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50恋せよ乙女5

 精霊祭の会場の神殿は東西南北の集落のちょうど真ん中に位置する。命の家からは距離は歩いて二十分ほどだ。


 いつものように走ったり魔術を使って早く行くのも手だが、移動もデートの大事な一部だと、トキワは隣を歩く命を見て噛み締めた。普段と違う凝った髪型に、よそ行きの女の子らしい服装。しかもそれが全部自分の為だと思うと、ピンクベージュの口紅が施された柔らかそうな唇にキスしてしまいたい位嬉しかった。


 勿論そんな不埒な真似をしたら、即現地解散になるだろうから自重するが、とにかくトキワは浮かれていた。


「あれからお母さんに会ったの?」


 到底デートに振る話題ではない話題に命は触れる。もしこの後母に会いに行こうなど言い出しては困る。トキワは話す事にした。


「一応週一位で会ってるよ。怪我させたこと謝ってくれたし、父さんと母さん、じいちゃんばあちゃんと暦ちゃんとで晩飯を一緒に食べたりもしてる」

「え、おじいちゃんもいるの?」


 トキワの祖父について知らなかった命は驚く。神殿では見当たらなかったし誰も話題にしてなかったからいないと思っていたのだ。


「じいちゃんは神殿の近くで木こりをしながら、一人暮らしをしてるよ。一応ばあちゃんには毎日会ってるみたい」

「じゃあ西の集落にいたおじいちゃんはトキワのお父さんの方のおじいちゃんだったの?」


 初めて出会った時トキワが目指していた場所はかつて祖父が住んでいた場所だったと命は思い出して聞いてみる。


「うんそう。因みにあっちのじいちゃんはばあちゃんが死んだのをきっかけに家を引き払って一人旅に出ちゃった。たまに絵葉書を送ってくるんだ」


 あ、ご存命だったのね、ごめんなさい。命は勝手に殺してしまったことをこっそり心の中で謝罪した。


「せっかく神殿に行くなら顔見せた方がいいんじゃないの?」


 結局その結論になってしまったか…トキワは嘆きつつも即時に言い訳を並べる事にする。


「精霊祭の日て神殿の人たちは一年で一番忙しい日だから、邪魔しちゃうだけだよ。それにみんなに会ったら俺、ちーちゃんのこと彼女として紹介しちゃうよ?」


 いじわるだが、ここまで言えば命は引き下がるだろう。トキワはニヤニヤしながら嫌がる命を楽しもうと彼女を見た。


「まだダメ……」


 予想に反して顔を赤くして小さな声で呟く命にトキワはぶわりと気分が高揚した。


 もしかして命は自分に恋愛感情を持っているのではと期待をしてしまう。しかもまだという事はいつかは家族に恋人として紹介していいということか。トキワは完全に舞い上がってしまった。


「だよね、またの機会にしようね。そうだ、今日はなに食べる?」


 今回のところはここで満足しておこう。あまり焦って命を求め過ぎて逃げられてはたまらない。トキワは今日のデートに集中することにした。


「えっと、南の集落の人が出店してるクレープ屋さんが美味しくて四年に一度の楽しみなの」


 気を取り直した命はお気に入りの店を提案する。甘い物が好きな命らしい提案にトキワは口元が緩む。


「トキワは何食べたい?」

「ちーちゃんが食べたい物なら何でも食べてみたいな」

「好きな食べ物は無いの?」

「好きな食べ物って聞かれると、ちーちゃんの手料理と一緒に食べた物ばっかり思いつくんだよね。だから好きな食べ物というより、好きな人と食べたっていうのが重要みたい」


 命に出会うまでトキワは食が細かった。しかし命と出会ってから一緒に食事する内に食べる事が楽しくなったのもあるし、強くなる為、大きくなる為に食べる事は重要だと痛感したことから食べる量も増えた。



 神殿に着くと、まずは本殿の精霊像に祈りを捧げてから命が希望したクレープ屋を探す事にした。


「はぐれたくないから繋ごうね」


 出店エリアには村内外から多くの人が訪れている。万が一はぐれて命に何かあったら嫌だという気持ちからトキワは否応無しに命の手を取ったが、拒絶されなかったので嬉しさで心が弾んだ。大袈裟かもしれないが、手を繋いだ事で命とひとつになれた気がした。


「あ、あの店だ!」


 命が差した店はなかなかの人気店の様で行列を成していた。命はトキワを誘導して最後尾に並んだ。クレープが焼ける甘い匂いが食欲をそそる。


「命!」


 不意に名前を呼ばれた先を命が見ると、クレープを持った南とハヤトがいた。宣言通り今日はデートの様だ。


 突然の親友と幼馴染みとの遭遇に命は咄嗟にトキワを背後に隠して、ぎこちない笑顔を浮かべた。


「南とハヤト、あはは偶然ね。やっぱ買っちゃうよね!ここのクレープ!」

「うん。ああ、その服やっぱ可愛いー!一緒に選んだ甲斐あった!髪の毛自分でしたの?」

「ありがとう、髪の毛はお母さんにしてもらっちゃった」


 南に褒められて悪い気がしない命は照れながらも、喜びながら、命同様に先日港町でデート服にと買った秋色のワンピースに視線を移した。


「南だってすごく可愛いじゃない!よかったねハヤト!」


 命は幼馴染みの肩を豪快に叩いて冷やかした。


「痛っ!力強過ぎだろ!」


 痛みに背中を丸めるハヤトを南は心配そうに支えた。すっかりお似合いだと命はまるで我が子の成長を見守る様な目で見た。


「あ、お前は確かあの時の」


 背中を丸めて屈んだ事により、ハヤトは命の背後にいたトキワの存在に気がついた。


「こんにちは」


 命の友人なら行儀良く接して好印象を受けなくては。トキワは命の背後から顔を出して、よそ行きの笑顔で挨拶をする。


「もしかしてあなたが噂の美少年くん?」

「そうそう、こいつが俺の代わりに花婿役やったんだよ」


 美少年と呼ばれ慣れてはいるが、敵を作りやすいから否定も肯定もするなと父親から言い聞かせられているトキワが返答に困っていると、ハヤトが肯定して説明した。


「噂通り天使みたいね!初めまして、私は南。命の友達よ」


 柔和に話しかける南に命は内心自分の気持ちをバラされないか、南の事だからそんな無粋な真似はしない。でもと分かっていてもハラハラしていた。


「俺はトキワ。今日はちーちゃんとデート中だから邪魔しないでね」


 ストレートなトキワの物言いに南は面食らうが、たおやかに声を立てて笑った。


「ごめんね、邪魔しちゃって。じゃあ私たちは行くね、命また学校で!」


 命とトキワに気を利かせてか、南はハヤトを連れて早々に立ち去って行ったので、命はほっとため息を吐いて、もうこれ以上知り合いに会わないよう心から願った。


 


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