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56優しい魔女5

「これ、ちーちゃんの鞄……」


 神殿に向かう途中、トキワは目敏く道端に落ちた命の鞄を見つけ拾い上げた。しかし彼女の姿は見当たらず、危険な状態にあるのは間違い無いだろう。


 途方も無い焦燥感にトキワは頭がおかしくなりそうだった。


「やっと追いついた!」


 レイトと祈がトキワに追いつくと、二人も残された命の鞄に危機感を抱く。


「ここで連れ去られた可能性が高いな」


 レイトの推測に祈は頷き周囲を見渡すと、神殿の方から黒いもやのような物が浮かんでいる事に気付いた。


「とりあえず神殿に行ってるのは確かね。レイちゃんトキワちゃん行くわよ」


 祈の号令にレイトは急ぎ神殿に向かおうとするが、トキワは命の鞄を抱きしめたまま立ち竦んで動けなくなっていた。


「おい!行くぞ!お前命ちゃんを守るんだろ?」


 レイトの怒鳴り声でトキワははっと我に帰り、赤い瞳に強い意志を宿らせると、神殿に向かった。



「何だこれは!?」


 三人が神殿の広場に辿り着くと、手練れのはずの神官達が地面に伏している中で黒いもやを漂わせた黒づくめの男が立っていた。男の異様さにトキワ達は息を呑む。


「祈、トキワ武器を構えろ。油断するなよ」


 水晶を武器に変化させたレイト達は男を取り囲む。

男は舌舐めずりして指を鳴らすと、黒いもやから猛禽類や狼の姿をした影を複数発生させた。


 鋭い視線で祈はまるで舞を舞うように双剣を操り、次々と猛禽類の影達を切り裂き消滅させて行く。レイトとトキワは飛び掛かってくる狼達を切り捨てて、男との距離を詰めようとするが、男の足元のもやに違和感を覚えて下がる。


「あれ、君は……僕に会いにきてくれたんだね!」


 目が合った男が場違いに無邪気な笑顔を向けてきた男の視線に、トキワはぞわりと鳥肌が立つ。


「なんだ知り合いか?」


 レイトの問いにトキワは首を振り否定する。


「こんな人知らない!そんなことよりちーちゃんはどこだ!!」

「酷いな、僕は君の本当のパパだよ?小さかったから忘れちゃったかー」


 男の発言でトキワは彼が例の叔父だという事に気がついたが、今は命の安否の方が大事だった。辺りを見回したが姿が無い。


「ちーちゃんをどこにやった!お前を案内しためっちゃ可愛い女の子!どうしたんだよ!」

「君は僕と姉さんの愛の結晶なんだ。あの男に騙されてはいけないよ?」

「どこにやったんだよー!返せ!俺のちーちゃんを返せ!」


 お互い会話が成立してなかったが、男はトキワが先程の少女を探してると気付き、いたずらを思いついたように口を弧にして目を輝かせた。


「あの女の子なら殺しちゃったかも。ごめんね?」


 軽薄な口調とはかけ離れた残酷な告知にトキワは全身の血液が逆流しそうなくらいの怒りと絶望が湧き上がり、魔力が制御出来ず、全身が強大な旋風で包み込まれた。


「トキワ!相手の口車に乗せられるんじゃねー!」


 凄まじい風圧で体勢を低くして立っているのがやっとのレイトが声を張り上げて呼びかけるが、トキワには届かない。


「ちーちゃんが、死んだ……?」


 頭を抱えながらトキワは蹲る。もう会えない?声も聞けない?触れることもできない?闇の神子の言う事を信じる必要なんて無いのに、ただ姿が見えないだけなのに、そう言い聞かせても絶望が渦巻く。


「いい魔力だ。流石は僕と姉さんの子だ!」


 闇の神子はトキワの魔力に歓喜して手を広げ高笑いをすると、トキワ目掛けて大量の影でできた猛禽類をぶつける。しかし猛禽類達は風に触れると瞬時に消え去った。


「やばいな、このままだと神殿ごと吹き飛ぶぞ」


 レイトは近くにいた祈の肩を寄せつつ最悪の事態を予想して舌打ちをする。


「どうしよう、せめてちーちゃんの無事がわかれば……」


 祈は視界不良の中で命の痕跡を探すと、血に塗れた彼女の靴が片方だけ転がっていた。悲鳴を上げそうになるがトキワが触発されないよう両手で口を必死に抑えるが涙が溢れてきた。


「祈、下がるぞ。俺たちの身体が持たない」


 レイトは祈の腰を支えながらこの場から去る事を決める。しかし祈は首を何度も振って拒否する。


「嫌よ!ちーちゃんを、妹を見捨てるなんて出来ない!」

「お前は命ちゃんの姉だろうけど、ヒナタの母親でもあるんだぞ!ヒナタを置いて行くつもりか?それで命ちゃんが喜ぶか?」


 選択を迫られた祈が唇を噛み締めると、悔しそうに頷きレイトと神殿から離れようとしたその時、トキワの後頭部に何かが直撃して風の力が弱まる。


「痛っ…」


 我に返ったトキワが頭に当たった物を拾うと、それは大量の唐辛子が入った小瓶だった。

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