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74それぞれの日常1


 命が学園都市の医療学校に入学してから一年が経った。


 来た当初は母と桜も一緒にいたから楽しかったが、二人が村に帰ったその夜は寂しさで泣き腫らしてしまった。


 しかし下宿先のアンドレアナム家の面々の優しさと使用人達の気さくさに支えられて、命は次第に充実した日々を過ごせる様になった。


 平日は医療学校に通い、授業が終わり屋敷に戻ってからはメイド服に着替え、アンドレアナム家の長女であるエミリアの側仕えをしている。気の弱いエミリアに同年代の友達がいないことを憂いたアンドレアナム伯爵が同い年の命を話し相手に指名した訳だ。


「お嬢様、食後の紅茶はいかがなさいますか?」


「もう、命ったら。私のことは名前で呼んでって言ってるのに」

「えー、お嬢様って呼びたいのに。じゃあエミリアお嬢様」

「ふふ、じゃあそれでいいわ。今日はシトラスフレーバーにしてくださいな」

「かしこまりました」


 小柄で線が細く儚い雰囲気のエミリアと、長身で肉付きが良く健康的な命。対照的な二人だったが、何故かすぐに打ち解けた。お互いの親が友人だった影響があるのかもしれない。


 命はエミリアのふわふわの明るい金髪とカールが利いた睫毛が形どるエメラルドグリーンの瞳が魅力的で、可憐な外見と優しい性格を好ましく感じていたので、親しみを込めつつも、メイドらしく忠義を持って仕えていた。


「貴様、エミリア様に馴れ馴れしいぞ!」


 エミリアに忠義を感じているのは命だけではない。同い年の執事クラークも命に対しては毒舌だが、仕事は確かな腕だった。彼はメイド長の息子で幼い頃からエミリアに仕えているらしい。茶褐色の髪の毛を撫でつけた黒い鋭い目がなかなかの美男子なのは認めるが、命の好みではなかった。


 命はクラークを無視して、エミリアが選んだシトラスフレーバーの紅茶を先輩のメイドから習った通りに淹れる。


「さあ、二人とも座って」


 エミリアに勧められてクラークと命は席に着く。食後の紅茶は三人でお茶を共にするのがエミリアのリクエストで、すっかり慣習になっていた。


「命、今日は光の神子について知りたいの。私のお爺さまを助けて頂いたと聞いてるのだけど、どんな方かご存知?」


 エミリアの要望に命は光の神子について答えることにした。


「光の神子はとても慈悲深い方ですよ。以前私が顔面の右半分と背中に大きな傷を負った時に治療して頂いたんですよ」


 そう言って命は自分の顔の右半分を指差す。


「まあ、傷ひとつ残ってない綺麗な顔だわ。素晴らしい力なのね」


 感嘆の声を上げるエミリアに命は話を続ける。


「ですが、病気とハゲは治せないそうです。本人が言ってました。それなのに病人とハゲが殺到して困ったそうですよ」

「死滅した毛根は誰にも治せないと言う事だな」


 上品に紅茶をすすりながら返すクラークに命は声を出して笑う。澄ました顔をしながら彼の言動はなかなか愉快なことが多かった。


「ところで光の神子はお名前を何とおっしゃるのかしら?」

「え、名前?何だろうそういえば知りませんね」


 エミリアの素朴な疑問に命は光の神子の名前を知らない事に初めて気づいた。皆彼女の事を光の神子と呼ぶため、気にしたことがなかったのだ。


「今度知り合いに手紙で聞いてみます」


 光の神子の孫であるトキワに尋ねたらすぐわかるだろう。今夜にでも手紙を書こうと命は心に留めると、シトラスフレーバーの紅茶をすすって口内の香りを楽しんだ。



 


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