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51恋せよ乙女6

 その後知り合いと会う事なく、命とトキワは精霊祭を満喫した。クレープを並んで食べた後は射的をしてみたり、演劇などを観ている内に時間はあっという間に過ぎて行った。人もまばらになり門限も近づいて来たので二人は帰ることにした。


「もう少し一緒にいたいな」


 帰り道、もうはぐれる事はないのに繋いだ手を離さず、トキワは命との別れを惜しむ。


「じゃあ…遠回りする?」


 思いにもよらない命の提案にトキワは同じ気持ちだったんだと心の中で歓喜して一つ頷いた。

 隣を歩く命を見る。夕日に照らされた横顔が凛々しくて、美しくていつまでも眺めていたい。視線に気付いた命は恥ずかしそうに俯くので、トキワは心臓を鷲掴みにされる。


「ちーちゃん、来年の精霊祭も一緒に行こう?もちろん二人きりでだよ!」


 気が早過ぎるのは百も承知だが、トキワは命に一年先の約束を持ち掛けた。来年の精霊祭の主催は北の集落だから二人とも余裕があるし、何よりこんなにも楽しくて愛おしかった時間をまた味わえるなら一年だって待てる。


「随分と気の早い話ね」

「一年なんてあっという間だよ!今日だってあっという間だったんだし」

「でも約束してもお互いに守れない可能性だってあるよ?」


 命はいつも南と樹で次も一緒に行こうと約束していた。しかし去年は主催側だったからほとんど別行動だったが、今年は三人バラバラになってしまった。約束を違えた事に怒ってはいないが、命は少し寂しさを感じていた。


「こういう約束はする事に意味があるんだよ。俺はちーちゃんとの約束があるだけで幸せだし!もちろん絶対守るつもりだけど」


 きっとトキワの好きな所はこういう所なんだろうな。命はさっきから煩くなっている胸の鼓動を感じながら自覚した。ひたむきで信念を曲げない。不遇な環境にも立ち向かっている。そんな所だ。


「じゃあ約束する。来年も一緒に行こう」


 今の気持ちを伝える勇気が無い命は握られた手を強く握り返してから、約束を交わした。


「やったー!じゃあ来年だけと言わずにこれから毎年ずーっと一緒に行こうよ!」

「何言ってるの?再来年は東の集落、その次の年は西の集落主催で無理よ」


 トキワが盛り上がり欲を出してきた所を命は現実的な意見で却下すると二人は顔を見合わせて声を出して笑い始めた。


「あーもう、面倒な風習だな…そうだ!うちが西の集落に引っ越せばいいんだ!父さんに頼んでみようかなー!」

「それじゃあトキワのお父さんが可哀想だよ。家族の為に建てた家なんだから」


 もしトキワが強請ったら、親バカのトキオは泣く泣く家を引き払って西の集落に引っ越しする可能性を捨てきれない命はトキワを止める。


「そっか、そうだよね。マイホームて建てるの大変だよね」


 現在命には内緒でマイホーム貯金をしているトキワはお金を稼ぐ事がどれだけ大変なのか痛感しているので、確かに父が可哀想だと命の意見に同意する。


「師匠も中々家建てないよね」


 レイト達が命達と同居しているのはマイホーム資金を貯める為だが家が建つ気配はまるでなかった。


「じつは資金はもう貯まっているし、土地は購入してあるんだよ。ただうちのお父さんが亡くなって男手が無いから心配だって、もう少し同居するってことになったの」

「そうだったんだ…」

「ちなみにどこに建てる予定か知ってる?」

「いいや、そういう話しないし」


 トキワがレイトに修行内容以外で聞くことはほとんど命の周りのことなので、そういった事情は知らなかった。


「トキワがいつも修行している空き地です」


 診療所から徒歩一分程度の距離にある空き地。あそこだけなんで木々がなく整備されているのか、トキワは少し疑問に思った事があったが、まさかレイト達のマイホーム建設予定地とは知らなかった。


「だから定期的に草むしりとか石拾いをさせられてたのか。ていうか近っ!!」


 俗に言うスープの冷めない距離に家を建てる予定ならすぐに建ればいいと思われるが、こういう事は距離の問題では無いのだろう。


「お父さんとお義兄さんが役場に申請した後休日を使って木を切り倒して地面を掘り返したりして整地したんだよね」


 あの整地作業は婿入りしたばかりのレイトとシュウのいい交流の機会になったらしく、以来二人はよく酒を酌み交わす様になった事を思い出して命は懐かしむ。


「待って、じゃあ家が建ったら俺はどこで修行すればいいの!?」


 命の近くで修行する事が励みだったトキワには青天の霹靂だった。


「なんかお義兄さんも体を動かす場所が欲しいから、いずれトキワと近くの土地を開拓するとか言ってたよ」


 それなら問題なさそうだとトキワは安堵しつつ、開拓したその土地はいずれ自分と命との愛の巣が建つ場所になるのではないかと淡い期待を持った。

 家に帰ると自分を出迎えるエプロン姿の命……そんな彼女が自分の妻だったらただそれだけで一生幸せかもしれない。トキワは心地よい多幸感に溺れる。


「いい、すごくいい……はあ…」


 まさかトキワがそんな妄想をしているとは知らず命はどれだけ修行が好きなんだと呆れていた。



 遠回りをしても瞬く間に家に着いてしまった。トキワは名残惜し気に、命の手の甲に口付け頬擦りをして離さない。トキワの妙な色気に当てられて、命は目が回ってしまいそうだった。


 もうこれ付き合ってるって事でいいんじゃないの?そもそも付き合うの定義って何?命は完全に混乱していた。


「好きだよちーちゃん、またね」


 出会ってからもう何度聞いたかわからないのに、いつも返事をしてなかった気がする。今日こそするべきだと命は身構えるが、結局口をパクパクさせるだけで、肝心の言葉を告げる事が出来ないままトキワの背中は見えなくなってしまったのだった。


 

 



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