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59※残酷な描写あり 優しい魔女8

 神殿の奥まった場所に光の神子の部屋はあった。辿り着くまで何度も要所要所で警備をしている神官達と遭遇したが、どうやら楓は顔パスらしく難なく通り抜ける。


「母さんて割と凄い人だったんだね」

「腐っても元炎の神子だし、光の神子の娘だ。お前も神子をやってみたくなったか?」


 楓の問いかけにトキワは大袈裟に首を振る。


「こないだも誘われたけど絶対嫌だ。母さんだってやりたくないから父さんと結婚したんでしょ。て、そうだ!父さんを見かけないけど、どうしてるんだろ?」


 ずっと命のことばかり考えていたトキワは今更ながら父親のトキオが神殿にいない事に気づく。彼は毎日仕事帰りに楓の様子を見に神殿を訪れているはずだった。


「私がいつもの激辛煎餅を食べたいと言ったら、港町に買いに行ったぞ。弟とはほぼ入れ替わりだったのが不幸中の幸いだ。あの二人は仲が悪いからな」


 そりゃ恋敵だから仲は最悪だろうと思いつつも、トキワは特に追及せずに命の背中を見る。血で赤く染まったシーツが痛々しく、自分は全然彼女を守れてないと己の無力さに拳を力強く握った。



「母よ!命ちゃんの傷を治してくれ!」


 光の神子の間に入るなり楓は要求を簡潔に告げた。光の神子は専用の椅子に座りこちらを見据えている。


「………」

「この傷はイザナのせいだ!母親のあなたに治す責任がある!」


 懇願する楓に光の神子は黙って様子を窺っている。その視線はなにかを試すようだった。

 

「もし命ちゃんの傷を治してくれるなら、私は何だってするぞ!炎の神子に復帰してもいい」


 楓の申し出にトキワは驚く。いつも働いたら負けだとか言い、だらけている楓が命の為に働くというのだ。


「炎の神子なら暦がいるから間に合っているわ」


 そう言って光の神子は意味ありげにトキワに視線を移した。彼女の要求は孫であるトキワを風の神子にする事だと、その場にいる誰もがみなそう思った。


「俺が神子になる!その代わり絶対にちーちゃんを治してよ!」


 ついさっきまで神子になるのは絶対嫌だと言っていたトキワだが、命が助かるなら、笑顔になるなら神子になるのは厭わなかった。



「……じゃあ治してもらわなくて結構です」


 掠れた小さな声で命は呟くと、頭から被っていたシーツを取って投げ捨てた。長かった髪の毛は首の辺りまで短くなって、顔の右半分は血を吸ったガーゼで覆われ、上半身は包帯が巻かれた上にボロボロの服を着て背中は真っ赤になっていた。

 その姿を見た祈は小さく悲鳴を上げて隠すように命に抱きついた。


「トキワの自由が無くなるくらいなら一生この顔で生きていきます。では失礼します」


 祈を振り払い命はよろめきながら踵を返すと、光の神子の間を出ようとしたが、トキワが正面から抱きついてきた。


「痛い、離して!」

「嫌だ離さない!もう俺と会わないつもりでしょ?それだけは絶対に嫌だ!」


 絶叫に近い声でトキワは命を引き止める。今離したらきっと命はいなくなってしまう。そんな事になったらトキワは気を確かでいることは出来なかった。



「さっきから好き勝手言わせておけば……治すに決まってるでしょう?」


 呆れた声で光の神子は立ち上がり、右耳のピアスを神々しい杖の形に変えると命の元へ歩き出した。


「悪趣味だぞ、母よ」

「私はただこの子を治す術式を考えてただけよ」


 すれ違い様に愚痴る楓に光の神子は平然と話す。


「私の息子が酷い事をしたわね、ごめんなさい。こんな怪我をしても神官達の手当てをしてくれたそうね、報告が上がってるわ。ありがとう」


 命の頭を撫でて光の神子は息子の蛮行を謝り、彼女の善行に感謝した。命は首を振り目を伏せた。


「みなさん、この子から距離を取ってください。トキワ、離れなさい」


 治療を施す為、光の神子が離れるよう促すと、なかなか離れようとしないトキワが命のガーゼで覆われた頬に短く口付けて名残惜しげに離れる。


 周囲に人がいなくなったのを確認してから、光の神子は杖で地面を叩いて魔術を展開させる。命は温かい光に包まれると次第に体の痛みが引いていくのを感じた。

 光が消えると光の神子は命の顔の右半分を覆うガーゼを徐に外した。


「目を開けて。大丈夫、治っているわ」


 指示に従い命は眩しそうに目を開けると白銀の髪の毛を一つにまとめた五十代程の女性が目の前で微笑んでいる。その目元は楓に似ていた。


「見える……」


 命は何度か瞬きをして周囲を見渡す。涙でぐしゃぐしゃの祈と寄り添うレイト、不安そうに見つめる楓。そしてトキワが両手を差し伸べて近づいて来たので手を取ろうとした。


「ちぃちゃあーん!よかったぁ!」


 しかしトキワより早く祈が泣き声を上げながら。命に抱きついた。


「お姉ちゃん、心配かけてごめんね」


 戸惑いながら命は子供のように泣く祈の頭をあやすように撫でる。


「ううっ、レイちゃんも来て。レイちゃんもちーちゃんをハグして…」


「なんだそりゃ」


 祈の要望にレイトは笑いながら祈と命の二人を包み込むように抱き締めた。


「私が代わりに抱っこしてやろうか?」


 行き場のない両手を掲げたままのトキワの肩を叩き楓は慰める。


「気持ち悪い」

「可愛くない息子だ」


 心底嫌そうなトキワの顔に楓はつまらなさそうに口を尖らせた。


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