62魔力の増やし方1
年明け早々、命の気分は沈んでいた。毎年年始に行われている魔力測定の結果が良くなかったからだ。
魔力測定では特別な魔道具を使い測定した魔力を十段階に分けて評価するのだが、命は十段階中二という低い値だった。ちなみに十を出した者は場合によっては神子になれる。
「昨年迄はギリギリ三だったのに、なんで減っちゃったんだろう」
命は泣きそうだった。教師の説明によると、体の成長と共に魔力が増える者と減る者がいるらしい。残念ながら命は後者のようだ。
魔力が無くても武芸に秀でたら問題はないと自らを鼓舞したいところだが、魔術で矢を生み出し使う弓使いには致命的だった。普通の矢も使えはするが嵩張るし、お金もかかり有限である事がネックである。
もしかしたら自分は水鏡族の戦士として不適正なのかもしれない。思えば闇の神子が襲来した時も全く戦力にならなかった。弓使いに派手さは無いにせよ、強さに可能性があると信じている。しかしそれは魔力があること前提だと思っていた。
どうしようもない感情を処理する事が出来ず、命は自室のベッドで寝転がり、天井を見つめていると、ドアがノックされた。
「ちーちゃんご飯だよー!」
ドア越しに妹の実から夕食を知らせる声が聞こえ、命は上体を起こし、ベッドから降りて部屋から出た。
「……みーちゃんは魔力測定やった?」
実の魔力測定の結果が気になり命が問うと、実は愛嬌たっぷりの笑顔で頷いた。
「うん!六だったよ!」
妹にまで負けると思わなかった命は頭を押さえてよろめく。しかも三倍の数字…命が実くらいの年頃の時には既に四で周囲に差をつけられていた。
「どうしたの?大丈夫?」
「大丈夫、ご飯食べに行こうね」
心配する実の頭を撫で、命は階段を降りて食卓に着いた。最近ヒナタの離乳食が始まった為ヒナタも一人前にベビーチェアに座っている。
今日の夕食はミルクスープと温野菜に鶏肉のソテーとパンだった。どれも好きなメニューなのに、命は食が進まなかった。
「何ぼーっとしてるの?熱でもあるの?」
母の光からの指摘に命は違うと一言返して、ミルクスープを口にする。優しい味わいが冷えた体をじんわりとさせる。
「あのさ、みんなの魔力はどの位なの?」
これまで聞いたことがなかったが、命は光達の魔力の数値を尋ねた。
「私は七だったかな?最後に測ったのは学生時代だから今はわからないけど。あ、ヒナちゃんはこないだの乳児検診で八だったよ」
祈は実より高い数値だった。つまり姉妹で一番低いのは命となる。それにしても乳児のヒナタにまで負けるのはなかなか辛いものがある。
「お母さんはちょっと昔の事すぎて曖昧だけど、六だったかしら?」
「俺は最後に測ったのが五年くらい前だったが確か九だったな」
全員が五以上、レイトに至っては高水準という事実に命のプライドはズタズタになり苦い顔になる。
「ちーちゃんはいくつだったの?」
なんとなく命の数値が高くは無い事を察した大人たちは押し黙るが、まだ幼く空気が読めない実が命の数値を尋ねた。
「……二だよ!」
半ばヤケクソに数値を言って命は鶏肉のソテーを噛みちぎった。鶏肉の旨味がバッチリ閉じ込められたソテーはいつもならテンションを上げてくれるが、今日は上がりそうに無い。
まさかそんなに低いと思わなかった祈達は慰めの言葉が見つからなかった。
夕食後、命は診療所に魔力測定器があったことを思い出し、桜の元を訪ねた。もしかしたら学校の測定器は壊れていたのかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた。
「桜先生こんばんはー!」
命が診察室を訪ねると、桜は食後のコーヒーを楽しんでいた。
「おう、どうした?」
「ねえ先生、ここって魔力測定器置いてあったよね?ちょっと使わせて欲しいの」
「構わないよ。そこの棚に入ってるから出して」
桜の指した棚から命は魔力測定器を取り出し、机に置いた。
「じつは今日学校で魔力測定があったんだけど、数値が下がっちゃったんです。それでもしかしたら学校のが壊れてただけなんじゃないかなーって思って」
「それでうちに来たのか。無駄な抵抗するねえ。数値はいくつだ?」
魔力測定の結果を聞いてくる桜に命は指を二本立てて見せる。もはや口にもしたくなかった。命が所定の場所に手を置くと測定器が光り、メーターが徐々に動いた。
「進め進め!頑張れー!」
言ったところでどうにかなるわけではないが、命は測定器を応援する。しかし応援の甲斐もなく、結果は学校で測定した時と同じ二だった。
「桜先生、これも壊れてるんじゃ無いの?」
諦めが悪い命に桜は笑いつつも、肩をぽんと叩いて首を振った。
「だっておかしいよ!みんな六以上なのに私だけ低いの!?魔力って遺伝なんでしょ?」
水鏡族は水晶が象る武器は遺伝しないが、属性と魔力は遺伝すると言われている。それなのに自分だけ魔力が低い事に命は納得出来なかった。
「遺伝はしてるだろ」
そう言って桜はおもむろに測定器に手を置いた結果、メーターが示した数値は二だった。
「ごめんなちー、こっちの家系に遺伝したようだな。因みに兄さんも低かったぞ、確か三だった。ゼロよりマシだ諦めろ」
覆せそうにない事実に命は唖然として膝から崩れ落ちて頭を抱えた。その姿に桜は必死に笑いを堪えるのだった。




