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99歪んだ愛9

 送別会の会場は屋敷のメインホールで、立食形式のパーティーのようだった。参加者はアンドレアナム伯爵とエミリア、クラークを始めとした使用人たちに客人のトキワのようだ。見た所全員普段着だ。


「もしかして私だけドレスアップしてるんですか?」

「そうね。何せ今日の主役だもの!お父様、トキワさんお待たせしましたわ!」


 エミリアは命の手を取ったまま談笑していたアンドレアナム伯爵とトキワの元まで移動した。二人とも目を見開き驚いた様子でドレスアップした命の姿に注目した。


「これは美しい!とても似合っているよ」

「ありがとうございます。旦那様」


 ストレートに褒める伯爵に命は照れながらもお辞儀をする。一方でトキワは何やら震えていた。


「しまった……」

「え?」


 何かやらかしてしまったのか。意味のわからない事を俯いて呟くトキワが心配になり、命が顔を覗き込むと、耳まで顔が赤くなっていた。


「どうしたの?まさかお酒飲んだ?」


 水鏡族はお酒は二十歳になってからという決まりなのでトキワは酒を飲んだ事がないはずだ。それなのに酒を飲んでしまったことで酔っ払ったと判断した命はトキワのグラスを奪うと、近くのテーブルから水を取って手渡した。


「どうしよう、ちーちゃんが女神の様にすごく綺麗な事が世間に知られてしまった」

「は?」


 やっぱこいつ酔ってるなと苦笑しつつ、もう放っておこうと決めた命は改めてエミリアと伯爵、そしてこちらに注目している使用人達に向き直った。


「本日は私のためにこの様な宴を開いてくださりありがとうございます。そして短い間でしたが、本当にお世話になりました」


 命が深々と頭を下げると拍手が巻き起こった。ここで下宿して働けてよかった。命は頭を下げたまま、少し涙ぐんで微笑んだ。


 伯爵が乾杯の音頭を取り、命の送別会が始まった。皆で料理長自慢のフィンガーフードに舌鼓を打ちつつ、命はアンドレアナム家の面々と思い出話に花を咲かせた。その様子をトキワは命の隣で静かに笑って過ごしていた。


「そうだエミリアお嬢様、私と一曲踊ってくれませんか?」


 ドレスを着て一緒に踊る約束を今果たそうと、命はエミリアに手を差し伸べてダンスに誘った。


「あら、でも他にふさわしい相手がいるじゃない?」


 エミリアがトキワに視線を向けると、トキワは掌を見せて首を振った。


「俺は生まれてこの方ダンスなんて踊ったことありません。だから今回はお譲りします」


 以前のトキワなら嫌だちーちゃんと踊ると駄々をこねていただろう。命はトキワが精神面でも大人になっていることに感動を覚えた。


「そうそう、それに私は男性パートしか踊れませんよ」


 命のダメ押しにエミリアはトキワに申し訳なさそうに頭を下げると、命と向き合った。


「じゃあ一曲お願いしようかしら」


 エミリアが命の手を取ると、タイミングよくレコードからワルツが流れ始めた。どうやらクラークの采配の様だ。


 長身の命と小柄なエミリアの身長差はダンスを踊るにはちょうど良く、バランスが良かった。送別会の参加者達は二人の微笑ましいダンスに心癒されるのであった。


 そして夜が更けて食事も無くなった所で伯爵が締めの挨拶をして、送別会は撤収となった。命も使用人に混ざって片付けをしようとしたが、主役は手を出すな、後は若いお二人でなどと言われて、トキワと中庭に放り出されてしまった。


 送別会での賑やかさとは打って変わって静かな中庭で、命は慣れないハイヒールを履いて疲れていたので、とりあえずベンチに座ることにした。


「楽しかった?」


 自分は楽しかったけれど、完全に内輪受けなパーティーだったので、トキワは蚊帳の外になってしまった気がして、命は問いかけた。


「全然楽しくなかった。だって俺のちーちゃんがみんなのちーちゃんになってたから」


 トキワはベンチに腰掛けず、命の前に蹲みこむと、俯いてため息をはいた。


「俺って本当心狭いよね」


 柄にも無く落ち込んでいるトキワに命はどうしようか悩みつつ、とりあえず彼の頭を優しく撫でてあげた。


「ちーちゃんは全然分かってないけど、ちーちゃんは凄く綺麗で可愛いんだよ?隙がないからそんじゃそこらの男は恐れ多くて声を掛けないけど、昨日の変態みたいな身の程知らずやハイスペックな男は放っておかないと思う。そう思うと不安で、心臓がいくつあっても足りない」


 トキワは弱音を吐いてから命の両手を取ると、真剣な目つきで彼女を見つめた。トキワの吸い込まれそうな瞳に命は目が離せなくなった。


「これまでちゃんと言ってなかったから今言わせて……」


 一つ断りを入れてから、トキワは一旦深呼吸をしてから口を開いた。


「俺はちーちゃんのことを愛しています。必ず大切にするし守るから……結婚を前提に俺の恋人になって下さい」


 真摯なトキワの告白に命の心臓は体から飛び出そうなくらい暴れていた。全身が熱くなって、思考がぐちゃぐちゃになっていた。


「ぷ、プロポーズじゃないんだ」


 言うつもりは無かったのに、命はつい思っていたことが口に出てしまった。いつものトキワなら結婚しようと言う所だと思っていたからだ。


「そりゃ今すぐにでも結婚したいよ。ただ現実的に考えたら準備が全然出来てないし、それに恋人同士の期間って、結婚するまでしか楽しめないからね」


 確かに恋人と夫婦じゃ楽しみ方が違うのかもしれない。そんな所まで気がつくようになったのかと命は感心した。そしてトキワの気持ちに応えるべく、必死に頭の中で言葉を探した。


「わ、私もトキワに負けないくらい愛して、ます。この三年間、一度だってあなたを想わなかった日はありません。だからえっと、結婚を前提にトキワの恋人になります。で、大丈夫……?うわっ!」


 胸の鼓動に言葉を詰まらせながら命は精一杯の返事をすると、直ぐ様トキワが立ち上がり、抱きついてきた。


「あーもう、今すっごい幸せ!三年間我慢して良かったー!」


 堪らずトキワは命の唇に口付けてから抱き上げて回ると、次はお姫様抱っこをしてうっとりと見つめ、また口付けようとした。


「るっ、ルール違反!」


 二人きりの時以外はイチャつかないというルールを振りかざし、真っ赤な顔をして命は窓から様子を見ているエミリア達を指差した。


「中庭では二人きりだからセーフ」


 強引なこじつけをして勝気に微笑むと、トキワはまた一つ口付けるのであった。

 


 


 

 

 

 


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