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66離れたくない2

「ちーちゃんおはよう。もしかして俺を待っててくれたの?」


 今日は休日だった為トキワは朝早くから診療所前にやってきた。命は彼がいつ来てもいい様に朝からベンチに座って待っていた。


「トキワ!じつは私、八月に村を出るの!」


 開口一番、命が先手必勝と言わんばかりに村を出る事実を告げると、トキワは頼りなく笑った。


「知ってたよ。師匠から聞いてる」


 今年の始め頃にレイトから聞かされた時、トキワは気が狂いそうになった。必死に気持ちを抑えて話を聞くと、命が三年間医療学校に勉強に行くけど、それは秋桜診療所で働く為でこれが命の子供の頃からの夢だと聞いて、少し時間は掛かったが徐々に彼女の夢を応援する気持ちになれた。


「そうなんだ。言うのが遅くなってごめんね」


 思ってたよりトキワが冷静で命は安心する。初めて会った時からもう三年経つのだから、彼もいつまでも子供じゃないのだと実感した。以前に比べると顔立ちが少し精悍になった気もする。身長だって命の方がまだ高いが伸びてきている。


「本当ひどいよね。このまま黙って俺の前からいなくなるつもりだったの?」

「ごめん、言うの忘れてた」


 不機嫌そうに話すトキワに命は平身低頭で謝る。 


「……戻ってくるんだよね?」

「多分?」


 おどおどしながら命が答えるとトキワは眉間にシワを寄せる。ここは素直に戻ってくると言って欲しかったのだ。


「そんな冗談全然面白くないからね」

「冗談のつもりじゃないわよ!人生何があるか分からないでしょう?村を出て都会に行けば新しい出会いや刺激の多い生活で変わらずにいられる保証なんて無いし……」


 それは売り言葉に買い言葉だった。珍しく二人の間にしばし険悪な空気が流れた。


「もういいよ、ちーちゃんなんて知らない。勝手にどこにでも行けば?」


 冷めた視線でトキワは突き放した言葉を命に掛けると、走ってその場からいなくなってしまった。


「なんで素直になれないんだろ……」


 トキワの姿が見えなくなっても命は立ち尽くしたまま赤い瞳に涙を浮かべていた。

 都会に染まって変わってしまうかもしれないというのは不安な気持ちから来た言葉だった。

 本当は秋桜診療所でナースとして働きたいという夢とトキワのことが好きだと言う気持ちをずっと変わらずに持ち続けたいと思っているのに、どうしてあんな事を言ってしまったのか。命は頰に涙が伝うと共に蹲み込んで啜り泣いた。


 一通り泣いて落ち着いたので命が立ち上がれば、いつの間にかトキワが戻ってきていた。気まずい気分で命が視線を外して家に戻ろうとすると、トキワから腕を掴まれて抱き締められた。


「ごめん、俺の願望をちーちゃんに押し付けちゃっていた」


 抱きしめられたまま命は首を何度も振ってトキワの背中に手を回す。


「私こそごめん、向こうでの生活が不安で、本当は三年後ここに戻ってきて診療所で働きたいのに……素直に言えなかった」


 命が吐露した心情はトキワが望んでいた言葉だったので、次第に心が満たされてきた。そして彼女だって不安だったことに気付かされて、自分ばかり傷ついていると思っていたことを恥じた。


「ねえちーちゃん、来週の休日て何の日か知ってる?」


 不意に尋ねられた日に命は心当たりがあった。


「トキワの誕生日でしよ?」

「当たり。だからさ、その日はちーちゃんの一日を俺にくれないかな?」


 腕を解いて真剣な表情で見つめてくるトキワに命は息を呑んだ。誕生日なら家族などから祝ってもらうだろうに自分と過ごしたいなんて、一体どれだけ好きでいてくれているんだろうと胸が締め付けられた。


「いいよ。トキワの誕生日はずっと一緒にいようね」

「やったー!」



 優しく微笑んで要望を受け入れた命にトキワの表情は和らぎ、いつもの無邪気な笑顔を浮かべた。


 こうして来週の休日、トキワの誕生日は二人でデートをすることになった。


 


 


 



 


 


 


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