53優しい魔女2
「チーズチーズチーズケーキ!ただいま!」
一方で実は無事に家まで辿り着いた。チーズケーキがよっぽど楽しみなのか、チーズケーキを連呼しながら家に入る。これが命からの合言葉でおやつがチーズケーキで無いと知ったらさぞや悲しむであろうと予想されるが、これで不審者情報が伝わるのだ。
「おかえりみーちゃん」
台所にいた母の光が実を出迎える。ちょうどおやつを作っている最中だったようだ。
「今チーズケーキをオーブンに入れたばかりだから、焼き上がるまでに宿題すませてね」
「はーい!」
よりにもよって今日のおやつはチーズケーキだった。これでは命の伝言は届かない。実は食卓にノートとテキストを広げて宿題を始める。
「あーいい匂い!」
ケーキが焼き上がる頃、祈が自室からヒナタを連れて階段を降りてきた。
「祈、レイトくんとトキワくんを呼んできてあげて。みんなで焼きたてを頂きましょう」
「はーい」
ヒナタを抱っこして祈は外で相変わらず修行に勤しむ夫とその弟子を呼びに行った。
「パパー、トキワちゃーん!おやつだよー!」
身の丈程の両手剣を素振りするトキワを見守っていたレイトは愛する妻の呼び声に振り返った。
「ああ、ありがとう。トキワ、休憩するぞ」
「はーい」
師匠の声にトキワは素振りを止めて、両手剣を水晶のピアスの形に戻すと、シャツの裾で汗を拭いた。冬場にも関わらず修行中は薄着なので、祈は流石風の子と感心した。
祈がレイトとトキワを連れて家に戻ると、宿題を終わらせた実が食卓の上を片付けて、光が荒熱の取れたチーズケーキを切り分けていた。
「あれ、ちーちゃんまだ帰ってきてないの?」
命の不在にトキワは少し不満気だった。自分が未熟者だから修行中に姿を見る事が叶わないので、休憩中位はじっくり堪能したかったのだ。
「ちーちゃんと一緒に食べたかったな…」
美味しいチーズケーキも命と食べれば更に美味しくなる。それがトキワの持論だ。
「せっかくの焼きたてなんだから、今食べなきゃ損よ!お母さんの作ったチーズケーキは格別なんだから!」
祈に椅子を勧められてトキワは仕方なしに席に着く。後で帰ってきた命がチーズケーキを食べる姿を見て癒されよう。そう思い妥協した。
光お手製のチーズケーキはクリームチーズとレモンの酸味とバターの香りと滑らかな食感が格別だった。塩味の聞いたクラッカーを砕いて作られた土台がアクセントにもなっている。
「あーん美味しい!お母さん天才!」
祈は光を称えつつチーズケーキを楽しむ。
「これってお父さんの大好物だったのよね」
そう言ってシュウの写真の前にチーズケーキを供えて、光は懐かしそうに話す。光とシュウにとって思い出のケーキのようだ。
「お母さんはお父さんの胃袋を掴んで結婚したんだっけ?」
生前父がそんな事を言っていた事を思い出し、祈は母に問いかけた。
「まあね、お陰であんなに太っちゃったけど」
「お父さんて昔は痩せていたの?」
「ううん、痩せてはいなかったかな。食べるのが好きだったからね」
正に医者の不養生だったと笑い合いながら、一同はティータイムを楽しんだ。
「そうそう!チーズケーキと言えばトキワちゃん、うちでは合言葉があるのよ」
「合言葉?」
祈が切り出した言葉をトキワは繰り返して首を傾げる。
「そうなの。『食器棚の中にチーズケーキが入ってるよ』ていう合言葉なの。何だと思う?」
「えー?そんないきなり言われても……今日はご機嫌ですとか?」
トキワの回答に祈が首を振ってると、実が何か閃いたのか手を上げた。
「ねえそれ!今日ちーちゃんが言ってたよ!」
実の発言に祈とレイトはガタリと急に席を立ち上がり、険しい顔つきになる。光も不安気だ。
「みーちゃん、ちーちゃんに会ったの?」
「うん!」
「いつ!どこで!?」
強く追求する祈に実は驚き泣き出しそうになる。慌てて祈は実の頭を撫でてごめんと優しい声で謝る。
「……学校の帰り道、旅人のお兄さんからお話聞いてた時…」
「それでちーちゃんは?」
「旅人のお兄さんが神殿に行きたいっていうから案内するって。それでその時ちーちゃんが私に先に帰ってね、食器棚の中にチーズケーキがあるって……」
実の説明が終わる前にレイトが家を飛び出して行った。何となく嫌な予感がしたトキワも残りのチーズケーキを口に放り込んでから後を追う。
「びっくりさせてごめんね。お姉ちゃん達ちーちゃんを迎えに行くから、みーちゃんはお母さんとチーズケーキ食べて待っててね。お母さん!ヒナちゃんをよろしく」
ゆりかごで眠るヒナタの頰に優しく触れてから、祈も家を出てレイト達を追った。
「師匠、ちーちゃんに何があったの?あの合言葉の意味って…」
追いついたトキワが問うと、レイトの表情はますます険しくなる。
「不審者がいる。そういった合言葉だ」
命が危険な状況にある。トキワは即座に判断すると、加速魔術で強力な風を起こして、目にも止まらない速度でレイトを置き去りにした。
「っあぶねーな!」
ぼやきながらもレイトも魔力を強めてトキワを追おうとした時背後から風をまとった祈が現れた。
「レイちゃん急いで!」
「わかってる!」
レイトは祈の手を取ると、加速魔術を掛けて猛スピードで神殿へ向かった。




