83充実した夏休み1
ついに学生生活最後の夏休みがやって来た。約ニヶ月間の休みが明けると、命は三年生になり、卒業が近づくことになる。今年の夏休みは前半はエミリアと共に避暑地で過ごし、後半は水鏡族の村へ里帰りして、南とハヤトの結婚式に参列する予定だ。
当初結婚式の参列を命は諦めていたが、エミリアとのお茶会で話題に出した所、エミリアから絶対出席すべきだし、アンドレアナム家は年に一度、希望者には里帰り休暇と旅費を与えているはずだと説明された。言われてみれば、一年目にそんな事を説明された気がするが、三年間の辛抱だし、学業と仕事を優先すべきと思っていた命はすっかり忘れていたのだった。
そんな経緯から命が結婚式の出席の旨を手紙で南に伝えると、楽しみにしてるとの返事が先日届いた。
現在命はエミリアとクラークの三人で馬車に揺られて別荘のある避暑地へと向かっていた。馬車内の話題は結婚式について持ちきりだった。
「水鏡族の結婚式は新郎新婦だけが婚礼衣装を着て、参列者は民族衣装は着ないで、下ろしたての白以外の普段服を着るのが決まりです。私が最後に出席した結婚式は姉夫婦の結婚式なんですけど、私は下ろしたてのラベンダー色のワンピースを着ました」
エミリアは興味深そうに水鏡族の結婚式についての説明を聞いている。クラークは退屈そうに頬杖をついている。
「素敵ね、私も一度水鏡族の結婚式が見てみたいわ」
「じゃあエミリアお嬢様も私と一緒に水鏡族の村に行って私の友達の結婚式を見学されてはいかがですか?」
我ながら名案だと思いながら命が誘うと、エミリアは首を横に振って微笑んだ。
「私が初めて見る水鏡族の花嫁は命、あなたがいいわ。だからあなたが結婚式を挙げる時は絶対に招待してね」
エミリアの願いに命は嬉しくなる一方で、結婚の目処が立ってないので、早目に期待に応えられるか心配になった。
「じゃあ私もエミリアお嬢様の結婚式に呼んでくださいね」
「もちろんよ。でも私は相手を探す事から始めなきゃね」
エミリアが父であるアンドレアナム伯爵にヴィンセントが命を侮辱して、愛人にしようとした事を告げて、そんな人間とは結婚したくないと訴えた所、アンドレアナム伯爵は理解して、スカビオサ家と話し合い、半年前に婚約解消という形になった。幸いヴィンセントの父親のスカビオサ伯爵は人格者で愛妻家だったため、息子の狼藉を許さずすぐさま婚約解消に応じてくれた。
「大丈夫ですよ、身分を気にせず周りをよーく見れば案外近くにイイ男はいるもんですから。ね、クラーク!」
意味ありげに笑い命が話を振ると、クラークは余計なことを言うなと言いたげな視線で忌々しげに命を睨んだ。
「私も貴族の結婚式に興味があります。学友に聞いたのですが、今はウエディングドレスのトレーンやベール部分に銀色の刺繍を施した物が流行らしいですよ。バージンロードで銀色に輝く刺繍……素敵だろうな」
クラークは無視して命は貴族の結婚式に想いを馳せる。水鏡族とは違う豪華絢爛な婚礼衣装に憧れていた。清楚なデザインが殆どの水鏡族の婚礼衣装より派手なドレスの方が自分には合う気がした。
「前から思っていたけれど、命は銀色が好きなのね。いつも色の選択肢に銀があったら真っ先に選んでいるわ」
「そういえば皆がめんどくさがる銀食器の研磨もお前は楽しそうにしてるとメイド長が言ってたな」
エミリアとクラークに言われて初めて気がついた命は目を丸くしてから、次第に顔を赤らめた。
「うわ、私無意識に選んでました。重症だな……そうですね、私は銀色が好きです。この色は私の好きな人の髪の毛の色なんです」
照れ臭そうに命は銀色が好きな理由をエミリアに話す。命は銀色を見るたびにトキワが思い浮かんでいたのかもしれないと顧みる。
「まあ、そうでしたの。銀髪の方なんて珍しいわね。水鏡族には多いのかしら?」
「水鏡族でも少ししかいません。銀髪を持つ人間は魔力が高い証で殆どの者は神子になります」
「じゃあ彼も神子なの?」
「いえ、神子になると神殿から自由に出られないから嫌だと拒否してますね」
命と自由に会えないから嫌だと駄々をこねていた時のトキワを命は思い出す。来月再会した時、彼は一体どんな顔をするのだろうか。里帰りの楽しみの一つになりそうだと命は小さく微笑んだ。




