84充実した夏休み2
「お前、ふざけてるのか?」
昼休み、トキワが呼び出されてからの教師の第一声だった。
朝のホームルームで担任の若い男性教師から来年学校を卒業してからの進路を考えて提出するよう言われたが、他の生徒が家業を継いだり役場に勤める、港町で就職する、そして冒険者になるなど、具体的な希望を出す中で、トキワはちーちゃんと結婚する♡と書いた所、職員室に呼び出しを食らってしまったのだ。
「ふざけてません。本気です」
真っ直ぐな眼差しを向けるトキワに教師は頭を抱える。
「えーと、ちーちゃんというのは……苺の事で合ってるか?それならそっちも呼んで本当に結婚するか確認するが…」
教師はクラスでちーちゃんという愛称で呼べそうなのは苺しか思いつかなかった。しかしこれまで担任として二人を見てきたが、親密そうな雰囲気はまるで無い。おそらく裏で乳繰り合っていたのだろうと判断して、トキワの反応を窺うと、お前は一体何を勘違いしているのだと言わんばかりに冷たい目をしていた。
「違うのか、はいはいすまんな間違えて。それでそのちーちゃんは本当に実在する人間の女の子なんだよな?」
「は?当たり前じゃ無いですか。ちーちゃんはめっちゃ可愛い女の子です」
誇らしげに胸を張りトキワは命を自慢するが、教師には響かず、このままだと保護者を交えて話し合う案件かもしれないと悩み出していた。
「わかった。お前がそのちーちゃんと結婚する事を前提に話を進めよう。結婚したとして住まいはどうする?」
「現在マイホーム資金を貯めていますが、来年までには間に合わなさそうだから、ちーちゃんの仕事場から近い場所に家を借ります」
この位の年になるとギルドで小遣いを稼ぐ生徒は多々いるが、まさかマイホーム資金を貯めている生徒がいるとは思わず教師は驚く。
「ちーちゃんはお勤めしてるということは、歳上の女性なんだな」
なんかややこしそうだと思った教師はメモを取る。現時点でちーちゃんのイメージがまるで沸かなかった。
「先生、さっきからちーちゃんを馴れ馴れしく呼び過ぎです。彼女か婚約者に変えてください」
「はいはい。じゃあ彼女って呼ぶわ」
教師のちーちゃん呼びに不服を申し立てるトキワに一々反応するのも、めんどくさくなったので教師は黙って従う。
「それでお前は何をして生活費を稼ぐんだ?まさか彼女に養ってもらうわけじゃないだろう?」
「当たり前じゃないですか。仕事も家事も出来る限りちーちゃんに負担をかけさせません……そうか。結婚したら仕事を見つけなきゃいけないのか」
ここでようやくトキワは結婚後の職業、つまり進路を考えなければいけない事に気がついた。
「そうだぞー。結婚したら奥さんだけじゃなく、子供が生まれたら養わないといけないんだから、出来るだけ安定した仕事を探せ。何か思いつくものはあるか?」
トキワの進路問題を解決すべく、教師は希望を聞いてみた。
「えーと、ギルドに登録してるし冒険者が一番手っ取り早いのかなと思いました」
「おお、いいじゃないか。お前ならクラスでも戦闘能力が飛び抜けて秀でてるから生活には困らないだろう」
この調子なら昼休みまでに解決しそうだと教師は安堵してコーヒーを口にした。
「でも冒険者になると時間が不規則で毎日家に帰れないかもしれない。そうなるとちーちゃんと毎日イチャイチャ出来ないから止めておきます」
煩悩の塊のような理由で冒険者を却下された教師は思わずコーヒーで咽せてしまった。
「つまりお前が希望する仕事は定時で帰れて休みが規則的といった所か」
「そうなるみたいですね。休みは絶対ちーちゃんと同じがいいし、収入は暇を見て魔石を作ったり日帰りで出来そうなギルドの依頼を受けて稼ぐことも考えているので、そこまで高望みはするつもりはありません」
「彼女の職業はなんだ?」
「今はまだ学生なんだけど、来年には身内の診療所でナースをする事になっています。だから休みは週末と祝日になります」
「へえ、ナースか……なんかエロいな。て、鬼の様な形相でこっちを見るな冗談だよ!すまん!」
己の軽はずみな発言を反省しつつ、教師が時計を見ると、昼休みは終了間近だった。
「とにかく、今書いてるの消して、規則正しい終業時間と週末祝日が休みの仕事を頑張って見つけてから、明日提出しに来い!もうすぐ午後の授業が始まるから準備しろ」
「俺の人生最大の夢を軽はずみに消したくありません!」
「じゃあ空いた場所か裏に書いときな。ほらもう行け!」
教師はトキワを追い払うと、人形みたいな綺麗な容姿で普段は口数の少ない大人しい生徒だと思っていたのに、とんでもないこと考えているやつだったと、今後の自分の苦労を想像して盛大なため息を吐いたのだった。




