95歪んだ愛5
その後しばらくして、警察と共に杖をついたクラークが怪我を押して駆けつけてきた。警察に事情を説明して、ヴィンセントとゴロツキ達を突き出してから、命達は馬車で屋敷まで戻る事となった。
「それで、何でここにいるの?」
トキワの事を説明したら、クラークはエミリアの恩人だからと一緒に馬車に乗る事になったので、命は馬車の中で事情を聞く事にした。
「えーと、簡単に話すと、師匠たちがちーちゃんを迎えに行けなくなったから代わりに俺が迎えに来た」
「どういうこと?お姉ちゃん達に何かあったの?」
祈達の身を案じた命は、隣にいたトキワに詰め寄る。
「じつはちーちゃんを迎えに行く前日に、祈さんがおめでただってわかって、代わりに誰が行くかみんなで揉めてた所に俺が顔を出したら、師匠にちーちゃんを迎えに行ってこいって言われた」
とりあえず怪我や病気じゃ無かったことに命は安堵のため息をついた。エミリアは祈の懐妊を祝福してくれた。
「それにしても着くの早すぎない?普通に行けば明後日着くはずよ?」
水鏡族の村から学園都市までは、港町から出る蒸気機関車を乗り継いで一週間は掛かるはずだ。それなのにトキワはわかっている時点で二日早く着いている。
「修行がてら汽車に乗らずに飛んで行けって師匠に言われたから、そうしたら昨日の夜に着いた」
まさかの三日前に到着していたトキワは簡単に言ってのけているが、膨大な魔力が無ければそんなことは出来ない。エミリアとクラークも信じられないといった表情をしている。
「水鏡族の人ってみんなこうなの?」
「いいえ、そんな事をやってのけるのは彼みたいな銀髪持ちの人間だけですよ」
エミリアに説明しながら、命はなんとなくトキワの髪の毛に触れると、トキワは嬉しそうに命の手を取って、愛おしげに頬擦りしてきた。図体が大きくなっても相変わらずのトキワに、気まずそうに命は俯いて顔を赤くした。
「そういえば、私が誘拐された現場によく駆けつけられましたわね。町外れだし、土地勘が無い方がとても来る場所ではないわ」
エミリアの疑問に命は確かにそうだと思った。何故トキワはあの場所にいたのだろうか。
「朝からアンドレアナム邸の外からずっとちーちゃんを見守っていたから、そのまま着いてきただけです」
「いつの間に!まさかお昼に中庭で感じた気配ってトキワだったの?」
「多分そう。ちーちゃんの仕事ぶりが見たくって。メイド服とても似合っていて可愛いね」
てっきり暴漢関連だと思っていた命は意外な犯人に脱力する。
「水鏡族の男性て情熱的ですのね」
さっきから命にデレデレのトキワを見て、エミリアは率直な感想を述べた。
「多分この人だけです……」
「まあそうなのね、でもトキワさんが夢中になるのもわかるわ。命ってとても可愛いもの」
エミリアが命を可愛いと褒めると、トキワは取られまいと命を抱き締めてエミリアを牽制した。
「あらごめんなさい勘違いさせてしまったわ。安心して、私には夫が、クラークがいますのよ」
トキワに触発されたのか、エミリアは隣のクラークの腕にしがみつき、にっこり微笑んだ。クラークは照れ臭そうに窓から見える風景に視線を移した。
「ところでトキワさんの宿泊先はどちらなの?もしよろしければここにいる間、アンドレアナム家の客室に滞在されてはいかが?」
「ありがとうございます。でも宿をキャンセルするのは気が引けるのでお気持ちだけで結構です」
「それならばアンドレアナム家から使いを出して話をつけておこう。あなたはエミリア様の恩人だ。丁重に扱うのが妥当だ」
エミリアの事になると仕事が早いクラークらしい采配だ。果たしてアンドレアナム家の人間はトキワを見て一体どれほど驚くのか。よく考えたら当家の大恩人である光の神子の孫だから崇められる可能性もあるかもしれない。
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えますね」
そう言ってトキワはこれで命とずっと一緒にいられると言わんばかりに甘い眼差しを命に向けてきた。
「ちなみに私は明後日までメイドの仕事だから構ってあげれないよ?」
観光なら一人で行けと命は暗に伝える。仕事は最後まで責任を持ってやるのが彼女の流儀だった。
「そうだったわね。じゃあ命、明日はアンドレアナム家の大切な客人をもてなす仕事をお願いするわね。私服で観光案内をして差し上げて」
エミリアが口にしたのは要はトキワとデートをしてやれという命令だった。
「ありがとうございますお嬢様。久々のデート楽しみだね、ちーちゃん」
意図が伝わったトキワはエミリアにお礼を言うと、ご機嫌で命の頰に口付けた。
幼い時から変わらないトキワの人前でキスしてくる癖をいい加減に直さなければならない。命はぐっと羞恥に耐えると、心の中で固く誓った。




