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79それぞれの日常6

「ただいま」

「おかえりー」


 独り言のような小さな声で呟いたトキワの帰宅を知らせる言葉をトキオは聞き逃さず出迎えた。彼にとって我が子はいくつになっても天使なのである。


「ご飯できてるから食べような。ほら手を洗ってきて。楓さんもだよ」


 家族そろっての食事が嬉しいトキオは鼻唄混じりで机に料理を並べている。楓もソファから起き上がり、トキワに続いて手を洗ってから三人で食卓を囲み夕食を楽しむ。


 食卓には最近トキワが食べ盛りのため、ボリューム満点の料理が所狭しと並ぶ。


「トキワ、美味しいか?おかわりあるからいっぱい食べるんだぞ」


 夕食の感想をトキオが尋ねると、トキワは肉団子を頬張ったまま頷く。それだけでトキオはメロメロになる。その横で楓は肉団子に粉末唐辛子をかけて口にして、トキオに美味いとピースサインをするので、ますます舞い上がった。


「しかし最近誰かさんのせいで食費が嵩むな」


 楓はトキワを一瞥して自分の口の周りについたソースを拭う。


「ふふふ、楓さんはトキワの食費を稼ぐために火炎魔石作り頑張っているんだよねー」


 トキオが最近楓が魔石作りに励んでいることをバラせば、楓は気まずそうな顔になる。楓は楓なりに母親として支えてくれているんだとトキワは実感した。


「ありがとう母さん。これからも俺の為に馬車馬のごとく働いてね」


 楓に可愛げのない感謝の言葉を伝えてから、トキワは野菜スープに口をつける。ここ三年でトキワは苦手な野菜も食べないと大きくなれないを合言葉に好き嫌いなく食べるようになっていた。


 食事を終えてトキワが片付けを手伝ってから風呂に入り、一息ついた所で楓が一通の手紙を差し出した。


「命ちゃんから手紙が来てたぞ」

「なんで帰って直ぐにくれなかったんだよ!」


 トキワは声を裏返らせながら怒り、楓から手紙をひったくるように奪って階段を駆け上がり自室にこもった。


「ああなるから渡さなかったんだよ」


 もはやトキワに楓の言葉は届かなかった。これまでは帰宅して直ぐに命からの手紙を渡していたが、トキワは飲み食いを忘れる勢いで部屋に引きこもり出て来なかった前科が多々あるため、夫婦で話し合い最低限の用事が終わるまで隠すことに決めていた。


 自分の部屋に入りトキワは明かりをつけてベッドに寝転がって、まずはじっくりと封筒を眺める。見慣れた命の字で自分の名前が書かれているだけなのに、気分が高揚して自然と笑みが溢れる。慎重に封筒を開けると、中には便箋と絵葉書が一枚ずつ入っている。


 手紙を書くのが苦手な命からの手紙には返事が遅くなった事の謝罪と、学校や下宿先での出来事が簡潔に記された報告書のような内容が記されている。


 今回はそれに加えて何故かトキワの祖母である光の神子の名前を尋ねる一文があった。下宿先の令嬢に聞かれたらしい。ちなみにトキワは祖母の名前を知らなかったので、後で楓に聞こうと心に留めておいた。


 絵葉書にはどこかの山の景色が描かれている。いつもの様に学校の売店で購入した物らしい。毎回手紙が短い命なりのトキワへの思いやりだと受け取っている。


「はあ、会いたいな……」


 命の肌の柔らかさや髪のなめらかな指通り、優しい中にも凛とした強さのある声に消毒液の匂いに混じった甘い匂いまで嗤えるくらい覚えているから、この手紙が長い旅路で命の残り香なんて一切無いのは頭でもわかっているが、トキワは手紙の匂いを嗅ぎながら彼女への想いを募らせる。


 命と離れて一年が過ぎるのにトキワは彼女のいない生活に全く慣れなかった。ふと診療所に行けばベンチに座っているんじゃないか、修行で汗を流していたら様子を見に来てくれるんじゃないかと幻想を抱いていつも姿を探していた。


「あれ……」


 ぼんやりと改めて絵葉書を眺めていると、トキワはふと違和感を感じた。起き上がりじっと見れば、山の深緑色の部分に同じ色で小さく文字が書かれていることに気が付いた。


「ええっ!?」


 明かりに照らして筆圧を頼りにそれを解読すると、命の筆跡でただ一言 “好き” と記されていた為、トキワは堪らず大声を上げた。


 喉の痛みを覚えながらも、穴が空きそうな位絵葉書を見つめ感動に震えながら、トキワはもしやと今まで命が送ってきた絵葉書も引っ張り出して確認をする。


 すると苺の絵葉書には赤い文字で、海の絵葉書は青い文字と他の絵葉書もカモフラージュされながら全部山の絵葉書と同じ言葉が記されていた。


 恥ずかしがり屋な命らしい愛情表現にトキワは胸が苦しくなり彼女を愛おしく感じつつ、今まで気づかなかった自分を悔いた。


 このことを命に伝えたらきっと書いてくれなくなるだろう。ならば代わりにいつも通り手紙で愛を綴る事を決めるも既に就寝時間を過ぎていたことに気づき、手紙を片付けて明かりを消すと、せめて夢だけでも命に会えるよう願いながら眠りについた。



 


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