夫。あの将軍様は剣の道だと負けたことがないんだ」
「そうなんだぁ。じゃあ、大丈夫だね!」
「大丈夫!さ、中に戻りな」
「うん!」
ゼハートにとってラーディアウスとは、親友であり戦友でもありながら、剣術の師匠でもあった。ゲイオスにいた頃、よく手合わせに付き合ってくれたからわかるのである。あの男が負けるはずがないのだと。剣術の世界において不敗、無類無敵。加えてロックハンスの兄弟のなかでも最強。今では皇国レミアムの将軍で剣神と呼ばれ、オーバーナイツ・オブ・オーダーである。誰があの男の敗北を想像できようか。
そして砦の外では、残りの五百人あまりの賊をラーディアウスが依然、対峙したままであった。賊は何が起こったのか分からなかった。何故、こうも一瞬にして半数が殺されたのか。後ろにあった山の半分も消えているし、何が何だか分からなくて混乱していた。だがもう引き返せなかった。大陸を移動して略奪を計画していた手前、本国の神聖ザカルデウィス帝国に逃げ帰ったら、正規軍に何をされるかわからない。だから、戦うしかなかった。臆病者はすぐに逃げ出すのではなく、吠えて歯向かうのである。
「かかれ、かかれぇぇぇ!!」
「終わりだ」
光速の居合を二度繰り返した。すると遥か後方にあった山々が半分吹き飛んだ。そして残りの賊はひとり残らず殲滅された。魔導兵器もばらばらになって爆発した。砦の町を守り切ったのである。そのことを高台にいた守衛のグラーテルに伝えると門が開いた。門が開いた音がするとすぐに人々が壕から出てきた。
「ありがとうございます。将軍様」
「ラーディアウス将軍、あなたは私たちの救世主です!」
彼は笑っていた。微笑んでいた。皇国レミアムの将軍としての責務を少しでも果たせたことについて喜んでいた。何よりも国民に被害が及ばなかったことに対して喜んでいた。
「当然のことを、私はしたのだ。さぁ道を開けてくれ。少し眠りたい」
小屋に入り、夢を見ることもなくすぐ眠った。ラーディアウスの休息は少しだけ台無しになったが、これはこれで仕方がなかった。明日は弟のアレイスティの修行である。エギュレイェル公国内に入るのである。彼はそのことについて思っていた。デザード・ロックハンスの計画を台無しにするためのものを、早く用意しなければと。ゼハートはもう来ないであろう。また眠ったのかもしれない。
今日はどのような休息にしようか…。
どうやら昼まですぐそこだった。
~ラーディアウス・ロックハンスの場合~
完