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81それぞれの日常8

 昼休みのある日、命は同級生と昼食を済ませた後に学校の購買部に来ていた。この日は新しい絵葉書が入荷する日だと店員の女性に教えて貰っていたのだ。


 家族、友人そしてトキワと何度も手紙のやり取りをしている内に毎回似たり寄ったりの短い内容しか書けなくなったので、絵葉書で手紙のボリュームを誤魔化すという作戦を思いついた時は我ながら策士だと命は自画自賛した。


 新しく入荷された絵葉書は動物の絵葉書だった。ウサギやトナカイ、犬に猫などと愛らしい絵が所狭しと並んでいた。命が実が喜びそうだとウサギの絵葉書を手に取ったら、背後から呼び声が聞こえてきた。振り返るとそこにはアレクシスが穏やかな笑顔でこちらを見ていた。


「アレクシス先生こんにちはー。お買い物ですか?」

「いや、君が購買部にいたのを見かけてつい声をかけたんだ。元気にしてるかな?」

「アンドレアナム家の食事が美味しいので、日々健やかに生きています」


 桜の件以来、アレクシスは命を見掛ける度に声を掛けてくる様になった。


 学科が関係ないはずの独身の教師と田舎から学びにきた生徒の組み合わせに周囲から好奇の目で見られていたので、先日命はアレクシスの了承を得て、命はアレクシスの元カノの姪だという事情を同級生達に話す事にした。


 すると瞬く間にアレクシスが元カノに未練たらたらで姪である命を使ってよりを戻そうとしているという醜聞が広がった。命はその件をアレクシスに一応謝ったが、気にしなくていいと開き直っていた。


 絵葉書を数枚買ってから、命はアレクシスの勧めで学校内の食堂で少し話をすることにした。


「今まで聞こうか悩んで聞けなかったのだが……その、桜は今結婚しているのかな?」


 もしや桜が独身なら求婚してオーガスト家に嫁がせるつもりなのだろうか。命は無表情でどう答えようかしばらく考えた。


「……叔母は十年ほど前に同じ水鏡族の男性と結婚して現在子供が五人います」


 でまかせを並べて命はアレクシスの様子を窺うと、酷く落ち込んだ様子で机に両肘をついて頭を抱えていた。そんなに落ち込むくらいなら桜の手を離さなければ良かったのにと思いつつも、アレクシスを弄んだことを反省する。


「……だったらどうしますか?」

「冗談だったのか」

「ごめんなさい。本当はまだ独身です」


 アレクシスはほっとした表情で顔を上げたが、命は無表情のままだ。


「先生は叔母が独身なら私達から叔母を奪うつもりなんですか?」

「それは……」


 予想していなかった命の問いかけにアレクシスは言葉が続かなかった。


「現在うちの診療所は私の父が亡くなってから叔母一人で診察をしているんです。私の母がたまに手伝う事もありますが、医者は叔母一人です。だから私がここで勉強してナースになって支えようと思っています。元々それが子供の頃からの夢でした。そんな中でもしアレクシス先生が叔母と結婚してオーガスト家に嫁がせるとなれば、うちの集落に医者はいなくなるし、私の夢も無くなります。だから、私達から今更叔母を奪わないで下さいね」


 命はアレクシスに冷たい視線を浴びせて、水を飲み終えたコップを手に立ち上がると彼から背を向けて歩き出したが、一旦立ち止まり振り向いた。


「あ、でも先生が水鏡族の村で医者になってくれるのは大歓迎です。もちろん叔母の気持ちが残ってて許可があっての話ですけどね」


 意地悪げにそう言って命はコップを食器返却口へ戻すとアレクシスを残して食堂から去った。


 


 



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