96歪んだ愛6
屋敷に着くとアンドレアナム伯爵が仕事を切り上げて門の前で待ち構えていた。
「お父様!!」
娘であるエミリアは伯爵に抱きついて再会を喜んだ。2人の美しい父子愛に命は少し涙ぐんでいると、トキワが優しく頭を撫でてきた。
「君も無事でよかったよ。ところで隣にいる少年は水鏡族かね?」
「はい、彼は私の…その…」
伯爵の問いかけに、命はそういえば自分とトキワの関係てなんだろうと今更思った。ここはスマートに義兄の弟子とでも言おうとしたら、トキワが命の肩を引き寄せた。
「初めまして、トキワと申します。命とは恋人同士です」
目上の伯爵の前でも物怖じせずにトキワは堂々と命が恋人だと言ってのけた。命は初めて名前を呼び捨てで呼ばれて気恥ずかしさがあったが、ちゃんと恋人同士だったんだと、どこかほっとしていた。
「そうでしたか。彼女にはいつも一生懸命働いてもらっているんですよ。さて、立ち話もなんですから屋敷でお話を聞きましょう」
アンドレアナム伯爵はそう言って、トキワを応接間まで案内した。エミリアとクラークも続く。命は一旦伯爵達にお茶を出すために別行動を取ろうとしたが、トキワがガッチリと手を離さなかったため、他のメイドにティーセットだけ持ってきてもらう事となった。
命がお茶を淹れている間、エミリアとクラークがこれまでの経緯を説明した。アンドレアナム伯爵は激昂してスカビオサ家への抗議を決めた。
「トキワさん、この度は本当にありがとうございました。こちらにいる間、屋敷で自由に寛いでくださいね」
一方で伯爵はトキワを今回の事件で助けてくれたことに感謝する。
「本当に感謝してもしきれませんわ。ねえお父様、トキワさんは素晴らしい魔術師なのよ。暴漢達を一斉に宙に浮かせましたの」
「ほう、それは凄い。普通の魔術師がそんな事したら国立魔術師のトップになれるぞ」
「一応釘を刺しておきますが、水鏡族がみんなあんな魔術を使うわけじゃありませんからね。彼は水鏡族でも特殊な銀髪持ちで、且つ光の神子の孫だからですよ?」
「なんですって!」
「彼が光の神子の孫だと!?」
エミリアとアンドレアナム伯爵はトキワが光の神子の孫だと知ると、声を上げて驚いた。そして命はそういえば話してなかったことに気がついた。
親子は目を輝かせ、崇め平伏しそうな勢いでトキワに注目した。
「言われてみれば執務室にある光の神子の肖像画と神々しい雰囲気が似ている!」
「ええ確かに…そうだわ!お父様、トキワさんにお爺様に会って貰いましょう!そうしたらお爺様も元気になるわ!」
「俺ってばあちゃん似だったんだ…」
大盛り上がりのエミリアと伯爵にトキワは若干引きつつも、自分が祖母に似ていると言われた事に戸惑っていた。
「私的にはやっぱトキワはお父さん似だと思うけどね。そうじゃなきゃ助けてくれた時気付かなかったかも」
成長したトキワの顔はベースはやはり父のトキオだったが、銀髪とどこか浮世離れした雰囲気は母の楓譲りだと命は感じた。
「改めてトキワさん、お爺様に会って頂けますか?」
エミリアの頼みにトキワは断らないか、いやいや期は健在なのかと命は冷や冷やしていた。
「滞在期間中でちーちゃんと一緒ならいいですよ」
トキワはすんなり承諾して父子を更に喜ばせた。
「ありがとうね、トキワ」
命が小さな声で感謝を伝えると、トキワは柔らかく笑みを浮かべた。
その後アンドレアナム伯爵は早速前当主の予定を確認して、会うのは明後日となった。そして夕食の時間となりトキワはアンドレアナム家からの感謝の気持ちとして贅の限りを尽くした食事が振る舞われた。食べ盛りの為、トキワは難なく平らげて周囲を驚愕させた。
「水鏡族の方は食欲旺盛ですのね」
「ただの食べ盛りです。あの、私も一応水鏡族なんですけど…あんなに食べませんよ?」
一緒に食事をしていたエミリアの感想に、命はこのままではアンドレアナム家の水鏡族の印象が変わってしまうのではないかと危惧して補足した。
食後、命はトキワを客室に案内してから、仕事が残っているからと言い訳して置き去りにした。エミリア達との日課であるお茶会は色々あったし、エミリアの体調とクラークの怪我を考慮してお休みとなった。
「ごめんなさい命、そもそも今日はあなたの卒業祝いの予定でしたのに…」
「お気になさらないで下さい。今夜はゆっくり休んで、また明日一緒にお茶しましょう?あ、クラークが戻ってきたみたいね。それではおやすみなさいませ」
命はエミリアの部屋を後にして自分の部屋に戻ろうとしたところで、メイド長に声を掛けられて命の無事を喜んでくれた。そして現在使用人達の間で光の神子の孫について話題が持ちきりだと言われて、命は苦笑するしかなかった。
そしてようやく部屋に戻ると、またも時間が無かったのでシャワーで済ますと、今日は髪の毛を乾かす余裕もなく、ベッドに潜り込んで疲労した身体を労ることにした。




