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86充実した夏休み4

「やっとここまで着いた……」


 エミリア達と避暑地の別荘で読書や刺繍にレース編み、ある時は乗馬や狩りにピクニックなどをして楽しんだ命は一人先に学園都市に戻り、水鏡族の村に里帰りをしていた。


 入学時は母の光と桜が一緒だったから話し相手に困らず和やかな旅だったが、今回は一人旅。退屈に耐えるべく命はエミリアに教わったレース編みを練習も兼ねて編んでは解く作業を繰り返して時間を潰した。お陰でレース編みが上達した気がするが、長時間の移動もあって、肩凝りに悩まされることとなった。


 そんな退屈と戦いながら七日目、遂に水鏡族の村最寄りの港町へ辿り着いた。懐かしい風景に命は少し涙ぐみながらも、迎えに来ているはずのレイトとの待ち合わせ場所に足を進めようとしたが、もしかしたらトキワも一緒かもしれないと思い、一旦化粧室で身だしなみを整えてから向かった。


「命ちゃん、久しぶり。元気そうだな」


 相変わらず立ち姿がかっこよく眉目秀麗なレイトに命は少しほっとして手を振った。見た所一人で来たようだ。

「お義兄さんも元気そうだね。今日は一人?」


 レイトは命の荷物を持ってやると、一つ頷いた。


「トキワも来ると思っただろ?」

「うーん、まあね。夏休みだし」


 考えていたことがレイトにバレて命は気まずそうに相槌をうつ。


「俺もそう思って声掛けたんだが、あいつ今なんか拗らせてるんだよ」

「風邪でも引いたの?」


 トキワが風邪をひくなんて最初に会った時以来だろうか。命が心配すると、レイトは否定するように手を振る。


「いやピンピンしてる。立ち話もなんだから、帰りながら話す。因みに今日は本当に獣道でいいんだな?」

「うん、そのつもりの服装だし、長時間の移動で体が凝り固まっちゃった。それに向こうじゃあまり運動出来ないから鈍ってるの」


 流石にアンドレアナム家の敷地内で戦闘訓練が出来なかった命が出来た運動は部屋での筋トレぐらいだったので、重点的に続けた結果、腹筋が割れてしまったことを密かに後悔している。


 弓を使ったのも先日の狩り位だ。幸い精度は下がってなかったが物足りなさを感じていた。


 レイトのエスコートで水鏡族御用達の獣道へ向かう。行きがけにレイトがある程度の魔物を倒したと言っていたがそこは獣道、魔物は続々と出現した。レイトは片手に命のトランクを持っているにも関わらず、軽く殴ったり蹴ったりと、武器さえ持たずに魔物を排除していく。命も負けじと弓で魔物を射抜く。


「トキワの話の続きなんだが、あいつ学校の進路希望で命ちゃんと結婚するって書いて担任教師に指導されたらしいんだ」

「それって小さい女の子がお嫁さんになりたいて書くようなものじゃないですか」


 呆れながらもトキワらしいと思いつつ、命は笑いながら水の刃で襲いかかってきた魔物をなぎ払う。


「それな!っと……」


 レイトはかまいたちを起こし、前方の魔物の群れを一掃すると、魔物の気配は無くなった。


「一応その後色々考えて親父さんみたいに役場で働きたいていう事になった訳だが、同じ集落の役場の中で近親者と一緒に働く事が出来ないらしい」


 肩を回しながら命はレイトの話に耳を傾ける。自分との将来の為に本気で仕事を探しているトキワに命は嬉しい気持ちと、少しむず痒い気持ちになった。


「そしたらトキワの奴、命ちゃんとの結婚を前提に西の集落に引っ越すつもりだからそっちの役場で働きたいと主張したんだが、役場の採用試験を受けられるのはその集落に三年以上住んでる人間限定らしくて、役場勤務の野望はあえなく撃沈だ」


 進路が前途多難なトキワがなんだか可哀想になった命は再会したら、思いっきり頭でも撫でて励ましてやろうと考えた。


「現在必死で希望の仕事を探しているんだが、中々見つからないらしくて大分煮詰まっている。そんな中で命ちゃんが里帰りする話が舞い込んできて喜ぶと思いきや、合わせる顔がないって、命ちゃんが着く前に港町のギルドで依頼受けて出て行った。な、拗らせてるだろ?」


 今回の里帰りでトキワと会う事は楽しみの一つだったので、命は寂しい気持ちになる。


「何それ、拗らせ過ぎだよ。あーあ、会いたかったなぁ」


 珍しく素直な気持ちを口にしてから、命は魔物の気配がしたので振り返り、蹴りを喰らわせ至近距離から水の矢を射てとどめを刺すと、大きく肩を落とすのだった。




 

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