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52優しい魔女1

 ひんやりとした空気が帰宅中の命の頬を撫でる。年末が近づきそろそろマフラーが必要かもしれない。帰ったらクローゼットから引っ張り出そう。新しく編むのもいいかもしれない、今度港町まで出た時に毛糸を買おう。余裕があったらトキワにも編んであげようか、編むとしたら何色がいいだろうか…


 日々の事を考えながら歩みを進めていると前方に見覚えのある少女の姿があった。命の妹、(みのり)だ。彼女もまた帰宅中だろう。しかし、その傍には見慣れない黒づくめの成人男性の姿があった。


 もしや不審者かと命は焦り実に駆け寄った。


「みーちゃんどうしたの?」


 命の呼び声に実は特に怯えた様子は無く振り向いた。


「ちーちゃん!あのね、旅人のお兄さんから海の向こうの国のお話聞いていたの!」


 黒づくめの成人男性は旅人のようだ。命は男を見据える。背は百八十cm程でフードに隠れる髪色は黒い。ただ目の色は水鏡族によく見られる赤い瞳だった。容姿としては切れ長の鋭い目に鼻筋が真っ直ぐ通っていて、口角が下がった薄い唇が冷たい雰囲気を醸し出している。好みでは無いけど美形だと命は評価した。


「こんにちは、私はこの子の姉です。それでここにはどういった目的でいらしたのですか?」


 実を後ろに隠して、命は旅人を警戒する。水鏡族の子供は身体能力の高さから奴隷商人に狙われやすい。大体が子供だと甘く見て返り討ちに遭うか、大人の水鏡族に気付かれて撃退されるが油断は出来なかった。


「こんにちは、美しいお嬢さん。そう警戒しなくても大事な妹さんには何もしませんよ。今日僕がここに来たのは観光に来たんです。水鏡族の村には素晴らしい神殿があるらしいから一度参拝しようと思ってね」


 目的を説明した旅人はマントのフードを取って自分は不審者じゃないと証明した。鎖骨の辺りまで無造作に流れる黒髪が中性的だが、首の太さからも男性なのは間違いない。


 冷たい目のまま口角を上げて笑ってみせる旅人の顔を命は何処かで会った事あるような気がした。しかし思い出せず、旅人に対する不信感も拭えない命はひとまず実を遠ざける事にした。


「よければ私が神殿まで案内します。みーちゃんは先に家に帰りなさい。食器棚の中にチーズケーキがあるからお姉ちゃん達とおやつに食べてね」

「チーズケーキ?やったー!」


 おやつの内容に実は喜び跳ね上がる。


「じゃあお兄さんまたねー!」


 実は手を振って背を向けると、家へと一目散に走って行った。


 完全に実の背中が見えなくなるまで見送ると、命は旅人に向き直った。


「じゃあ行きましょうか」


 うまく笑えているか心配になりながら、命は案内を始めることにした。なるべくゆっくり歩き、人の多そうな所を選び見かけたら大きめな声で挨拶をして自分と不審な旅人の存在をアピールした。


「お嬢さんは兄弟は何人いるの?」


 不意打ちの質問に命は微かに肩を竦ませる。世間話だとわかっていても警戒してしまうのだ。


「……さっきの妹の他に姉が一人います」

「三人姉妹の真ん中なんだね。僕も三人兄弟の真ん中だし上に姉、下に妹がいる」


 お互いの共通点がわかり旅人は少しだが声色が柔らかくなる。それでも命は警戒を怠らない。


 命の抵抗虚しく神殿が見えてきた。だが入り口を警備する戦士は手練れだし、実を怖がらせない様に合言葉を伝えておいたから命は悲観的ではなかった。


 食器棚の中にチーズケーキがある。


 これが祈達に伝われば不審者がいるという事が伝わるはずだ。あとは実に詳細を聞けば祈とレイトが助けに来るはずだ。


「相変わらずだな、ここは」

「以前も来た事があるんですか?」


 神殿を懐かしむ旅人に命は反射的に聞いてしまった。後悔しつつ様子を伺うと、旅人は狂気を孕んだ目をして口角を上げていた。


「実家なんだ」


 神殿が実家の人間といえば神子だ。命はその意味を理解した瞬間、以前トキワの父親が話した出来事を思い出して、背筋が凍りついた。


「まさか、闇の神子……」


 命が出した結論を聞いた旅人は嬉しそうに笑った。


「当たり。闇の神子を辞めたのは君が小さい頃だと思うんだけど、僕って有名人なんだね」


 闇の神子は動揺した命の隙を突き、彼女の腕を掴むと、自分の側へ寄せて拘束した。先程の既視感は恐らくトキワの母親と顔は似ていないが、ミステリアスな雰囲気が似ていたからかもしれない。


「ごめんね、ちょっと僕と姉さんの感動の再会に協力して?」


 命は体を揺らし、闇の神子の足の甲を目掛けて踵で踏み付けたが、怯む様子がない。


「御転婆さんだね。仕方ない、ちょっと痛いけど我慢してね」


 そう言って闇の神子は足で地面を踏み鳴らすと、彼の体から帯状の黒い物体が現れて命に巻き付いた。


「どうして?魔術は使えない筈じゃ……」


 確か闇の神子は罪を犯した結果、水晶を没収されたと命は聞いていた。水晶が無ければ水鏡族は魔術が使えないのだ。


「魔物と契約したら水晶が無くても魔術が使える様になれるんだよ」


 魔物との契約、それは禁忌とされていた。命は先程まで無かった恐怖感が芽生え、体が震えそうだった。


 しかしここは自分が何とか乗り切らなくてはいけない。強い意志を持って己を鼓舞させると、真っ直ぐと闇の神子を睨みつけた。


 

 

 


 



 


 

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