78それぞれの日常5
茜色に染まる空の下、水鏡族の村では斧で木を伐採する音が響き渡っていた。
来年ついにレイトたちは家を建てることにしたため、現在建設予定の隣の土地を役場に届け購入して、材木置き場兼修行の場として使用する為にレイトとトキワで整地していた。
伐採する木に神殿から賜った祝福の札を貼り、枝葉を魔術の風で切り払い、集めた後は体づくりのため、自力で木の幹を斧で打ち付けて伐採していくのだが、これが中々の重労働でトキワは汗を滝の様に流しながら斧を振った。
「よし、周りに誰もいないな?倒すぞ」
ある程度幹の根元が欠けたらレイトの合図で人がいない方向に木を押し倒してから太い枝を切り落とし、幹を材木屋が指定した長さに切り分けた。そうすれば伐採した木を安価ではあるが買い取ってくれるのだ。
伐採する予定の木は三十本、これを一日三時間ほどかけて一本ずつ伐採して切り分けてから切り株を掘り起こす。最近のトキワの修行の殆どはこれに時間を取られていた。しかしこの土地がいずれ自分と命の家が建つ場所になるのだと思えば苦ではなかった。
切り株を掘り起こして今日の作業は終了した。トキワは残った時間でレイトに手合わせを頼んで相手をしてもらう。最近はようやくレイトに剣を両手持ちで相手して貰えるようになった。とはいえレイトの剣筋は一撃一撃がとても重く、体ごと吹き飛ばされる事も度々ある。今日もトキワは完膚なきまでにレイトに倒された。
「お前もまだまだだな。ま、だいぶ身体が出来てきたからいずれ力も強くなるだろうな」
ここ一年でトキワの身長はそれなりに伸びたが、命の身長をまだ超えそうには無かった。まだ伸びる事を信じてトキワは今日も夕飯を多めに食べて早く寝ようと心に決める。
「二人ともお疲れ様!水分補給してね」
様子を見計らい祈がヒナタを連れてお茶を持ってきた。トキワはヒナタから差し出された水筒を貰い、お礼に頭を撫でた。
水分補給をしてからトキワは汗塗れになった服を脱ぎタオルで身体を拭き、持参してた服に着替えることにする。流石にこの季節になると着替えなければ帰り道に身体が冷えてしまうのだ。
「うーん、トキワちゃんいい体に育ってきてるわねぇ」
ニマニマとトキワの着替えの様子を眺めた祈がトキワの体を評する。トキワは苦笑してシャツに腕を通した。
「明日も今日と同じだからな。気をつけて帰れよ!」
トキワは頷きレイトたちに手を振り背を向けると、体に風を纏わせて家へ帰っていった。
「トキワちゃん、なかなか元気にならないよね。特に最近はあまり喋らないし、喋っても声が小さいわ……」
命が村を出てからトキワは明らかに元気が無くなっていた。もう一年が経つというのに彼の表情は憂いが増す一方だった。
「確かに元気はないな。しかし喋らないのはあれだ。いわゆる変声期だ」
「変声期?」
祈にとって聴き馴染みの無い言葉に首を傾げる。
「男はあの位の年になると喉仏が成長して声が低くなるんだが、変声期の時は大きな声が出しにくいんだ。学校で習わなかったか?」
レイトは自分の喉元を指して説明する。祈は興味半分でレイトの喉仏に触れた。
「言われてみれば習った気もするけど、うちは女の子ばっかで身近じゃなかったから忘れていたわ。そっかートキワちゃんも大人になってるのね」
「あんなに小さかったのにな…」
レイトと祈は顔を見合わせ我が子のようにトキワの成長を喜ぶと、実子のヒナタの手を左右それぞれ握り夕食の待つ自宅へと歩き出した。




