60優しい魔女9
その後命が光の神子にお礼を言うと、身体は傷を癒しただけで体力や魔力などは回復していないし、貧血状態だから今夜は神殿でゆっくり休養を取るように勧められ、客室で一夜を明かす事になった。
レイトと祈は光達が心配してるからと帰ってしまった。命は一緒に帰りたかったが、祈からとにかく安静にしておけ、明日着替えを持って迎えに行くと言い含められた。
「まずは食事だな。食べないと持たないぞ」
楓はもてなす気満々で命の手を引き神殿関係者用の食堂へ誘うので、トキワは役割を奪われて不機嫌そうに楓を睨む。
「言っておくけど、ちーちゃんは辛いの苦手だから、激辛楓スペシャルなんて食べないよ?」
食堂で注文される前にトキワが忠告すると、楓はピタリと動きが止まる。
「弱った人間に食べさせるわけないだろう?」
「ならいいけど、母さんって頭が唐辛子で出来てるから、わかってないと思ってた」
長年の蟠りがとけてはいるものの、トキワと楓は今更仲良し親子になれる程お互い素直ではない。それでも命から見ると子猫同士がじゃれているようで可愛かった。
「あのー、食事より先に着替えとお風呂を貸してもらえませんか?」
ふと我に帰り自分の身形のみっともなさが気になっていた命は楓に申し出る。別れ際に祈からカーディガンを借りたため多少の露出は抑えられているが、血と汗の不快感に命は我慢できなかった。
「すまん気が利かなかった。神殿が備蓄している服を貸そう。下着も未使用のものがあるはずだ。それにここの共同風呂は水の神子が魔力を込め生み出した水を沸かしているから回復にちょうどいい。早速行こう」
楓は近くを通りかかった神官の女性に着替えを共同風呂に用意してもらうよう頼むと、一旦自室に戻り自分の着替えを持参した。
「背中を流してやろう。裸の付き合いというのも悪くないな」
一緒に入る気満々の楓に命が苦笑する一方で、トキワは抜け駆けされた怒りで頰を膨らませる。
「なんで俺より先にちーちゃんと一緒に風呂に入るわけ?」
「なんだそんなに母と入りたかったのか。まだまだ子供だな!」
「ちーがーうー!あーもう嫌だこんな母親!」
「お前はいつまで経ってもイヤイヤ期を抜け出せないな」
地団駄を踏むトキワに楓はやれやれと肩を竦めるものだから命は堪えきれず声を出して笑った。
不機嫌なトキワを置いて、命と楓は神殿関係者用の共同風呂に向かった。そこは大理石で作られた大きな湯船が印象的な清潔感のある浴場だった。先客もちらほらいる。早速服を脱ぎ洗い場で身を清める。
「約束通り背中を流そう」
「え、そんないいですよ」
「遠慮はいらない。私からの労りの気持ちだ」
楓は石鹸で泡だてたタオルで命の背中を優しく撫でる。なんだかむず痒いが命は大人しくする。
「じゃあ次は私がします」
お返しに命も泡だてたタオルを手に楓の細身の背中を流す。楓は心地よさからため息を吐く。
身を清めたら二人は仲良く並んで湯船に浸かる。水の神子のおかげか、命はほとんど空っぽだった魔力がじわじわ身体に沁み込んでいる気がした。一方で楓の視線は湯船に浮かぶ命の大きな胸に釘付けだった。
「あら、あなた達もお風呂だったのね」
背後から声がして振り返ると光の神子が、風呂場だから当然全裸で湯船に入って命の隣に腰を落ち着かせた。
「あの、先程は本当にありがとうございました」
改めてお礼を言う命に光の神子は首を振り濡れた命の髪の毛に触れる。
「髪の毛までは伸ばしてあげられなかったわ」
「また伸ばすから平気です」
長い髪の毛に憧れて十歳くらいから丁寧に手入れをして伸ばしてきたものだったから未練はあるが、こればかりは諦めるしかないと命は心の中で自分に言い聞かせる。
「本当はあなたみたいに怪我で苦しむ人たちをもっと気軽に治してあげたいんだけど、私が何でも治せると勘違いしてる人が多くて……」
命自身も光の神子の癒しの力は生死に関わるくらい危険な時しか頼めない敷居の高いものと思っていたので、彼女の悩みは意外だった。
「私は怪我しか治せないの。病気とハゲは治せないわけ。だけどいつも頼みに来るのは病人とハゲばかりで肝心の怪我人は遠慮しちゃって来ないの。今日だって神官達の治療をしに行こうとしたら畏れ多いって言われて、結局あなた達が来るまで持ち場でやきもきしてたの」
「神子さんも大変なんですね」
同情する命の気遣いが嬉しかったのか、光の神子は優しく笑みを浮かべる。
「今日はとても悲しい事があったけど、とても嬉しい事もあったからいいのよ」
とても悲しい事とは自分が腹を痛めて産んだ息子が人で無くなり、娘の手によりこの世を去った事だろう。気丈に振る舞っているが光の神子と楓の悲しみは計り知れない。しかし嬉しい事に心当たりが無かった命は疑問を覚えた。
「こうして三世代で仲良くお風呂に入るっていいわよね。今後ひ孫が生まれたら四世代……頑張って長生きしなきゃね」
「えぇっ!」
光の神子が命を孫のトキワの嫁に認定している事に気付いた命は湯当たりとは違うのぼせを感じて、慌てて湯船から出ると冷たい水を頭から被った。
「母よ、からかいすぎだ」
苦言を呈する楓に光の神子はいたずらっ子のように笑う。
「楓、もう一人孫がいてもいいのよ?」
「ひっ!」
その発言に楓も湯船から上がると、命と同様に頭から水を被ったのであった。




