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76それぞれの日常3

 アレクシスが帰った後、命はエミリアの夕食の世話をしてからクラークと交代して、自分も使用人専用の食堂で夕食を食べてから、またエミリアの部屋に戻ると、エミリアは涙をハンカチで押さえていた。


「エミリアお嬢様、どうされましたか?」


 命が涙のわけを聞くと、エミリアは声を詰まらせて話してくれた。


「先程のアレクシス様と命の叔母様の話があまりにも悲しくて……」


 確かに二人の悲恋に命も胸が締め付けられた。いつも楽しそうな桜にそんな過去があるとは思ってもいなかった。


「叔母の為に泣いて下さりありがとうございます。ですが現在叔母は幸せに暮らしていますのでどうかお気になさらずに」


 命から見て桜は幸せそうだった。独身だから不幸と決めつける者もいるだろうが、命達家族と円満な関係だし、診療所に桜を慕う患者も多く訪れる。


「エミリア様、物語の様に愛し合う男女が結ばれたら、必ず幸せになるとは限らないのですよ。仮にアレクシス様と命の叔母が結婚したとして、彼女は平民、しかも辺境で暮らす蛮族の女ですから、嫁としてオーガスト家に歓迎される事はないでしょう」

「クラーク、あなたさり気なく水鏡族の事を馬鹿にしないでよ!」

「私は一般論を述べたまでだ。もちろんアンドレアナム家の人間は使用人含め、お前たち水鏡族に敬意を持っているぞ。多分」


 その多分が余計だと思いつつ、命はクラークを睨む。確かに水鏡族は戦民族で野蛮と言われたらそうだと思うが、人に言われると不愉快だった。


「ちなみに現在アレクシス様は次期当主ながら、未だ独身で見合いもせず、姉の子供を養子に迎えると噂がありますね」

「さすがクラーク、情報通ね」


「ありがとうございます。先程食堂で収集しました」


 アレクシスは桜に対する想いを捨てきれずにいるのだろう。一方で桜はどうだろうと命は考えるが、彼女の口から一度たりともアレクシスの名は出て来た事が無いので全くを以て分からなかった。


「ねえ、二人には想いを寄せている方はいるの?」


 エミリアの問いに命は真っ先にトキワの事が思い浮かんだ。昔の自分なら照れて首を振って否定してたかもしれないが、今では素直に彼が好きな人だと思えた。


「私はエミリア様第一でございます」


 エミリアに跪いて手を胸に当てて即答するクラークに命は忠誠よりも本当は恋焦がれているのではないかと疑っていた。さっきの発言だって自分とエミリアを重ねているようだった。だがここで掻き回した所でどうなる問題では無いので口出しはしないでおく。


「私は故郷に大切な人がおります。彼の事を想うといつもドキドキするけど優しい気持ちになれます」


 襟が詰まったシャツを着ている為傍目からは見えないが、命はトキワから貰った銀色のペンダントをいつも身につけていて、ふと彼を想うと自然とそのペンダントに触れるのが彼女の癖になっていた。


「素敵ね、私もいつかあの方をそういった風に愛する事が出来るのかしら……」


 エミリアには子供の頃から先代当主が決めた婚約者がいる。スカビオサ伯爵家の長男ヴィンセントだ。命とクラークを始めとする使用人はその男が大嫌いだった。傲慢でエミリアをいつも小馬鹿にして、贈り物などもせず、舞踏会ではエスコートも雑だった。


 しかもその婚約者は初対面の時に命を愛人にしてやるとほざいたのだ。以来ヴィンセントと顔を合わせる度に命はいつも必死に殴りたい衝動を抑えるのだった。


「エミリアお嬢様、あの婚約者を無理に愛する必要はありません。お嬢様にはもっと相応しい殿方が現れるはずですからどうか希望を捨てないで下さい」


 このままヴィンセントがエミリアをぞんざいに扱い続けるならば命は学校を卒業した後村に帰る前にヴィンセントを滅多打ちにして婚約解消するしか無い状態に持って行こうという過激な計画を考えていた。この計画はクラークや他の使用人たちも賛同しており、現在鋭意準備中である。


「ありがとう、命。その気持ちだけで充分よ」


 儚げなに笑うエミリアに命はより一層何とかしたい気持ちでいっぱいになった。クラークは何か言いたげだったが、目を伏せて手際よく紅茶を淹れてティーカップに注ぐと、エミリアの前に差し出した。


 



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