55※残酷な描写あり 優しい魔女4
ここまで来れば今の所は安全だろう。母子を庇った命は顔面の右半分を狼の姿をした影に引っ掻かれ、右目が開かなくなってしまった。
その後魔力を振り絞り撃退して、なんとか神殿に逃げ込もうとした所で背中に猛禽類の影からの追撃を喰らってしまった。その猛禽類は助けた母親が魔術で撃退し、彼女達の肩を借りて神殿内に入ることができた。
恐らく闇の神子と影達は神殿内の結界を破れないのだろう。だから闇の神子は楓が出てくるまで待っているのだ。命は助けた母子に介助されて救護室へ向かった。救護室は負傷した神官達であふれて慌ただしい。
命はふと鏡に映る自分の姿を見て酷く動揺した。顔面の右半分は血に塗れ、背中の中程まで伸ばしていた髪の毛は無残に切り落とされていた。あまりにも悲惨な自分の姿に悲鳴を上げることも出来ず、手近にあったシーツを頭から被って鏡から背を向ける。
「お姉ちゃん大丈夫?」
先程助けた子供、男の子に心配されたことで、命は現実に戻る。こんな小さな子供を不安にさせては行けない。命は気を張り、涙で震える声で男の子の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だよ。君が無事で良かった」
本当は全然大丈夫じゃない。顔と身体に一生残る傷が出来て、利き目の視力も失われたかも知れない。髪の毛だって綺麗に伸ばしていたのにボロボロだ。
こんな姿で女として生きて行くのは辛過ぎるし、家族や大好きな人達……特にトキワには見せたく無かった。いっそこのまま村を離れて一人で生きて死んで行きたい。その位命は心も傷付いていた。
だが、闇の神子の件について何も解決してない今は自分の事情なんて後回しだ。出来る事をしようと命は歯を食いしばる。
まずは自分の出来る範囲で救急セットを借りて、自らの応急処置を施した。ギリギリ残っている魔力を使い血液を操り止血し、顔面の右半分は消毒液の痛みと戦いガーゼで覆った。
背中は先程助けた母親に頼み、人目がつかない所で服を脱ぎ包帯を巻いてもらう。最後に簡単に髪の毛を切り揃えてもらってから、ボロボロになっている服に腕を通して気合を入れ、母子に礼を言ってから救護室へ戻り、他の負傷者の手当てを手伝った。
武装をしていたからか幸い神官達の傷は浅い。それでも手当てを必要としている者は多くいた。命は医者の指示を受けて次から次へと手当てをしていった。
「……馬鹿なのかあなたは!」
不意に聞き覚えのある声が聞こえて命が振り向くと、今にも泣き出しそうな表情で楓がこちらを見ていた。目が合うとこちらに歩み寄り抱きついてきた。
「痛っ!」
抱擁より身体の傷が痛んだ命は声を上げると、楓は慌てて離れる。
「すまない…」
「いえ、平気です」
「そんなわけないだろう!」
謝るのか怒るのかどっちかにして欲しい。命は何だかおかしくなって笑ってしまう。
「私の弟にやられたのか?」
やはり楓の所まで話は来ているようだ。命は隠しようがないため頷く。
「闇の神子は魔物と契約して魔術を使えるようになっています。そして既に人間の体を捨てているようで、私が心臓を矢で貫いたのに、死ぬことはありませんでした」
楓に説明をするのは胸が痛むが、知らないままではいられないだろうと命は判断した。
「心臓を貫いて死なないと言う事は魔物の心臓、いわゆる魔核が身体のどこかにあるという事だな……」
人差し指で唇をなぞりながら楓は考え込むと、何かを決意して命の両肩に手を置いた。
「命ちゃん、今回は本当にすまなかった。私の不始末だ。けじめをつけてくる」
自ら闇の神子と対面する決意をした楓に命は慌てて止めようとした。
「そんな、危険です!それに姉弟で傷つけ合うなんて…」
姉妹仲が良い命は例えトキワが自分の弟で好意を寄せられても、傷付ける事なんて出来ないと思った。
「私は命ちゃんと神官達を傷つけた弟を許すことが出来ない。この手で終わらせる」
楓の周りの気温が上がるのを感じて、命は息苦しさを覚えた。彼女がこのまま感情的に爆発したら大変な事になる。
「大丈夫です。私はちょっとお嫁に行けなくなっただけだから気にしないでください」
戯けるように命は笑い楓の怒りを鎮めようとするが、却って逆効果で額に汗をかく位暑くなっていく。
「そこは責任を取らせるから安心しろ。そんなことより命ちゃん、一つ頼みがある」
先程とは打って変わって楓は命を慈しむように左の頬に触れると柔らかく笑った。
「私の部屋で休め。これは命令だ」
そう言って楓は命の手を取り自室に誘導してベッドに押し込んだ。
「えっ、ちょっと….!トキワのお母さん?」
「じゃ、行ってくる。必ず戻ってくるからいい子にしてろ」
もしかしたらトキワの強引な所は母親似なのかもしれない。楓の勝気な笑顔に命は想い人の顔が重なった。
「き、気をつけてください!」
楓はドアに鍵をかけてから部屋を後にし、改めて意を決すると神殿の入り口へ向かった。最早命は楓を止める事が出来ず、傷の痛みを堪えながら、無事を願う事しか出来なかった。




