93歪んだ愛3
息を切らしながら命が辿り着いたのは、町外れの荒廃した屋敷だった。長い間人が住んでいないのだろう。命が門に手をかけると、門が外れてしまった。外れた門を八つ当たりするように投げつけて、命は敷地内に侵入した。
「遅かったじゃないか」
屋敷の前にある枯渇した噴水広場で待ち構えていたのは、スカビオサ家長男のヴィンセントだった。予想通りの黒幕に、命は鋭い目つきでヴィンセントを睨みつけた。
「エミリアお嬢様は?」
命がエミリアの所在を要求すると、ヴィンセントは従者らしき男に指示をして、従者は屋敷に入っていった。しばらくするとぞろぞろとゴロツキが十人ほど現れた後に、体を縄で縛られ、猿轡され、怯えた目をしたエミリアが姿を現した。両脇には筋肉隆々の大男が二人控えている。
「あんたら馬鹿なの!?あんなに強く縛ったらエミリアお嬢様の身体に傷がつくじゃない!」
命が駆け寄ろうとすると、大男達が立ちはだかりエミリアの姿を隠して手を出せない状況にされた。
「要求通り一人で来たのは褒めてやる。だが元婚約者殿を解放するには他にも条件がある」
「ああ?」
更なる解放条件を提示しようとするヴィンセントに、命は憤怒の感情に任せてドスの利いた声を上げる。
「今から服を脱いで裸になれ。そして俺に跪き、永遠の愛を誓え。下品な女には容易いことだろう?」
「はああ!?何それ頭おかしいんじゃないの?エロ本の読み過ぎでしょ!」
年頃の女性にとって屈辱的な条件に、命は恥じらいを通り越して呆れてヴィンセントを罵った。
「今のお前は文句を言える立場じゃないだろう。大体これまでもこの俺がお前を見初めてやったというのに、袖にしやがって!第一なんだその口の聞き方は!?」
「見初めたから愛人にするなんてありえないから!それにあんたは今までエミリアお嬢様の婚約者だったから、丁寧語で接しただけだから。今はただの変態でしょ?丁寧な言葉を使うわけないじゃない!?」
声を荒げて話すヴィンセントは大きく深呼吸して咳をした。命も短く息を吐く。
「いいから早く脱げ。さもないとあの女をあいつらに犯させるぞ!」
ヴィンセントの発言にゴロツキ達は下品に笑った。命もエミリアも顔を強張らせる。
「本当に最低な男……わかった脱げばいいんでしょう?ただしエミリアお嬢様だけを銅像の近くに置いて。そうしたらすぐ脱ぐわ。ね、お願い」
命は噴水の左側にある銅像を指差して、先輩メイド直伝の媚びた声で懇願した。
「仕方ない。それくらいなら聞いてやろう。おい!」
媚びが多少は効いたらしく、ヴィンセントが従者に指示してエミリアを銅像の前に連れて行くと、一人だけにした。
「これでいいだろう、さあ脱……っ痛!!」
命は手始めに右足の靴を脱ぐと、ヴィンセントの顔目掛けて投げつけた。靴は見事に顔に当たり、ヴィンセントの額は赤くなっていた。
「この売女が!!何しやがる!」
「要望通り脱いでるのよっ、と!」
次いで左足の靴を脱ぐと、今度は従者に投げた。すると頭にヒットして、打ちどころが悪かったのか従者は倒れた。そして片足を軽く上げ、靴下を左右それぞれ脱いで、裸足になってからヴィンセントに服を脱ぐ意思を示した。
「もたもたするな」
「一気に脱ぐなんてムードがないでしょう?」
腰のリボンを解き白いエプロンを取って、命は不安そうに見つめているエミリアに大丈夫だと笑って見せると、ワンピースのファスナーを下ろし袖から脱いで、ワンピースをストンと落とした。それにより上はドレスシャツ、下は膝丈のドロワース姿になった。
「なんだその色気がない下着は!普通はランジェリーとガーターだろうが!」
色気がない命の下着事情にヴィンセントは不満を示した。命は汚い物を見るような目で一瞥してから、ワンピースを畳んだ。この格好なら身軽だし、不意打ちで魔術を使いエミリアの元へ行けるはずだと計画した命はシャツのボタンを思わせぶりにゆっくり外すと、指が銀の天然石のペンダントに触れた。
「トキワ……」
誰にも聞こえない位の小さな声で大好きな人の名前を呟いて勇気をもらうと、命はエミリアの様子を窺いながら頭の中で自分の持つ魔力でギリギリ使える強力な術式を構成し始めた。
「うわぁああ!」
急にヴィンセントを始めとする男達の喚き声が聞こえて顔を上げると、何故か全員が一メートル程の高さに浮いた状態になっていた。
エミリアに注目していたので、一体何が起きたのか命には分からなかったが、術式の構成を止めてエミリアに駆け寄り抱き上げると、男達から離れ、縄を解いた。
「命っ!」
「エミリアお嬢様!」
二人は抱き合い互いの無事を喜んだ。しかしこの状況はまだ油断が出来なかった。恐らく男達を浮かせているのは高等な魔術によるものだ。命は辺りを見回し、術者を探すとエミリアがいた反対側の銅像の死角から外套のフードを真深くかぶった魔術師の男が姿を現した。




