91歪んだ愛1
六月の上旬、無事医療学校を卒業した命は卒業式の後同級生達と送別会をした帰りだった。別れを惜しみつつ、命は下宿先のアンドレアナム伯爵邸を目指す。
あともう少しで屋敷が見えて来る頃、背後から気配がして振り返ると、覆面をした三人組の男達が命に襲い掛かってきた。命は鞄を振り回して牽制してから、まずは一番背の低い男を蹴り飛ばした。次に太った男の首の後ろを拳で強く殴り失神させ、残った痩せ形の男の鳩尾を抉って投げ飛ばした。
「この女、ゴリラかよ!」
まだ意識があった背の低い男の言葉にカチンと来た命は男に歩み寄り股間を蹴り上げた。そして三人の男達のベルトを外し男達をベルトで緊縛して、身動きを取れないようにすると、鞄を拾ってアンドレアナム家まで走り、門番に暴漢がいたと報告して、警察に通報してもらった。
「またですの?」
不安げに目を伏せてエミリアは紅茶を飲む。春にクラークと結婚式を挙げたので、左手の薬指には指輪が光っている。
警察に事情を話した後、今日はメイドの仕事は休みだったが今回の件でエミリアに呼び出され、急遽夜のお茶会になった。
ここ一週間命は毎日のように暴漢に襲われていた。最初の三日は暴漢は一人だけだったが、命が返り討ちにしていく内に二人になり、今日は三人となった。暴漢達は毎回逮捕されていくので違う男達だが、素性はその日暮らしの人間で、命を襲った理由は強姦目的の一点張りの為、警察の捜査は難航していた。
「やっぱり護衛をつけた方がいいわ。いくら命が強いからってこのままじゃ危険だわ」
悲痛な表情を浮かべるエミリアの手を取り、命は首を振った。
「私は大丈夫です。今日もバッチリ締め上げましたから。それに本日無事医療学校を卒業しましたので、家族が迎えに来るまでは屋敷の中で大人しくしています」
三日後には姉家族が旅行がてら命を迎えに来てくれる事になっている。レイトと祈がいれば観光中襲われても、難なく対処出来るだろう。
「そうだったわね。命、卒業おめでとう。寂しくなるけど嬉しいわ。明日はささやかだけどお祝いに夕食をご一緒しましょう?」
「ありがとうございます。エミリアお嬢様」
エミリアの祝福の言葉に命は表情を和らげた。彼女の笑顔を後少ししか見ることができないと思うと、胸にこみ上げて来るものがあったが、なんとか堪える。
「しかしここまで襲われてるとなると、怨恨の線が濃いな。お前の場合あのヴィンセントが関わっている様な気もするが」
クラークの推理に命は頷く。三年間ここで過ごして恨みを買った心当たりは、エミリアの元婚約者のスカビオサ家の長男ヴィンセントぐらいしか思い当たらなかった。彼は命に対する侮辱によって、エミリアとの婚約は解消になり、さらに伯爵の後継者候補から外れてしまったという。
「だと思うけど、証拠が無くて困ってる。試しに暴漢の胸ぐら掴んで問い詰めてみたこともあるけど、間に何人も挟んでお金もらってやってる感じかな」
命は腕を組んで思考を巡らせるが、時計と目が合い、残りの紅茶を飲み干した。
「とりあえず今夜は新婚さんの邪魔をするのも悪いですし、これで失礼します。おやすみなさいませ」
命は立ち上がりお辞儀をすると、エミリアとクラークの部屋を出た。自室に戻ると使用人の共同風呂の湯船に浸かる時間は無さそうだったので、備え付けのシャワーで汗を流してから、下着姿でベッドに腰掛けて、タオルで髪の毛の水分を入念に取っていく。
「お義兄さんやトキワにしてもらったら、あっという間に乾くのになー」
エミリアの髪の毛は風魔石を使った高価な魔道具で髪の毛を乾かすから、いつも艶のある美しい髪を保っているが、命のような使用人は流石に使えず、気付けば枝毛が増えて来たので、命は卒業式に合わせて先日美容室へ行き、髪型をボブショートにした。村に戻ったらまた伸ばすつもりだ。
そんな風にぼんやりと村に帰ってからのことを考えながら命はうとうとしてきたので、ネグリジェに着替え、ベッドに横になると、目を閉じて眠りについた。




