98歪んだ愛8
エミリアとメイド集団が命を連れ込んだのは、エミリアのメイクアップルームだった。
「皆さん、やっておしまいなさい!」
「承知いたしました」
エミリアの号令で、メイド達は命に抵抗する暇さえ与えず、瞬く間に服を脱がして行き、一矢纏わぬ姿にすると、バスタブに放り込み、全身泡塗れにした。
「エミリアお嬢様!これは一体!?」
「そうね、私のちょっとした戯れかしら?」
戯れと言われてもまったく状況が掴めない命は、呆気に取られた。もしかして動植物園帰りで獣臭かったから、強制的に洗われているのだろうか。ならばトキワも今頃泡の中かもしれない。そう考えている内に、シャワーで身体の泡を流されると、柔らかいタオルに包まれた。次に簡易ベッドに転がされ、エミリアが使っている甘い香りがする保湿液を揉み込まれた。
「ぎゃっ!痛い!」
連日の疲労から浮腫んでいた脚をマッサージされた命は涙目で悲鳴を上げる。それはまるで拷問の様だった。
「思ったより胸が大きいわね、ちゃんと入るかしら?」
「ご安心をエミリア様、抜かりはありません」
何やらエミリアと先輩メイドの一人が話し合っているのを聞きながら、命はマッサージから解放されると、用意されていた下着一式をつけられる。ここでようやく自分がいつもエミリアにしているドレスアップ作業をされている事に気が付いた。要は今、命はエミリアの等身大着せ替え人形となっているのだった。
「ああ、それはエミリアお嬢様のお高い魔道具!」
命の髪をメイドはエミリアが使っている風魔石を使った魔道具で乾かし始めた。トキワに頼めばタダなのにと思いつつも、この場に居合わせて欲しくなかったので、そこは言わないでおいた。
「うう、恐れ多いよ」
「はい、胸張ってー!折角大きいんだから!」
身体を縮こませて命は嘆くが、先輩メイドの一人に姿勢を正されると、髪の毛にオイルを薄くなじませて、ヘアメイクを始めた。命は自分が今どんな出で立ちなのか気になって鏡を探したが、全ての鏡が布で覆われて隠されていた。これもエミリアの仕業だろう。
髪の毛が終わると、次はフェイスメイクに移ったようだ。先程のマッサージで血行が良くなった肌に次々と化粧品が塗り重ねられていく。アイラインを引かれた時には、命は動いたら目に入るのではという恐怖と戦った。
「綺麗な顔をしてるから化粧映えしないと思ったけど、割と化けましたね」
「あなた達の腕がいいからよ。流石だわ。さあ着付けをしましょう」
メイドのメイク技術をエミリアが褒め称えると、次の工程を促す。他のメイドがクローゼットから瑠璃色が鮮やかなスレンダーラインのベアトップロングドレスを持って来た。その美しい色合いに命は釘付けになった。
「気に入ってくれたみたいね」
命が見惚れている事に気付いたエミリアは上機嫌でメイドに目配せすると、メイドはドレスのファスナーを下ろして命に着せた。着せてもらった感じだと、エミリアが着るようなドレスと違い、一人でも十分着る事が出来るデザインだという事がわかった。
着付けが終わると、ガラスでできたビジューのウェストベルトが取り付けられて、最後に黒いハイヒールを履かせてもらえば、命はようやく鏡と対面できた。
「うわっ!誰これ!?」
驚く命にエミリア達は満面の笑みを浮かべ、互いの健闘を称え合いハイタッチをしていた。ここまで着飾ったのは初めてだった命は居心地悪そうに鏡と睨めっこしている。
「でもエミリアお嬢様、どうしてこんなことを?このドレス、怖いくらいサイズぴったりなんですけど」
一般的なサイズのドレスだと命の胸は綺麗に収まらず見苦しくなる。そのため去年のアンドレアナム家の身内だけの舞踏会ではドレスを着ようとはりきっていたのに、サイズがなくて泣く泣く着るのを断念していた。
「当たり前ですわ。あなたのサイズに合わせてオーダーメイドしたのですから」
「お、オーダーメイド!?サイズを測られた記憶が無いんですけど?」
さも当然のように説明するエミリアに命は疑問をぶつけた。すると先輩メイドが含み笑いを始めた。
「測ったわよ。私のゴッドハンドで!」
指を動かしながら先輩メイドは命を見て舌舐めずりをした。命が記憶を探ると一つの結論に辿り着いた。
「先月、お風呂でやたら体を触って来たのは、この為だったんですね?」
「ふっ、ご名答。なかなか測りがいがあったわ」
ある日命が使用人専用の浴場で湯船に浸かっていた時、先輩メイドにメロン泥棒発見!と言われながら体全体を触られた事があった。普段から彼女は使用人達の胸を揉んだりと好き放題していたが、まさかあの日はサイズを測るためだとは思いもよらなかった。
「ふふ、これでやっと命のドレス姿が見れたわ。良く似合ってるわよ。ピアスの色と合わせたのはやっぱり正解だったわ」
言われてみれば、ドレスの色は命が右耳につけている水晶のピアスと同じ色だった。つまりこの瑠璃色のドレスは本当に命のためだけに作られたようだ。
「ありがとうございます。ですが何故私にここまでしてくださるのですか?」
エミリアとメイド達に最上級のお辞儀をして命が問うと、エミリアは穏やかな瞳で微笑む。
「別に命だけにしている事じゃないのよ。いつも卒業や結婚などでうちを出て行く者達への餞別として、オーダーメイドのドレスやスーツをプレゼントして送別会を行うのがアンドレアナム家の伝統なの。本当は昨日行う予定だったんだけどね」
使用人を大事にするアンドレアナム家らしい伝統だ。思えば命がいる間に使用人が誰一人辞めていないので、この伝統に遭遇しなかったのかもしれない。
「この伝統を行うのも李以来だから五年ぶりになるわ」
李とは命の前に製菓学校に通いながら、アンドレアナム家に下宿していた水鏡族の女性らしい。今はこの街で有名なケーキ屋に住み込みで働いているとエミリアが話していたことを命は思い出してると、ドアをノックする音が聞こえた。
「エミリア様、準備が整いました」
「わかったわ。さあ皆さん、参りましょう」
メイド長から準備が出来た旨を伝えられたエミリアは命の手を取り、メイド達を従えて送別会の会場へ向かった。




