8美少女を拾ったつもりが…8
なんだか外堀を埋められている気がする…命は辟易としていた。
一家揃っての夕食に当然のようにいる銀髪が麗しい美少年…トキワは命の隣でご機嫌だ。
レイトとトキオが話し合った結果、トキワの風邪は治ったが、予定通り一週間診療所で過ごして、その後は父親と自宅に帰るという約束になった。
弟子入りの件については、トキワの体の傷や痣は親に内緒で剣の稽古をしていた際に負傷したという事が分かり、それなら師匠が付いた方が安心だという事で、トキオは愛息をレイトに託す事にして、家に帰るまでにトキワの修行を含めたプランを話し合う事になった。
トキワの風邪も治ったし、看病の必要は無いだろうと命は自宅に戻る事にしたが、何故かトキワもついてきた。暇があればレイトと修行するという名目のらしいが、食後、レイトはシュウと酒を飲んでいるからか、命の右に妹の実、左にトキワがべったりとくっついている。自分みたいな老けた女より、年相応の可愛い実との方がお似合いじゃないかと考えつつ命は本を読み進めた。
「……こうしてお姫様は助けてくれた騎士と結婚して幸せに暮らしました。めでたしめでたし」
実に読んでと頼まれた絵本は、姫と騎士の恋愛物だった。最近の流行は姫と王子じゃないんだなと、ぼんやり考えながら命は本を閉じた。さてと、実を見れば命の膝で爆睡している。これはいつものことである。何故か命が本を読んであげると眠ってしまうのだ。一方でトキワは目を爛々とさせて命を見つめている。男の子には珍しい恋愛ものだったが、本人はいたく感銘を受けたようだ。
「楽しかった?」
感想を聞けばトキワは少し考えて首を傾げる。
「よくわかんなかったけど、ちーちゃんの声がたくさん聞けて嬉しかった!」
本の感想じゃないのかい!命は心の中でツッコみ、力なく笑いつつ、実の頭を撫でる。
「昔はお姫様に憧れてたなー、学芸会でお姫様役やりたかったのに、全員一致で魔女役に決まった時はガッカリだったけど、まあ開き直って全力で演技したらハマり役で大好評だったから魔女もそれなりに好きになったけどね」
今ならお姫様を越えて、女王様なんか合うかもしれない。その時は上達した鞭の腕を見せるチャンスだなと、おかしい方向に妄想する命の手をトキワは優しく握った。
「ちーちゃんは俺のお姫様だよ」
炸裂した口説き文句に。命の顔は一気に紅潮した。否定をしようにも頭の中まで沸騰して言葉も出ない。
「だから俺はこれからたくさん強くなって、大きくなってちーちゃんを守る騎士になるよ。その時は結婚してね」
凛々しく強い意志を持った赤い瞳で命を見つめると、トキワは彼女の手の甲に口付けた。どうやら先ほど読んだ絵本のシーンを早速取り入れたようだ。
「た、助けて…」
恋愛耐性のない命は年下の美少年の攻勢に情けなくよろけるしかなかった。一刻も早くこの場から離れたいのに、膝に実、手にはトキワに拘束されていた為、命は姉に助けを求めたが、祈は遠目にニヤニヤと口元を緩めて見守るだけだった。
「お姉ちゃん……」
「お膝に可愛い妹、隣には美少年、この世の春ね、ちーちゃん」
「そんなに羨ましいなら代わってあげる」
「ふふふ、分かってないわね!お膝に可愛い妹、隣には美少年とモテモテな妹というシチュエーションに私は萌えているの!はあ、私の妹達最高!」
祈は筋金入りのシスコンだった。学校を卒業すると冒険者になり、依頼の報酬を荒稼ぎすると、それを資金に妹達に服や雑貨、おやつを貢いでいた。結婚してからは将来に備えて少し貯金するようになったが、それでも貢ぐ事はやめられなかった。
「でもまあ、困ってるみたいだからこの辺にしてあげましょう!みーちゃん、自分のお部屋で寝ようね」
祈は命の膝で眠る実をそっと抱き上げると、ニ階の寝室へと優しく連れて行った。これで自由に動く事が出来る命はソファから立ち上がって、トキワの手をやんわりと離そうとしたが、離してくれなかった。
「ちーちゃんどこに行くの?寂しいよ」
縋るような目でトキワが見つめてくるので、命は絆されそうになるが、自らを律した。
「お風呂に入るの。だから手を離して」
用事があれば引き下がるだろうと、命は着替えを取りにニ階の自分の部屋に行こうと階段を上ろうとしたが、トキワは手を離さないでついてこようとした。
「お風呂なら一緒に入ろう!頭洗ってあげる!」
子供だから異性と風呂に入る事に抵抗が無いのか、無邪気に提案して笑うトキワに対して、命は全身を真っ赤にさせて、奇声を上げた。
「お、男の子は女の子と一緒にお風呂に入っちゃダメなの!!」
トキワの提案に命は悲鳴を上げるように咎めると、乱暴に手を振り払い、勢いよく階段を駆け上り自分の部屋へと逃げ込んだ。
「ちえー…そうだ、熊先生!後でお風呂一緒に入ろう?背中流してあげる!」
命にフラれたトキワは地盤を固めるつもりなのか、シュウを風呂に誘い、ご機嫌取りを始めたので、目を細めて喜ぶシュウの隣でレイトは思わず苦笑いをした。