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92歪んだ愛2

 後わずかしか学園都市にはいられないというのに、命は祈たちが迎えに来るまでアンドレアナム家に篭る事となった。


 とはいえ、メイドとして働くのは明後日までだったので、午前中命は先輩メイド達のオトコの悦ばせ方という過激な談義を聞きながら、一緒に銀食器を磨いた。初めて聞いた時は命は恥ずかしくて顔が赤くなってしまいからかわれていたが、三年も経つと顔を赤くするどころか、気になる点をズカズカと質問して、先輩メイド達をタジタジにさせた。

 

 昼食をとってから午後からはエミリアの側仕えを勤める為に中庭を歩いていると、視線を感じた。命は辺りを見回すが、使用人以外で肉眼で確認できる範囲に不審者はいない。


 もはや敷地内にも入り込んで来たのかと、命は舌打ちをすると、危険が及んでないか心配になり、エミリアの元へ急いだ。


 エミリアの部屋に入ると、エミリアはクラークと仲睦まじく談笑していたので、命は胸を撫で下ろした。そして不審者が屋敷内にいる可能性を報告した。


「こうなるとお前一人の問題じゃなく、アンドレアナム家自体に恨みを持っている可能性もあるな。旦那様に相談してギルドで警備を雇うか……」


 結婚後もエミリアの執事を続けるクラークは燕尾服姿で手帳を開くと、アンドレアナム伯爵のスケジュールを確認している。


「敵の正体が分からない今、知らない人間を屋敷に入れたら紛れ込んでくるかもしれない」

「既に使用人が買収されている可能性もあるな」


 クラークの推測にエミリアは不快感を示して、眉間にシワを寄せた。


「口を謹みなさい。うちの使用人がそんな下劣な真似をするわけありません!」

「申し訳ありません。エミリア様」


 滅多に怒らないエミリアが怒ると中々の迫力だった。クラークは動じないものも、すぐ様頭を下げて謝罪した。


「エミリアお嬢様は私たちを信じて下さってるのですね。ありがとうございます」


 アンドレアナム家の使用人達の待遇はとても良く、辞める者も少ない為、命のような下宿生以外は皆、勤続年数が十年を超えていた。そんな人間達が裏切るような真似をする気がしなかった。


「そうだ、私わざと一回捕まってみましょうか?そしたら犯人の所に行けるし!」


 手を合わせて思いついた作戦を命が口にすると、エミリアは更に顔を険しくさせた。


「命、あなたはどんなに強くても女の子なんだから、もっと自分を大切にしなさい!あなたに何かあったら私……」


 次第にエミリアはエメラルドグリーンの瞳を潤ませて、涙を流し始めた。命は慌ててエミリアを抱きしめようとしたが、先にクラークがハンカチで涙を拭ってから肩を寄せた。


「ごめんなさいエミリアお嬢様……」


 心配するエミリアを泣かせてしまった罪悪感から命は謝罪をすると、両手でエプロンの裾を握りしめて、顔を俯かせた。

 

 最悪の空気だった。命はこのまま祈達と村に帰ってから、アンドレアナム家に何かあったら、悔やんでも悔やみきれない。しかし事件は完全に手詰まりだった。


 三時になるとエミリアとクラークは贔屓にしている仕立て屋で、新しいドレスの採寸と打ち合わせの予約があったので馬車に乗り出掛けて行った。命も同行したかったが、屋敷で大人しくしてるように言われて、断腸の思いで二人を見送った。


 手隙になった命はメイド長に何か手伝うことがあるかと尋ねると、調理場でじゃがいもの皮剥きを頼まれたので、一心不乱にじゃがいもの山と格闘した。


 じゃがいもの皮剥きを終えた命は一息ついて、時計を見ると、そろそろエミリアが帰ってくる時間だった。立ち上がり服についたじゃがいもの皮を捨てて、命は出迎える為に屋敷の門へ向かった。


 門番と連日の暴漢について意見を交わしていると、前方から二つの人影が見えた。次第に近づいて来て、クラークが馬車の馭者に支えられて足を引きずっているのが確認できた。クラークの衣服は乱れ、所々出血している。馭者も頭から血を流している。


「いったい誰がこんな事を……エミリアお嬢様はどうしたの!?」


 エミリアの姿が見当たらないことに気付いた命はクラークを責めるように問いかけた。


「仕立て屋の帰りに、複数の暴漢に襲われ……て、エミリア様が誘拐され……た」


 敵の狙いは命じゃなくエミリアだった。クラークの言葉に命は血の気が引いた。自分が一緒にいれば誘拐なんてさせなかったのに。今悔やんでもどうにもならない。


「それ何?」


 クラークの胸ポケットに手紙がねじ込まれていることに気がついた命は、手紙をひったくり中身を確認すると、投げ捨てて、怒りで短く叫びスカートを翻して走り出した。

 

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