90充実した夏休み8
「……それで残念ながら、ブーケはゲットできなかったんですよー!」
命が里帰りを終えてから、最初のエミリアとクラークとのお茶会は南とハヤトの結婚式の話題が中心だった。
結婚式の後の立食パーティーのイベントでブーケトスが行われた際、ブーケはせっかく命がいる方向に飛んできたのに、隣にいた樹が超人的なハイジャンプでブーケを掻っ攫って行ったのだ。あの時の樹は肉食獣の様な眼光だったと命は回顧する。
「じゃあ、こっちの結婚式でもブーケトスはあるから、私の時は命の方に投げるわね」
エミリアの申し出に命は手を取り、目を輝かせた。
「ありがとうございます。その時までジャンプの練習を決して欠かしません!」
花嫁のブーケが永遠の憧れだった命は次こそはと、闘志に燃える。
「ふふ、挙式は来年の春予定だから、それまで頑張ってね」
たおやかに笑うエミリアの発言に命は目を見張った。彼女は半年前の婚約破棄以降、婚約者がいないはずなのに、来年の春に結婚式を行う……命にとってそれは初耳だった。
「えー!?そんな私のいない間にご婚約だなんて。相手は一体どこの馬の骨ですか!」
「命が言った通り、身分を気にせず、周りをよーく見たら、素敵な殿方がいたわ。私ったら、身近過ぎて全然気付かなかったわ」
以前避暑地で命が言った言葉をそのまま返すと、エミリアはクラークの横に移動した。
「まさかクラーク、あなたなの?」
狼狽る命の問いかけにエミリアはにっこり笑って、頷くと、クラークに甘い視線で目配せをした。二人が恋仲になればいいと、多少の妄想はしたが、まさか本当になると思わなかった命は夢でも見ている気分だった。
「旦那様はお二人の結婚を認めて下さったのですか?」
既に結婚式の予定日が決まっているという事は父親であるアンドレアナム伯爵が二人の結婚を認めた事になる。
「お父様は諸手を挙げて認めて下さったわ。元々私を他の家にお嫁に出したくなかったし、クラークみたいな優秀な方が婿入りするのは大歓迎だそうよ」
以前からアンドレアナム伯爵は貴族らしくないと思っていたが、ここまでとは思わなかった命は衝撃を受けつつも、二人の結婚が許されたのは嬉しかった。
「そうだったんですね、エミリアお嬢様、クラークおめでとうございます!末長くお幸せに」
クラークは口が悪いが優秀だし、何よりエミリアを大事にしてくれるから、これ以上ない相手だと命も認める。これならエミリアの事を心配する事なく、学校卒業後は水鏡族の村に帰れそうだ。
「あ、でもこれからは私がいると、イチャイチャするのに邪魔じゃないですか?」
神妙な面持ちで尋ねる命にエミリアは勿論、クラークまで顔を赤くした。
「だ、大丈夫だから!命とはあと少ししか一緒にいられないんだから!これからも三人でお茶会しましょう?」
あたふたしながらエミリアはお茶会の継続を宣言した。自分との関係を大事にしてくれるエミリアに命は感激して、残り少ない期間も引き続き、エミリアに尽くそうと心に誓った。
「ありがとうございますエミリアお嬢様、でもクラークの惚気と悪口を言う時は二人でお茶しましょうね!」
「それは素敵だわ。その時は命の彼の話も聞きたいわ。そういえば、こないだの帰省で会ったのよね?どうだったの?」
エミリアの問い掛けに命は寂しそうに笑い俯いた。
「会えなかったんです。なんか色々悩んでるらしくて、私に合わせる顔がないって。その癖、自分は遠くから私の様子を見てたみたいです」
帰省中何度か視線を感じて振り返るも、結局命はトキワの姿を捉えることは出来なかった。家族が言うには背も伸びたし、声変わりの最中だと聞いていたが、姿を見ていない以上、あまりにも変わっていたら、すれ違っても気付かないかもしれない。
「まあ、彼ならきっと乗り越えられる。私はそう信じてます」
トキワは自分との将来を真剣に考えてくれている。そんな彼を信じなくて誰が信じるんだと、命はそっとシャツ越しに銀色のペンダントに触れた。
あと少しでトキワに会える。その時自分も彼の隣にいても、恥じないような人間になりたい。命はそう決意すると、残りわずかな学生生活に改めて気を引き締めるのであった。




