97歪んだ愛7
翌朝、一応仕事の日なので、命は決まった時刻に起きると、使用人達の朝礼に参加した。ここでも光の神子の孫の話題で持ちきりで、料理長からは好物は何だ朝食はどの位用意すればいいだろうかと相談されたので、食べ盛りだから何でもたくさん食べるはずと命は助言した。そして先輩メイドからは恋人だと聞いたが、どこまでやってるのかと下衆な質問をされて久々に顔を赤くしてしまい、からかわれた。
そして命はメイド長からは客人に観光案内をする旨と、三時までに帰ってくるように指示されて、接待費用を受け取った。これで名所の入場料と食事代、お土産代などを賄うことになる。領収書もしっかりもらうよう言い聞かされたので、命は気を引き締める。
おそらくトキワは伯爵とエミリアと共に朝食をとっているだろうと予測した命は、先に食堂で朝食を済ませると、出掛ける準備をすることにした。
昨夜髪が濡れたままで寝てしまったせいで、コンディションの悪い髪の毛にため息を吐きながら、ウエスト部分に切り替えがある黒のロング丈のノースリーブワンピースを着た。学校ではパンツスタイルか実習服がほとんどで、屋敷ではメイド服だったため、久しぶりの女の子らしい服装だ。首にはいつものペンダントを付けてから、呼び出されるまで銀食器を磨いて待っていた。
「命、エミリア様がお呼びになってるわ。エントランスまで来て」
先輩メイドに声をかけられた命はちょうどきり良く磨き終わった銀食器を棚に直し、道具を片付けると、エミリアの待つエントランスへ向かった。
「お待たせしました」
エントランスに着いて命はお辞儀をする。そこにはアンドアナム伯爵とエミリアにクラーク、そしてトキワが集まっていた。
「ちーちゃんおはよう。今日も可愛いね」
「おはよう、ありがとう」
夜からほったらかしだったので機嫌が悪いと思っていたが、トキワはご機嫌で命を褒めてきた。
「命、トキワさんはアンドレアナム家の大切な客人だから丁重にもてなしてね」
「承知いたしました」
「馬車を用意してある。帰りも所定の場所に迎えに来させるからそれを使え」
大切な客人をもてなすためにクラークは送迎の馬車まで用意しているらしい。随分と気に入られたものだと、命がトキワを見やると、手を握ってきた。
「お心遣いありがとうございます。それでは行ってきますね」
「行ってまいります!」
トキワは命の手を引き外に出ようとしたので、命は慌てて主人達に頭を下げて馬車へと向かい乗り込んだ。
「やっと二人きりになれたね」
トキワは音を立てて何度も頰や額、首筋と命に口付けて来る。今がチャンスだと思い、命はがっつき気味のトキワの胸を押しやる。
「ま、前から思っていたんだけど、人前でこういう事するのやめて欲しいの」
「こういう事って?」
「……キスしたり、イチャイチャする事。恥ずかしいからやめて?」
先輩メイド直伝の上目遣いを駆使して、懇願する命に対してトキワは一旦動きを止めたが、今度は唇に口付けて来た。
「んっ…ちゃんと話を聞いて!」
「聞いてる。二人きりの時はいいんでしょ?じゃあ今の内にたくさんしておかないと」
果たしてわかってくれたのか、命は疑いの眼差しを向けながら、口紅がついてしまったトキワの口をハンカチで拭い、自分も化粧直ししようと思ったが、またされたらやり直しなので後にした。
馬車に揺られて二十分程すると、大きな動植物園に辿り着いた。じつはヒナタが喜びそうだからと、命は祈たちと行こうと考えていた場所だった。
「こんなとこ初めて来た」
物珍しそうに辺りを見回すトキワがなんだか可愛くて、命は連れてきた甲斐があったと思った。早速受付で入園料を払い園内を散策した。水鏡族の村で見かける野生動物といえば、野ウサギや野鳥にリス、猪に狐と狸、鹿に熊くらいだ。あとは動物ではないが魔物といったところだろうか。
学園都市なので研究目的もあり、動植物園には様々な国の動物や植物が展示されている。トキワは手を繋ぐのはセーフだろうと命の手を指を絡めて握り、動植物を楽しんでいる。命も来たのは二回目だったので、新鮮さはまだ残っていた。
「あ……」
次の展示はゴリラだった。命は一昨日暴漢からゴリラと呼ばれた事を思い出し苦い表情を浮かべた。
「どうしたの?」
問いかけながらトキワは命の髪の毛に口付けようとしたが、馬車での約束を思い出して寸止めにした。
「私ってゴリラに似てるかな?」
「えー?全然似てないけど?ちーちゃんはそうだな、ウサギかな。バニーガールとか絶対似合いそうだし」
これでフォローしているつもりなのだろうか?彼もそういう事に興味を持つ年頃になったのだなと思いつつ、とりあえずゴリラではないから良しとして、命は順路を進んだ。
昼食を挟みつつ、一通り園内を周り終えると約束の三時まで一時間を切ったので、命は実とヒナタ、そして生まれてくる祈のお腹の子にと土産に小さなパンダのぬいぐるみを買うことにした。これは個人的な買い物なので、自分の財布から支払うと袋に入れてもらう。
「俺も一応買っとくか」
面倒くさそうにトキワもパンダのぬいぐるみを手にした。母親にでも贈るのだろう。
「あ、じゃあ接待費用から出すよ」
「そんないいのに」
「まあまあ、トキワはアンドレアナム家の大事な客人なんだから。じゃないと私が叱られる」
命は販売員に領収書を発行してもらう形でパンダのぬいぐるみを購入すると、袋に入れてもらいトキワに手渡した。
「ありがとう」
「お母さん喜ぶといいね」
もう随分と顔を合わせていないが、パンダのぬいぐるみを持って楓が照れ臭そうにする姿を想像して、命は微笑む。
「いや、これは妹にあげるやつ」
「え?妹!?」
トキワに妹がいたことは命にとって初耳だった。手紙に書いてなかったし、少なくとも三年前にはいなかった。しかしトキワの両親は若いので、あり得ない話ではなかった。
「先月に妹が生まれたんだよね。おかげで家は子守でおおわらわだよ」
「そうだったんだ。おめでとうお兄ちゃん。今度会わせてね!名前は何ていうの?」
「旭」
トキワの妹なら絶対可愛いに決まっている。命は帰郷後の楽しみが増えて、自然と頬が緩むのだった。
そして二人は約束通り三時頃に無事アンドレアナム邸に到着した。
「おかえりなさいトキワさん、命。待っていたわ」
何故か複数のメイドを従えたエミリアが出迎えたので、命はお辞儀をして挨拶しようとしたが、先輩メイド二人に両腕をがっちりと掴まれてた。
「え?何ですかいきなり!」
状況が全くわからない命は周囲に問い掛けるが、返事は無く、されるがままにエミリアとメイド集団に連行されてしまった。




