88充実した夏休み6
南とハヤトの結婚式は神殿の一角にあるチャペルで行われる。案内板を横目に命は新婦控え室を訪ねると、清楚な水鏡族の花嫁衣装に身を包んだ南が幸せに満ちた表情でその時を待っていた。傍にはもう一人の親友の樹がいた。
「命!遠い所からありがとうね!」
部屋に入るなり、南は命の訪問を喜び歓迎した。樹も再会を喜び抱きついてきた。
「南、結婚おめでとう!私達先を越されちゃったね」
祝福の言葉を告げると、命は抱きついてきた樹と目を合わせて同意を求めた。
「私アスカ先輩と別れたから、命の方が結婚先かも」
「え、そうだったの。どうして?」
「浮気されたー!まあめでたい日にこの話は無しだよね、ごめん。新しい出会いに期待しよー!」
前向きな樹らしい言葉だが傷心に違いない。命は何も言わずに樹の背中を優しく撫でてやりながらも、もしトキワが浮気したらどうしようか頭に過ぎるも、浮かび上がったのはトキワが祈とレイトにボコボコにされる姿だった。
「その花嫁衣装、もしかして模擬挙式の時のをリメイクしたの?」
襟周りの装飾や胸やスカートの刺繍のデザインに見覚えがあったため命が訊くと、南は嬉しそうに頷いた。
「この衣装はみんなとの思い出がいっぱい詰まっているからね。ハヤト君の衣装も一部リメイクだよ。流石にサイズが合わなくて装飾部分しか使えなかったけどね」
模擬挙式以来ハヤトも成長期真っ只中だったこともあり、今では縦にも横にも大きくなっているらしい。
「ハヤトのやつ幸せ太りしてるんだよ。あとで笑ってやって」
そこまで樹が言うのだから相当なのだろう。命は彼との再会も楽しみにする事にした。
「そういえば、トキワくんにも結婚式の参列をお願いしたんだけど、断られちゃった」
南の口からトキワが話題に上がると思わなかった命は目を丸くした。お互い接点が命しかないと思っていたからだ。
「ほら私、激辛麺のお店で働いているじゃない?そしたら月に一回くらい家族で食べに来る常連さんなの」
そういえば南の就職先は激辛麺の店だと聞いていたが、命はそこからトキワとの接点が生まれることを考えもしてなかった。
「ごめんね、今トキワ色々拗らせちゃってて」
「ううん、私達が勝手に恋のキューピットだと勘違いして、親近感持ってただけだから気にしないで」
確かに模擬挙式にトキワが乱入したから離婚式の予定ではあるが、ハヤトが命と模擬挙式をしなかったおかげで今があると考えると、トキワはキューピットかもしれない。
「それにしてもトキワくん、すっごくカッコよくなったね!びっくりした!」
興奮気味にトキワの近況を語る南に命はそういえば育ち盛りだったなと今更気付いた。しかし当の本人を見てないので、いまいち共感が出来ず笑ってごまかした。
樹と新婦控え室を後にしてチャペルで挙式を待つ事にした。他の同級生達もちらほら参列していて、近況や思い出話に花を咲かせているうちに時間になった。
厳かな空気の中、新郎が入場してきた。緊張した面持ちのハヤトの腹囲は樹の言っていた通り幸せ太りなのか、ふくよかになっていた。命は話しかける機会があったらもう自分一人の体じゃないのだからダイエットをしろとどやしてやろうと決意した。
次いで南も父親と入場してきた。模擬挙式ではやらなかったが花嫁は父親と入場するのが定番だ。父親がこの世にいない自分は一体誰と歩けばいいのかと、命が最初に思い浮かべたのは義兄のレイトだったので、多分そうなるだろう。彼もきっとノリノリで引き受けてくれるはずだ。
命は南をじっと見つめた。今までで一番美しい南はベール越しでもわかる幸せそうな表情をしていて、命は感動で胸がいっぱいになった。隣の樹も同じようで、啜り泣く声が聞こえた。
式は滞りなく無く進み、融合分裂の儀式が執り行われる。命は優しく輝く二人の水晶のため息の出るような美しさにしばし見惚れた。そして誓いの口付けをドキドキしながら見守ると、ハヤトと南は夫婦として認められて、会場は盛大な拍手で沸いた。
挙式後は別会場で立食形式のパーティーが開催されるが、その前に二人の門出を祝うため、チャペルの外で参列者からフラワーシャワーのセレモニーが行われる。
白い花びらを一掴み受け取った命を始めとする参列者はハヤトと南が現れると、祝福の言葉と共に花びらを撒いた。
すると地面に落ちるはずの花びらが舞い上がり、新郎新婦と参列者を優しく包み込んだ。
「精霊の祝福だわ!」
どこからともなく昂った老女の声が聞こえた。聞き覚えのない言葉に命は首を傾げたが、老女は興奮気味に精霊の祝福について語り出した。
「これは奇跡に近い確率で新郎新婦の門出を気まぐれな風の精霊が祝福するの。祝福を受けた夫婦は一生添い遂げるのよ!」
老女の言葉に参列者達も盛り上がる。ハヤトと南もすごく嬉しそうだ。命は結婚式にはまたまだ知らない逸話が沢山あるのだなと感心しつつ、意味ありげに呟いた。
「気まぐれな風の精霊の祝福、か……」




